海に咲く夢 2部 19




馬車の窓から離島の門が見える。
柳は隣で半分寝落ちてる慈郎の肩を軽く叩いた。
「慈郎、もう着くぞ」
「・・・ん〜、わかった〜」
昨日、今日とドレスを着せられ、はしゃいで大騒ぎをしていた慈郎だったが、歩き方や細かな仕草の特訓を受けて、さすがに疲れたのだろう。馬車に乗り込むなりうつらうつらし始めた。
跡部に調達してもらった馬車はかなり上質の物で、乗っていてもあまり揺れを感じない。
絹張りの座席には羽毛が詰められ、座ると体が包まれるように心地よく沈む。
青の国は国王以下臣下まで武人の多い国だったから、居住や馬車も実用を重視した物が多く、必要以上に贅沢な物や華美なものは無かった。
東国は貧富の差が激しく、貴族達は裕福なことを見せつけるかのように過度な装飾を好む。
街で何度かゴテゴテと飾り立てた馬車を見たことがあるが、あんな物に乗りたがる奴の気が知れないと柳は思う。
跡部も東国の事情を知っていて、過剰装飾された馬車を用意してくれたがまだ趣味はいい方だった。
また眠りに入ろうとしている慈郎の肩を揺する。
あまり乗り心地がいいのも考え物だと柳は苦笑した。

馬車が離島の向かいで止まる。
離島の門前に詰めている兵士が中へ合図を送ると、蛇腹の長い架け橋が軋んだ音を立てながら少しずつゆっくりと降りてきた。
充分に幅のある橋を馬車が渡る。
離島の門を抜けたところで再び馬車を止めた。
御者に扮した黒羽が馬車のドアを開け、脇に下がると片膝をついて頭を垂れる。
初めに貴族の正装をした柳が降り、柳の差し出した手を取って貴族の娘に扮した慈郎が静々と馬車を降りた。
最後に降りた伊武が慈郎の隣に控えると迎え出た尼僧長がにこやかに歓迎を告げる。
返礼と時節の挨拶を柳と尼僧長が一言二言交わし、慈郎を預けてまた馬車へ乗り込む。
口元を扇で隠した慈郎はおよそ上品とは言い難いキラキラした楽しそうな目をしている。
きっと扇の下でも慎ましいとは言えない笑みを浮かべていることだろうと、馬車の窓から柳は微かな笑みを零す。
その慈郎の少し後を足早に厩舎へと急ぐ長い金髪が通り過ぎた。
柳は咄嗟に身を引いて窓から顔を隠す。
そのまま黒羽に馬車を出すよう命じた。

架け橋を渡って離島から出た柳たちの馬車のすぐ横を先程の金髪の男が馬で駆け抜けていく。
その後姿を柳は強い眼差しで見送りながら、無意識に右腕を撫でた。
今は作戦実行が最優先だ。疼く傷にそう言い聞かせる。
だが、借りは必ず返させてもらうぞ。
馬が走り去って行った方角へ向けて小さく呟いた柳の薄い唇が綺麗な弧を描いた。



**



午後に大和から割り当てられた場所で警備をしていた英二は、道の向こうから歩いてくる大和を目に留めた。
大和は警備をしている兵士や傭兵に挨拶でもしているのか、順に立ち止まって声をかけながら移動してくる。
やがて英二の前まで来た大和は、お疲れ様ですとにこやかに労い、まるで世間話のようにその先を続けた。
「もうすぐこの辺りで一騒ぎ起きますが、君はそれに関わってはいけませんよ」
「えっ?騒ぎって・・・」
驚いた英二に大和は笑い、陽動ですよと答える。
「騒ぎが始まったら君はまっすぐ東塔へ行ってください。仁王君が鍵を持っていますから」
それでは、と大和が離れる。
少し離れた所に立つ兵士に近寄り、同じように声をかけたのを見ながら、英二は緊張と興奮で微かに震える手を握り締めた。



