海に咲く夢 2部 13
ブン太が寝入ったのを確認して赤也はそっと部屋を出た。
煌々と輝く月が城や塔を明るく照らしている。
道を急ぐ赤也の顔からは普段ふざけている時の幼い表情は消え、どこか冷酷さを漂わせている。
向かった先、城の内部へ出入りできる西塔の警備をしていた兵士が、赤也の姿に一瞬怯み、すぐさま扉を開けた。
赤也が住居にしている東塔の倍以上の広さがある西塔をまっすぐ奥へと進み、城へ続く回廊を渡る。
出てすぐ右手側にある部屋のドアをノックした。
いくらも待つことなく、中からドアが開かれる。
「こんばんわ。また見つけたんスけど」
無言で部屋の中を指し示す木手に、赤也がちらりと笑って部屋に入る。
勝手にソファに座ったのを横目で見ながら木手はドアを閉めて施錠した。
「それで?今度はどこの誰ですか」
「新しく入ってきた傭兵の1人、あと、東塔の警備の奴が2人っす」
「東塔の?あれは大臣から直々に預かった兵ですが」
「だからって信用できるもんでもないっしょ。奴らはもうずいぶん前からあちこちに手勢を潜り込ませてるんスから」
「信用という話なら、目の前にいるキミもどうだか知れたものではありませんがね」
「俺を信用できないってんなら、話はここまでだ。・・・別に俺は困らないしさ。あ、そーだ!俺、あいつらに味方しようかなー。んでもって、アンタの情報をいっぱい買ってもらおうか」
木手の突き刺さるような視線を赤也は挑発的に正面から見返す。
「・・・そんなことを俺が許すと思いますか?」
「俺とやりあって、アンタは無傷でいられる自信があんの?」
「無傷とはいかなくても煩い口を塞ぐことはできるだろうね。・・・・まぁ、いいでしょう、3人分の報酬を払いますよ」
「まいどありー!で、あいつらの始末は?」
「東塔の警備は他の者に変えて少し泳がせておきましょう。他にも仲間がいそうなのでね。・・・特に新入りの傭兵には要注意ですよ」
「なーるほどね。了解っす。引き続き見張っときますよ」
木手が奥の部屋に入り、出てきた時には片手に金貨の入った袋を持っていた。
ソファの前で立ち止まり、手を差し出している赤也にずしりとした袋を渡す。
貰うものさえ貰えばあとは用が無いとばかりに立ち上がりかけた赤也を木手が眼差しで制す。
「なんスか?俺、もう帰って寝たいんだけど」
「青の国の王子に揺さ振りをかけています。俺に面会したいと言ったら、すぐに報せに来なさいよ」
「揺さ振り?なに言ったんすか?」
「仲間の首を牢の前に並べる、とね」
「うぇぇ・・・趣味悪ぃ・・・。実行するんすか?」
「そう・・・2、3日様子を見て、まだ意地を張るようなら実行しますか。その時は頼みましたよ」
「・・・俺が?」
「キミの仕事は情報収集と看守だけじゃないからね」
「へいへーい、わかりましたよ。やりゃいいんでしょ、やりゃ」
金貨の入った袋を片手で弄びながら赤也は席を立つ。
それじゃ、と一言声をかけて部屋を出た。
元来た道を戻り、東塔へ帰りつく。
月灯りにそびえる塔を見上げわずかに考え込む素振りを見せたが、すぐに塔の中、自分の部屋へと戻っていった。
**
鼻を掠める美味しそうな匂いに慈郎が瞼を上げる。
開ききらない視界に小さな灯りと、その傍に座る人影が映った。
その人影は紙のようなものを手繰り、その合間にカップのようなものを口に運んでいる。
眺めながら、また落ちてきそうになる瞼に腹の虫が抵抗するように鳴いた。
「・・・腹減ったぁ〜」
ほとんど閉じかけている瞼に、座っていた人影が振り返るのが見える。
「慈郎?起きたのか?」
かけられた、静かで優しそうな声に心当たりがある。
時にはとんでもない無理難題を涼しい顔で吹っ掛けるくせに、優しく、そして甘い声の持ち主。
「ん〜、柳ぃ〜?いつ来たの〜?」
「その台詞は昼にも聞いたが」
含み笑う声に目を閉じたまま慈郎は「あれぇ?そうだったっけ?」と返す。
「空腹ならスープを持ってくるぞ?黒羽が大量に作ったから、まだたくさん残っている」
「うん、食べる〜」
「それでは持ってこよう。寝ないようにちゃんと起きて、座って待っていろ」
うん、と頷いた慈郎は重たい瞼は閉じたまま、手探りで寝台から体を起こした。
微かに柳が笑い、部屋のドアが開閉する音が聞こえる。
目を閉じたままだったのが悪かったのか、座ったままの姿勢で眠ってしまった慈郎は、柳に肩を揺すられて目を覚ました。
ぼんやりとした視界に白く立ち上る湯気、そして胃袋を直撃する匂いにだんだん意識がはっきりしてくる。
「ありがと〜。おーっ、おいC〜!!」
目が覚めたとたんに騒がしくなる様子に柳が笑う。
慈郎はおかわりを2回柳に運んでもらい、やっと腹の虫を満足させることができた。
「ふう、ごちそうさま〜。あ、柳が来たってことは、もう王女を助けに行くの〜?」
「いや、まだだ。仁王達の方はまだ準備が万全ではない。だが、敵側にも色々動きが出てきたようだから、場合によっては準備の整わないまま強行軍になる可能性もある」
「俺はいつでもいいよ〜。たくさん寝て体力も温存できてるC〜」
「そのようだな」
笑いながらも柳の頭の中では強行軍になった場合の作戦決行日、それによって変動する勝率が目まぐるしく計算されている。
先程受け取った東国城内部の密偵からの報告書には、大石の処断が早められそうだとあった。
決行日が早まれば早まるだけ勝率は低くなる。
できる限り引き伸ばすよう、それが不可能な場合は処刑の正確な日時を探るよう手紙を書いて鳥に持たせたが、戻ってきた報告によってはすぐにでも救出をしなくてはならなくなるかもしれない。
その場合、厳しい展開になるのは大石を救出する仁王や英二だ。
「向こう側の作戦参謀とも一度会ったほうがいいな・・・」
独り言のように呟いた柳が思い出したように顔を上げると、満腹の慈郎は当然のように寝ていた。
「やれやれ・・・。本当にいつでも大丈夫なのか疑問だな」
苦笑した柳は慈郎に上掛けをかけてやり、自身は机に戻って真新しい紙を取り出した。
大和宛に作戦会議の申し出を書面にしたためて使い鳥に持たせる。
どんなに不利な状況であっても、できることはやっておくに越したことはない。
勝率の僅か1%の差が明暗を分けることもあると柳は今までの経験で悟っていた。
**
青白い月灯りが牢の中を照らす。
大石は仰向けで寝転がり、小さな天窓から月を眺めた。
船に乗っていた時はたまにこうして月を見ていた。
冴え冴えとした月は冷たくて、心まで引き締まる気がする。
木手の要求に対する答えはまだ出ていない。
ブン太が持ってくる情報を待ってから結論を出そうと思った。
柳達が動いているなら早急な回答は出さないほうがいい。
先走って行動すればそれが却って仲間達を危機にさらすこともある。
大石は深い溜息を吐く。
この命はどこまで重いのだろうかと。
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