海に咲く夢 2部 16
食料の買出しに行く為、ブン太は城門を抜ける。
門をちょうど出た辺りで背後が気になって振り返ったが、視界に入るのは門を守る兵士と、門を出入りしようとする数人の商人や傭兵だけで、特に自分を注視しているものはいない。
ブン太は眉根を寄せて舌打ちすると視線を前方に戻して、目当ての食料品屋へ向かった。
どうもここ最近妙な気配を感じる。それが昨日からさらに酷くなった。
絶えず誰かに見張られてるような嫌な感じがして落ち着かない。
気をつけていたつもりだが、もしかしたら何か尻尾を捕まれるようなヘマをしたかもしれない。
ブン太は今までの行動をあれこれ思い出しながら馴染みの店のドアを開ける。
店内に広がる甘い匂いに心が癒されて自然と顔が綻んだブン太が、次の瞬間、感じた鋭い気配にハッとしたように振り返った。
通りには街の人々の行き交う姿しか見えない。
「・・・くそっ!」
ブン太は短く毒づいて足音も荒く店内に入る。
柔らかに甘い芳香はもうなんの効果ももたらさない。
棚に並んだ菓子類をろくに見もせず、八つ当たりのように両手に持てるだけ抱えてブン太はレジへ向かった。
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一同が集まったのを見回すように確認して、柳は手にした紙を机に広げた。
「救出作戦を開始する。手順を説明するから聞いてくれ。慈郎、起きろ」
部屋には来たものの、他の者が集まるまでの僅か数分で机に伏せてしまった慈郎の肩を柳が揺する。
「・・・ん〜?」
「作戦の第一段階はお前の仕事になる。ちゃんと起きて話を聞くんだ」
「・・・俺がやるの〜?なに〜?」
「慈郎には貴族の娘に変装して離島に入ってもらう」
ぎょっとした顔で黒羽が目を瞠る。
「ま、待て待て柳。慈郎1人で行かせんのか?」
「そうだ。離島の修道院に入れるのは貴族の娘だけだからな。娘達の世話は修道院の尼僧がしているから従者は入れない」
「そりゃそうかもしれねぇけど・・・。だけど慈郎だぜ?万年寝太郎の慈郎を1人で入れてもよ」
心配そうな黒羽の視線の先では、話が聞こえてるのかいないのか、半分閉じた重そうな瞼の慈郎が頭をゆらゆらさせている。
「慈郎、お前の仕事は責任重大だぞ?王女を助けられるかどうかはお前にかかっている」
「・・・ん〜、・・・・・・だいじょうぶだよ〜」
「本当かよ・・・」
半分夢の中にいる顔で笑う慈郎に黒羽が盛大な溜息をついた。
「大丈夫だ、慈郎ならやれる。と、いうよりも、慈郎にしかできないからな」
「そりゃな、俺やお前がやったんじゃ化け物みたいにデカい女になっちまうけどよ・・・あ!伊武はどうだ?」
「あんた達ほどじゃなくても、俺だって普通の女よりは身長あるんだけど。・・・馬鹿にしてるよな、自分がちょっと背が高いからって。そうか、そうやっていつも人を見下してるんだな、絶対そうだ。ムカツクよな・・・」
例によってぶつぶつとこぼし始めた伊武の背を宥めるように軽く叩いて柳が黒羽に向き直る。
「王女の顔がわからないと意味がない。だから慈郎にしかできないんだ」
「でもよぉ・・・慈郎だろ・・・?」
本当に大丈夫なのかと顔中で訴えている黒羽を笑い、柳が慈郎に声をかけた。
「慈郎、貴族の娘に変装するんだから、お前にはカツラをかぶってドレスを着てもらうぞ」
「えっ?カツラ?ドレス!?」
慈郎の目がパチリと開いた。
「そうだ。女性に見えるようきちんと化粧もしてやるぞ」
「うぇーっ、気持ちわりぃー!!でもおもしれーっ!!」
女装の何がそんなに楽しいのか、突如目覚めて騒いでいる慈郎を見て黒羽が呆れる。
「これで慈郎の問題は解決したな?それでは作戦の続きを話すぞ」
慈郎が目覚めてしまったことでいっきに賑やかになった部屋の中で柳が次の説明を始めた。
**
兵士達と合同の訓練に参加させられていた英二は、短い休憩時間に水飲み場に来ていた。
訓練自体はそれ程厳しいものでもなかったが、さすがに3時間も続けられては喉も乾く。
蛇口をひねり、勢い良く溢れてきた水に口をつけ、渇きを潤おすついでに汗をかいた顔も洗う。
さっぱりした気分で顔についた水気をタオルで拭っていた英二は、前方に見える宿舎から出てきた人影に驚いてタオルを落としそうになった。
話をしながら歩いている3人、1人は知念、そして片眼鏡の男、残る1人はなんと大和だ。
「・・・どーいうこと・・・?」
「ああ、来よったな」
思わずこぼした独り言に返事があって英二は飛び上がる。
「仁王!知らないうちに後に立たないでってば!びっくりすんじゃん!」
「お前さんが隙だらけなんよ。普通気づくじゃろ」
「う・・・」
反論できずに英二が睨む。
船に乗ってる時もそうだったが、仁王や大石、柳は近寄る気配を感じさせない。
戦闘中のようによほど緊張して全身で警戒していれば別だが、そうでなければ背後に立たれてもわからない。
おかげでいつも知らぬ間に傍にいて驚かされてしまう。
「・・・気づかないのが普通だもん」
小声の言い訳が聞こえたのかどうか、仁王は自分も蛇口を捻ると水を飲んで顔を上げた。
「大和は別ルートでここに来とる。会っても知らん顔しときんしゃい」
「え、そうなの?」
「俺達とは会ったことも見たこともない、っちゅうことになっとるき」
「ふぅん・・・わかった」
軽い口調とは裏腹に真剣そのものな顔で頷く英二に仁王が微かに笑う。
「ここには仲間もおるが敵も多いからの。敵味方の判別がつかんうちは油断せんことじゃ」
「そだね。誰が見てるかわかんないんだもんね」
「そういうこと」
英二がもう1度頷く。
大和も来たということは、仁王が言っていたように作戦実行の日は近いということだ。
両の拳を握り締めて、よしっ!と気合を入れたところで、休憩時間が終わりだと南が迎えに来た。
3人で兵舎へ戻りながら英二は、もうすぐ会える大石のことをずっと考えていた。
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