**



木手は東塔の階段を静かに登る。
もうこれ以上青の国ことで煩わされている時間は無い。
何者かの暗躍、それが青の国と関係があるにしろないにしろ、懸念要素は一つずつ潰していかなくてはならない。
最後通告に王子が頷けば一番好ましい結果を出せるが、頷かなくてもどうということはない。
事実などいくらでも捏造できる。あの戦の時のように。

牢へ続く扉の鍵を開け、牢の前に立つ。
鎖に繋がれてひと月余り経つというのに、気丈な王子の視線は初めて会った時と変わらず強く揺ぎ無い。
残念だと木手は心の中で溜息をつく。
予定通り残党が狩れていれば、約束通り牢の前に仲間の首を並べてやり、そうしたらこの王子の不屈な魂を叩き潰してやれたかもしれないのに。

「俺がここへ来た意味はわかりますね?」
「・・・・・・・・・」
「これが最後です。返事を聞きましょう」
「・・・何度聞かれても答えは変わらない。お前達の言いなりにはならない」
「そうですか。それでは仕方ありませんね。お祈りの時間が要りますか?」
「必要ない」

牢の鍵を開けて足を踏み入れながら木手は帯刀していた剣を抜く。
それに合わせて立ち上がった大石が、一歩下がりながら手探りで腕を繋ぐ鎖を握った。
薄く笑みを刷く木手がゆらりと動いた直後、大石の首筋目がけて剣先が突き出される。
それを紙一重でかわして大石は剣を鎖で払った。
剣を構えなおした木手は大石を繋ぐ鎖の長さを計算しながら追い詰めるように動く。
時折繰り出される木手の剣を鎖で弾きながら、大石は僅かなチャンスを狙う。
手枷に繋がる鎖は長い。
動きが取れなくなる前に木手の剣を鎖で絡め取ることができれば、もしくは木手自身を絡めることができれば勝機はある。
もちろん木手も大石の目論見には気がついているから迂闊に近寄ったりはしない。
互いに睨みあうような攻防が続く。

「さすがに武芸の国の王子だけあって簡単にはいかないようですね」
「お前にくれてやる命はないからな」
「知っていますか、そういうのを減らず口と言うんですよ」

再び睨み合いが始まる。
早く片付けて次の仕事に移りたいが、焦って動けば隙を突かれる。
鎖に繋がれていてもなお戦おうとする王子に木手は心中で舌打ちした。
絡め取られないよう用心深く、だが恐るべき速さで木手は剣を突き出し、すぐに引く。
剣は大石の肌を裂くがどれもかすり傷ばかりで致命傷にならない。
こんなことなら剣に毒でも塗ってくるのだったと後悔し、いっそ今から戻って用意をしてこようかと考えたところで、けたたましい足音が扉の向こうから近づいてくるのが聞こえた。
そのままの勢いで叩きつけられるように扉が開く。
「木手さん、大変ですって!こんなとこで遊んでる場合じゃないっすよ!」
王子から注意を逸らさないよう気をつけながら、開いた扉に素早く視線を走らせる。
息せき切った赤也が足踏みしながら早く早くと手招いている。
「なにかありましたか」
「外が大騒ぎになってるんすよ!あっちこっちで戦い始めてる奴がいて」
「なにっ?」
「このままじゃマズいっすよ、早く行ってなんとかしねーと!」

木手は息を吐くと王子を一瞥して牢を出た。
思うようにならず次々と湧き出るトラブルに怒りが込み上げ、手荒く牢の鍵をかける。
早くと急かす赤也の後を追って牢の前から立ち去りながらもう1度王子に視線を投げる。
天窓から差し込む一筋の光の中、木手の鋭い視線を平然と受け止めて立つ王子の姿に、一瞬、国を背負う者の威光が見えた気がした。
一瞬の事とはいえ思わず怯んだ自分に腹が立ち、木手は塔の階段を足早に降りながら血が滲むほど強く唇を噛んでいた。





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