海に咲く夢 2部 2




大石が捕らわれたと聞いても英二はなにも言わず、ただその場に突っ立っていた。
衝撃があまりにも大きすぎて、どこか麻痺したような頭は現実を拒否している。
すぐ目の前で跡部や柳や黒羽が何か話しているけれど、どの言葉もひとつとして耳に入ってこない。
大石はいない
大石は敵に捕らわれ
敵に
柳は何を言ってるんだろう、大石が捕まるはずないのに。
だって、またすぐに会えるって大石は言って、だから。

「おい、腑抜けてるんじゃねぇぞ。聞こえてるか?」
跡部にパチンと軽く頬を叩かれて英二は我に返った。
視界に映るのは怪我をしている柳、心配そうに自分を見ている黒羽。
どこを見てもこれは現実なんだと突きつけられているようで、逃げ場を失った英二が唇を噛む。
幼い子供のような頼りなげな視線を向けられた跡部は、しょうがねぇなと呟いて噛んで含めるように言い聞かせた。
「いいか、どうして大石が捕まったのか、そしてどうすれば取り戻せるのかを考えるんだ。場合によっちゃ一刻を争うことになるんだぞ。呆けてる場合じゃねぇだろ、しっかりしろ!・・・大石を助けたいんだろうが」
「・・・う、うん」
「よし。柳、大石が捕まった時のことを説明しろ」
跡部の言葉に柳が頷く。
前回の戦いが終わって、跡部たちと別れた後のことを柳が話し始める。
捕まった大石を助ける、その為にどうすればいいか考える。
これからの指針を示された英二は動揺を押さえ込んで頭を切り替える。
大石を助ける為にも一言も聞き漏らすまいと話に集中した。


大石が連れ去られるまでの経緯を柳が話す。
細かに状況を説明していくうちに自然と話は長くなり、それに伴って柳の顔色が刻々と悪くなっていく。
「・・・乗り込んできた・・・男の、1人が、」
「柳、あとの話は俺がするから、少し横になっとけよ」
苦しそうに肩で息をし始めた柳を見かねて黒羽が話をさえぎった。
大丈夫だと言う柳をなかば強引に休ませた黒羽に、それまで黙って見ていた跡部が声をかけた。
「ずいぶん具合が悪そうだな。怪我が治りきってないのか?」
「敵船を追いかけてたせいで手当てが遅れた。かなり出血して熱も出たからな。今日になってやっと起き上がれるようにはなったものの、とてもじゃないが回復したとは言えねぇ状態だ」
「この船に船医はいないのか?」
「柳が船医を兼ねてる。指示してもらって俺が手当てをしてたんだが、それだとやっぱり限界がある。どこかの島で医者に診せたかったんだが・・・」
「東国の襲撃があるんじゃ無理だな」
苦い顔で黒羽が頷く。
柳は大石と並んでこの船の要となっている。
船員の実質的な管理、戦闘における参謀、そして船医。
明らかに柳ひとりにかかる負担は大きいのに、こうして怪我で倒れでもしなければ誰もそれを意識しない。
そして倒れても代わりになれる者がいない為、負担を取り除いてやれないことを黒羽は情けなく思う。
「待ってろ。俺の船にいる医者を連れてきてやる。船の上でできる治療なんてたかが知れてるが、応急処置くらいにはなるだろう」
跡部は部屋を出ていき、すぐに医者とその助手を連れて戻ってきた。
柳を医者にまかせ、跡部と黒羽、英二は部屋を出る。
ドアの外にいた仁王に何かあれば伝えるようことづけて、話の続きをする為に黒羽の船室へと移動した。


