海に咲く夢 2部 10




王女救出班の住居として跡部が用意したのは、森の外れの管理小屋だった。
森の先は崖で、下には海が広がっている。
その海には今回の作戦の目的地となる島があった。
島の修道院には東国の貴族の娘が多く預けられている為、警備をしているのは東国の兵士の中でも選りすぐりの者たちで固められている。
さすがにこの短期間では仲間内の密偵を潜り込ませることはできなかった。
内部に味方がいない為、詳細な情報は全て自分達で得なくてはならない。
黒羽達は交代で、来る日も来る日も島を監視し続けた。
警備に当たっている兵士の人数や場所、何時に交代をするのか、時間や日によって人数が変わるのか。
海の潮の流れも重要になる。島へは船でしか行くことができない。

「なんかアクシデントでもない限り、兵隊どものスケジュールは毎日同じみたいだな。そろそろ西国に連絡を・・・って、こら、慈郎!寝るんじゃねぇ!」
「んー・・・・・・ぐぅ・・・」
「ったく、しょーがねぇなぁ・・・」

黒羽が盛大に溜息をついて気持ち良さそうに眠りこけてる慈郎に目をやる。
森の外れの崖の上は吹き込む海風が冷たいが、日中は陽が照っているせいで暖かく感じる。
こんなとこで寝そべって双眼鏡で監視なんかしていれば、居眠りしてしまうのも仕方がないかもしれない。
ましてどこでも寝れる慈郎ならなおさら。
黒羽は自身も草の上に仰向けに寝転がって四肢を伸ばす。
目に突き刺さる太陽が眩しい。
王女奪回の情報収集はほぼ終了しようとしている。
あとは西国に連絡をして小船を用意してもらい、何度か島への侵入を試みて情報をより確実なものにする。
この情報を柳に送れば詳細な作戦が届くだろう。
その後は仁王達の作戦日時に合わせて行動に出るだけだ。

「あー、なんだか船が恋しくなってきたなぁ」

自国が侵略されて船で逃走して、2年以上も海の上で生活してきた。
こんなに長い間地上にいるのは久しぶりで、それがどうにも落ち着かない。
この作戦が成功して大石と王女を取り戻し、ついでに東国の首謀者を潰すことができればこの戦いは終わる。
そうすればもう船で逃走を続ける必要も無い。また陸で暮らすことができる。
だが、国はもう無い。

「先のことは追々考えるとして、だ。まずは王女を助けださねぇとな」

完全に寝入ってしまった慈郎を起こすことは諦めて、再び双眼鏡を手にする。
交代の時間まで黒羽はその場で島の監視を続けた。



**



ドアが開く微かな音で柳は目を覚ました。
薄暗い部屋の中、サイドテーブルに置かれた時計に目をやる。
時刻は明け方の4時半。
起床にはまだ早いなと考えながらも、来客のためにベッドから身を起こす。
それを確認したかのようにドアの所にいた人影がベッドへと近づいてきた。

「早くから起こしてすまんの」
「いや、いい。それで、なにか進展はあったか」
「仲介屋の連絡待ちじゃ」
「それならばそう時間もかかるまい。今日明日のうちに連絡が来るだろう」
「ほぅ、また暗躍でもしたんか?」
「俺ではないがな」
「恐いのぅ」

喉の奥でクックッと笑う仁王は全身黒尽くめで頭にも黒のフードを目深にかぶっている。
柳に状況を報告しに西国の城へ訪れる仁王は、城の警備を掻い潜って部屋まで来る。
万が一のことを考えて跡部には仁王が出入りすることを伝えてあったが、その必要はなかったようだと柳は秘かに感心した。

「英二王子はおとなしくしているか?」
「うっかりすると東国の城に潜入しに行きそうで目が離せんよ」
「そうか。もどかしいだろうが、ここは我慢してもらわなくてはな」
「で、中の方は?あいつは順調に暴れとるかの」
「なかなか手際よくやっているようだぞ。初めての仕事にしては上出来だ。時々報告書に泣き言が混ざっている以外はな」

その有様が目に浮かぶのか、仁王がおかしそうに笑う。

「作戦変更の必要はないようだな。このまま進めてくれ。俺も明日には黒羽達と合流する」
「今後の連絡は使い鳥じゃな」
「ああ、そうしてくれ。・・・大石を頼んだぞ」
「まかせんしゃい」

来た時と同様に微かな音を立ててドアが閉まる。
後はシンと静まり返り足音ひとつ聞こえなかった。
時計に手を伸ばして時刻を確認すると5時を少し回っている。
寝直す時間は無いと判断した柳は、サイドテーブルの灯りを点け、引き出しから数枚の紙を取り出した。
そのうち、黒羽から来ている報告書を取り分けて目を通し、手にしたペンで細かな書き込みをしていく。
傍らに置いた真新しい紙に島への潜入方法を何通りか書き込み、筒状に丸めて細い金の輪を嵌めた。
立ち上がり窓辺に置かれた鳥かごを開けると、青い鳥がチチチと小さく鳴いて柳の手に止まる。
その鳥の足に、手にした紙の金の輪を取り付けて、柳は窓を開ける。
朝の澄んだ冷たい空気の中を青い鳥が舞い上がる。
姿が見えなくなるまで見送ってから柳は窓を閉めた。



**



仲介の連絡を待つようになってからは夜な夜な酒場に繰り出す必要もなくなって、英二の生活時間も夜型から通常に戻った。
いつもどおり朝に起き、ぼんやりとした頭で部屋を見回すと、いつもはとっくに起きている仁王がまだ眠っているのに気がついた。

「仁王でも寝坊することがあるんだぁ・・・って、ホントに寝てんのかな、・・・怪しいぞ」

起き上がった英二は、そーっと仁王の寝るベッドに近づく。
顔を覗きこむと静かな寝息が聞こえた。

「ホントに寝てる・・・」

珍しい出来事に驚く英二は、仁王が明け方まで西国の城にいて、戻ってきてから眠りについたことを知らない。
ただ、あんまりぐっすりと眠っているから、起こさないようにそっとベッドから離れた。
とりあえず自分のベッドに戻ってきて腰掛けた英二は、今日はこれからどうしようかと考える。
そうしているうちにお腹の虫がきゅるると鳴き出した。

「うん、まずは食べる物を買ってこよっと」

できるだけ音を立てないように顔を洗って着替えた英二は、静かに部屋を出る。
宿屋の中でも食事はできるが、外の露店にはいつも美味しそうな食べ物屋がたくさん並んでいたから、そこで仁王の分も買って帰ろうと宿を出た。

「あ、おい、あんた!」
露店を物色していた英二を男が呼び止める。
振り返ると、数日前に寂れた酒場で話をした仲介屋が立っていた。

「ちょうどよかった。今からあんた達に会いに行くところだったんだよ」
「あ!もしかして仕事の話?」
「ああ、そうだ。あんた達の話を雇い主にしたら、丁度いい仕事があるって言われてな。詳しい話はまた今晩あの酒場でするから、お仲間にも来るように言っといてくれ」
「うん、わかった」

それじゃと軽く手を上げて男が去っていく。
英二は目の前の露店でいくつか食べ物を買うと急いで宿屋へ戻った。





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