海に咲く夢 2部 1




自分の背丈より高い庭園の木々の間を歩く。
計算されつくした美しい庭を歩く子供が身につけている物は頭から爪先まで青一色。
この国の王族の正装である。
幼い姿は時折立ち止まり、木々の間を覗き込むようにしゃがむ。
見つからない。
広い庭園を見渡し、次に探すところを考える。
こぼれるような黄色の花が目に留まった。
わずかにひと月だけしかないこの国の短い春を謳歌するように咲き誇る花。
決めた。次はあの花の所を探そう。
いつも花がたくさん咲いている国から来た子だから、あそこにいるかもしれない。
花の咲く木を目指して走り、辿り着いたところから少しずつ探索を開始する。
子供の足に城の庭園は広すぎた。
気になった場所を丹念に探して、かれこれ2時間が経とうとしている。
自分の足の痛みよりも、見知らぬ庭で迷子になってしまった彼の不安を思い、早く探さなくてはと気が急ぐ。
しゃがみこんで木の根元に目をやる。
自分と同じくらいの小さな足が目に入る。
いた!やっと見つけた!
ガサガサと木を分けて進み、視界が開けた先に、白い子猫を抱いて座り込んでいる小さな姿があった。
くるくると奔放に跳ねた赤い髪には、黄色の小さな花が零れ落ちて絡んでいる。
「英二!」
声をかけるとそれまで途方に暮れて泣き出しそうだった顔がパッとほころんだ。
『大石!』
幼かった英二はいつの間にか成長して大石に笑いかける。
青い空と青い海を背景にして楽しそうに笑う英二は太陽よりも眩しいとそう思った。



高い場所にある小さな天窓から朝日が差し込んでいた。
眠った場所が悪かったのか、その光が顔を照らして大石の眠りを妨げる。
目を射る光を遮ろうと手を動かすと、ザラリと鎖が鈍い音を立てた。
その音で大石は己のいる場所が王宮の庭園でも青い海の上でもないことを思い出す。
両の手首にはめられた黒い鉄枷は壁の杭へ、右足にはめられた枷は石の床に埋まった杭へとそれぞれが重い鎖で繋がっている。
元々狭い石牢の中なので動きはさほど制限されない。
頑丈な牢は簡単に破れそうもないことから、鎖の役目は罪人として捕らわれていると自覚させる為のものなのかもしれなかった。

大石は横たえていた体を起こして石の壁にもたれる。
陽の入る天窓は一箇所しかない為、牢の中は日中でも薄暗い。
大石は薄闇に視線を固定して頭に浮かぶ順に思考を重ねる。
この状態では考えるより他にする事も、ましてやできる事など何も無かった。
英二と初めて出会った子供の頃の夢を見た。
久しぶりに明るく楽しい夢を見た気がする。
東国に連れて来られてからは毎晩青の国が侵略された夜のことを夢に見た。
炎で赤く染まる夜空、逃げ惑う人々、敵と戦い倒れていく兵士達。
夢では実際に目にした訳でもない親しい人々の、傷つき倒れ行く様もリアルに現れた。
涙を流し、時には自分があげる叫び声で目を覚ますこともあった。
本当にあの夢のとおりになった者もいるだろう。
少なくとも王であった父や王妃の母、宰相である柳の父、その他の主だった家臣は侵略の時に命を落とし、そうでなくても後から処刑されたと聞いている。
だから、王女だった妹も当然生きてはいないものと思っていた。だが。

