am02:22


なんだかコートがいつもより広く見える。
はるか前方にネットがある。
おかしいな、オレいつもネットぎわに付くのになんでこんな後ろの方にいるんだろう。

目を凝らすとネットの向こうに相手校の選手が見える。
あ、氷帝の向日と忍足だ。
・・・あれ?山吹の地味'sもいるぞ?
いや、もっといる。
遠くて顔がはっきりしないけど、向こう側にはなんだか人がたくさんいるみたいだ。

なんだよ、これ。
こんなんで試合できるわけないじゃん。

突然湧き上がった歓声に身がすくむ。
あちこちから応援する声が地鳴りみたいに聞こえてくる。
でもその声の中にはオレ達の名前を呼ぶものはない。

怖い。
なんだよ、なんなんだよ。

大石!

振り返ってみてもそこには誰もいない。
見えるのは端がどこかもわからない広い広いコートだけ。

・・・え?なんで大石いないの?
どこ行っちゃったんだよ。
大石、大石ー!!
必死に呼んでるのに大石はコートに入ってくるどころか姿すら見せない。

ネットの向こう側にはたくさんの人間が審判のコールを待ってる。
オレは1人?
もしかしてオレ、シングルス?
なんで?
だって、オレは大石とずっとダブルス組んでたのに。

そんなはずない、大石はきっと来る。
そう信じていても不安が胸を押しつぶしそうになる。
ぎゅっと手を握り締めて、ハッとした。

ラケットを持ってない。

必死であたりを見回してもオレのラケットはどこにもない。

広い広いコートに呆然と立ちつくす。

審判の試合開始のコールが鳴り響いた。



パチッと音がしたんじゃないかと思うくらい勢いよく目を開けて布団から身を起こす。
心臓はイヤな音で鳴ったまま。全身はびっしょりと冷や汗をかいている。
もう目の前にコートは見えない。
見えるのは机、本棚、水槽、オレが寝てた布団、大石が寝てるベッド。

そっか、大石の家に泊まりにきてたんだっけ。
さっきのは・・・夢?夢だ。
考えてみればあたりまえだ。あんなおかしな試合あるわけない。

ほっと胸をなでおろすけれど夢の中で感じていた不安が消えていかない。
大きく深呼吸して夢の残骸を体の外へ押し出そうとする。
それでも不安感は体のあちこちに小さく残って、まだ心臓をドクドクと責めたてる。

なんであんな夢みたんだろう。
おかげですっかり目が覚めちゃったじゃん。

大石の枕もとの時計を見る。
午前2時22分。

うわっ、こういう時の並び数字ってなんかヤだなぁ。

怖い時計から目をそらす。
くすぶる不安を紛らわせたくて眠る大石の顔を見た。
間近で覗き込んでも気づくこともなくスヤスヤと寝息をたてている。

む。なんかズルイ。
1人で気持ちよさそーに寝ちゃってさ。
だいたい、大石がオレの夢に出てこないから悪いんだ。
あんな変な試合でも大石がいれば勝てたかもしれないのに。
や、絶対勝ってたね!
なんたってオレ達青学ゴールデンペアだし!
・・・そうだよ、それに大石がちゃんといれば夢の中のオレはあんなに怖い思いしなくて済んだのに。

「大石のバーカ」

ほとんど吐息のような、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で、眠る大石に文句を言ってみる。
もちろん、大石にしたら理不尽なただの八つ当たりだってことは百も承知だ。

声は聞こえなかったのか、眠り続ける大石に安堵する。
矛盾してるようだけど、起こしたかったわけじゃないから。

目を覚まさない大石の顔を眺める。
規則正しい寝息を聞いているうちにだんだんと眠気が戻ってきた。

さーて、こんな時間に起きてると朝が大変だし。寝るとしますか。

布団の端を持ち上げて寝直そうとすると、おさまったと思った不安がチリチリと蘇る。
さっきの夢の続きとか見ないよね?
・・・見ちゃったらやだなぁ。

寝ないとマズイ。
明日は平日だから朝練もあるし放課後の部活もある。
寝不足はしんどいから困る。

早く寝なきゃと気持ちは焦るのに布団に入れない。
ベッドで眠る大石をすがるように見てしまう。

あっちで一緒に寝たらダメかなぁ。
横で寝たら夢の続きとか見ちゃっても、大石がちゃんと出てきてくれそうな気がするんだけどなぁ。
あー、でもなんかカッコ悪いかも。
中3にもなって怖い夢見たから一緒に寝るー!なんてさ。
そりゃ大石はそんなことで馬鹿にしたりしないって知ってるけど。
でもオレにだって一応プライドってもんが。