柳の後から駆けつけて、その後の一部始終を見ていた黒羽が、大石が捕らわれるまでのことを説明する。
大石が自ら敵の船に乗り込んだくだりを聞いた英二の目が驚きで見開かれた。
「・・・そんな!敵の船なんかに乗ったら、捕まえてくれって言ってるようなもんじゃん!!」
「ああ、そのとおりだ。・・・俺も自分の目を疑ったぜ」
釈然としない表情の黒羽が頷く。
黒羽自身、あれから何度考えても大石の行動の理由がわからなかった。
大石が捕まった状況を聞いていた跡部が、考え込むようにしていた顔を上げる。
「2ヶ月前くらいになるが、東国に潜入させてた部下からの報告に妙な噂の話があった」
「妙な噂って?」
「青の国の王女が東国に幽閉されている、とな。だが、追跡調査をしても確証が掴めなかった。首謀者の側近に探りを入れても王女のことは知らなかったそうだ。だから俺もただの噂だろうと思ってたんだが」
「・・・噂は本当だったってことか。王女を餌にされれば大石は言うことを聞くしかねぇ」
「だが、そうなると少しやっかいだな・・・」
跡部と黒羽が考え込み、部屋に重い沈黙が下りる。
最初は黙って様子をみていた英二だが、とうとう焦れて2人に声をかけた。
「大石と大石の妹を助ければいいってことでしょ?それならこんなとこで考え込んでないで早く助けに行こうよ!」
「・・・ずいぶん簡単に言ってくれるな。お前、俺の話を聞いてたのか?」
「聞いてたよ。大石の妹がどこにいるかわかんないだよね。でもさ、ここで考えてたってわかんないのは一緒じゃん。だったら東国へ行こうよ」
行動あるのみと主張する英二に跡部が呆れたような視線を向ける。
だが、考えるより行動する方が得意な黒羽が英二に味方した。
「俺も王子に賛成だ。元々俺は柳や大石みたく頭がいいわけでもねぇし、考えてても名案なんて思いつかねぇ。それなら東国に潜り込んで探して歩いたほうが早い気がするぜ」
「そーだよ!探せば見つかるかもしれないじゃん!」
「・・・あのなぁ。東国がどのくらい広いか知ってんのか、お前ら。歩いて探して回ったんじゃどれだけ時間がかかるかわかんねぇんだぞ」
「そんなこと言われても」
「他にどうすりゃいいのか思いつかないんだからしょうがねぇ、な?」

顔を見合わせて頷きあう黒羽と英二に跡部は大きな溜息をついた。
殺さずに連れ去ったところから、東国は今すぐに大石を処刑するつもりはないと考えられる。
だが、何か目的があってのことだろうから、目的が果たされれば命の保障はないだろう。
王女を探し出して助け、大石も助けるには、時間にあまり猶予はないと考えたほうがいい。
柳にもちゃんとした治療が必要だ。それならば。
跡部は一瞬にして考えをまとめた。
どのみち、柳が復帰できるまではこの無謀な連中を自分の指揮下に置くしかない。

「わかった。お前らを東国へ潜入させてやる。ただし、俺の指示どおりに動くなら、という条件付だ。どうだ?」
「うん!大石を助けられるなら、なんでも言うこと聞く!」
「右に同じ」
「よし。それじゃまず始めに、この船に乗ってる奴らの中から東国行きのメンバーを5人選出しろ。そいつらと柳は俺の船で西国へ行く。残りの奴らはできるだけ東国の追っ手に見つからないように航海を続けさせろ」
「全員で行くんじゃないの?」
「西国の港には東国の密偵がいる。俺の部下に紛らせて西国へ入れるには5人が限界だ」
「なるほどな。じゃ、俺はみんなにその話をしてくる。王子も手伝ってくれ」
「ん、わかった」
「柳は俺の方で船に運んでおく。お前らは残りのメンバーが決まったら一緒に俺の船に来い」
「了解」
慌しく駆けて行く黒羽と英二を見送って、跡部は柳の部屋へ戻る。
全ての準備が終わって英二たちが跡部の船に乗り込んだのはそれから1時間後だった。




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