戦闘が終わり、引き上げる寸前で小型船から船に移って来た黒ずくめの3人の男。
明らかにそれまで戦っていた一般兵とは力量が異なる相手に疲弊した大石は苦戦していた。
たぶん、その気になれば造作もなく大石を倒すことができただろうに、そうしなかった黒ずくめの男は大石に大粒の宝石が下がった金の鎖を掲げて見せた。
真昼の海を切り取ったような、澄んだ青い宝石。
同種の石が大石の耳にもピアスとして着けられている。
この宝石の唯一の産出国だった為、大石の祖国は『青の国』と呼ばれていた。
そして王家に子供が誕生すると、その年に取れた石の中で1番大きく透明度の高い物が献上される慣わしになっていた。
男が手にしていたのは大石の妹が生まれた時に贈られた石。
『王女は無事ですよ。・・・もっとも、貴方が我々に同行してくれなければ、この先のことは保障できませんがね』
大石に拒むことはできなかった。
それが今まで一緒に戦ってきてくれた仲間を裏切ることだとわかっていても。


**


誕生の祝賀祭を終えて港で待つ跡部の船に再び乗り込んだ英二が、あらかじめ決めてあったランデブーポイントで柳たちの船に合流できたのは5日後だった。
だんだん近くなる船首の青いイルカが陽を受けて輝き、英二の胸を躍らせる。
あの船で暮らしたのはわずか3ヶ月だというのに、まるで懐かしい場所に帰ってきたような気持ちになった。
ここまで乗せて来てくれた跡部の船は贅を尽くした豪華なもので、退屈しないようにとゲームや楽器の置かれたレクリエーションルームがあったり、毎回の食事までがとても海の上とは思えない豪勢さだった。
それでもどちらの船に乗っていたいかと聞かれれば、英二は即座に大石の船と答えただろう。
たった5日離れているのすら辛く、早く戻りたいと毎日海を見ていた。
もうあと何分もしないうちに輝くイルカの船に帰れる。
大石に、そしてみんなに会える。

船を側に着けると跡部の船の船員たちが板を渡してくれた。
喜び勇んで跡部と共に船を移った英二は、覇気のない船員達の重苦しい空気に困惑する。
いつもなら各々の仕事をしている時でも、数人で固まって雑談をしている時でも船は活気に溢れていた。

「・・・妙だな。なんかあったのか?」
跡部が呟くと同時に船室から仁王が出てきた。
「お、無事に戻ってこれたか。お疲れさん」
「仁王!」
仁王のいつもと変わらない態度に安心した英二が駆け寄る。
「おい、なんなんだ、この辛気臭い雰囲気は」
英二の後に続いた跡部が視線で辺りを指し示す。
「あー、まぁ色々あっての。とにかく、立ち話する必要もなかろ。中へ入りんしゃい」

先導するように仁王が船室へ戻る。
後について歩きながら、英二の胸に新たな不安が芽生えた。
この船に戻ってきたら、きっと真っ先に迎え出てくれるだろうと思っていた大石の姿が見えない。
それどころか甲板には柳も黒羽も、そして日吉や慈郎もいなかった。
一緒に船に乗っていた時には、寝ている時以外は大抵みんな表で作業をしていた。
様子のおかしかった船員達、姿を現さない大石や柳。
考えれば考えるほど不安がどんどん大きくなっていき、黙っていられなくなった英二が口を開く。
「ね、仁王。大石は?柳や黒羽はどこにいるの?」
「柳と黒羽は部屋におるよ」
「・・・大石は?」
仁王は答えずに立ち止まった先のドアを開けた。

部屋には柳と黒羽がいた。
寝台に腰掛けた柳は肩から上着を羽織っていたが、その隙間から右腕に巻かれた包帯が見えた。
黒羽は柳と向かい合う形で椅子に座っていたが、部屋に入ってきた英二たちを迎えるように立ち上がる。
「なにがあったの!?柳がなんで怪我してんの!?」
飛び込むように部屋に入った英二は、黒羽と柳に交互に問いかける。
だが、柳も黒羽も英二の視線から逃れるように目を逸らして黙り込む。
「また敵襲があったのか?」
静かな跡部の問いに黒羽が小さく首を振る。
「それじゃどうして!?・・・大石は?大石はどうしたの?」
「・・・大石はいない」
苦渋に満ちた声で答えた柳は怪我のせいかひどく顔色が悪い。
「いないって・・・どうして・・・」
「すまない、王子。大石は敵に捕らわれてしまった」




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