不安な気持ちを押さえ込んでどうにか布団に横になる。
ぎゅっと目をつぶって寝ようとがんばってみる。
とたんに蘇ってくる悪夢。
広い広いコートにラケットも持たず1人ぽっちで。

耐え切れずに布団を跳ね飛ばす勢いで起き上がった。
無理。絶対無理だって。
どうしよう、寝られない。

こんな夜中になにやってんだろ、オレ。
悪夢に振り回されてる自分が情けなくて泣きたくなってきた。


「英二?」


寝てたはずの大石に急に声をかけられて、思いっきりビクッとしてしまった。
振り向いたオレを見て、大石の眠そうな顔が驚いた顔へと変わる。
そうだよな、だってオレ今にも泣きそうな顔してたと思うし。

「どうしたんだ」
「うー。おおいしぃ〜」

もう、プライドなんてどーでもいい。
オレは思いっきり大石に泣きついた。
なにがなんだかわかってないくせに、大石はオレを抱きとめるとあやすように背中をなでる。
大石の手がゆっくりとオレの背中を上下する度に、体のあちこちでチリチリしてた不安が少しずつ消えていく気がした。
なんだか、大丈夫、大丈夫って言われてるみたいで。

大石の体温と優しい手にだんだんと気持ちが落ち着いてくる。
そしたら急に恥ずかしくなってきて、えへへと照れ笑いしてから、もぞもぞと離れた。

「ごめん、こんな時間に起こして」
「いいよ」
「ヤな夢みたんだ」

夢の内容を話そうとして思いとどまる。
大石が出てこなかったテニスの夢。
大石のケガはとっくに直ってる。
オレか大石がシングルスに転向なんて話ももちろんない。
だから、あんなのはただの悪い夢だってわかってる。
それでも、たった一人でコートに立ってたなんて話したら、大石はきっと気にするから。

大石は心配そうな顔をしてるけど、オレがそれ以上話さないから聞き出すことはしない。
かわりにポンポンと軽く頭をなでてくる。

「もう寝られそう?」
「・・・うん」

少し眠そうな顔で大石が優しく笑う。
プライドなんてはるか彼方に飛んでっちゃったし。
安心して寝るためにはやっぱり。

「あのさ、大石・・・」
「ちょっと狭いと思うけど。ほら」

大石は壁際に自分の体をずらすと毛布の端を持ち上げてオレを呼ぶ。

・・・なんでわかっちゃうかな。
さすがっていうかなんていうか。オレよりオレのことわかってたりして。
だってさ、いっつもこうやって当たり前みたいにオレの希望を叶えてくれるし。

大石の隣、空けてもらった場所に飛び込むように潜りこむ。
「オレそんなーに情けなーい顔してた?」
「そうだな・・・寝られなくて困ってるって顔してたかな」
「・・・あたり」

確かにオレってわかりやすいかもしんないけど。
だけどそんなにバッチリ正解しちゃうのなんて大石くらいだよ?

「英二、もっとこっちへ来ていいよ。寝てるときに落ちたら大変だから」
「むー!オレそんなに寝相悪くないぞ!」
「いてっ!こら、蹴るなよ」

ふざけて大石に2,3回蹴りを入れたら頭っから毛布をかぶされた。
暴れるのをやめて毛布から顔を出すと同時に大きなあくびが出る。

「ほら、もう寝よう。明日起きれなくなるぞ」
「ん、寝る〜。おやすみぃ〜」

目を閉じると大石が布団をかけ直してくれてるのが気配だけで伝わってくる。
すぐ隣の体温が心地よくて引き込まれるように眠りにはいる。
今度はきっと楽しい夢だ。
大石と一緒にテニスしてる夢・・・




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