海に咲く夢 2部 20




清貧を旨とする修道院にしては些か豪勢な食事が並んだ長テーブルに、預けられている貴族の娘達が一同に会している。
その娘達に混じった慈郎はみなが目を閉じて食事前の祈りを捧げているのをいいことに、顔を上げ遠慮なく辺りを見回していた。
貴族の娘達はおよそ10人程度、黒髪の娘は4人。
そのうちの1人に慈郎の目が止まる。
見ぃーつけた!やっぱここにいたC〜。
慈郎が心の中で島の外にいる柳に向けてガッツポーズを取った。
青の国の王女、大石の妹だ。

祈りが終わり、みなでいっせいに食事を始める。
ガツガツしないように静かにそっとスプーンでスープを掬い上げながら、慈郎は斜め向かい端に座る王女をちらりと盗み見た。
食事を終えた後でそれぞれが部屋に帰る時に周りに気づかれないよう声をかけ、それから何か理由をつけて王女の部屋へ行けるようにしてもらう。
部屋に行ったら王女に作戦を話して一緒に脱出だ。
脱出に必要なものは全て大きく膨らんだドレスの裾の中に隠してある。
失敗しないように教えられた手順を反芻しながらもわくわくする気持ちは抑えられず、慈郎は口元に上品な仕草で手を当てて小さく笑った。



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赤也に付いて塔から出た木手が険しい視線を前方に向けた。
東塔の左手側にある兵士達の南宿舎前で、商人らしき男が地面を指差して何事か喚いている。
商人の足元には散乱した荷物、そして正面には困り果てたように罵られるままになっている兵士、そして荷物を拾い集めている兵士。
その様子を見れば何が起こったのか一目瞭然だが、問題はそんな小競り合いがあちらこちらで起こっていることだった。
商人から少し離れた所では2人の傭兵がまさに一触即発といった状態で睨み合い、それを兵士が仲裁している。
またその向こうでは、まだ陽も高いというのに、酒瓶を振り回した酔っ払いの傭兵が大声で怒鳴り散らしていた。
東塔から出てわずか数歩のところでもかなりの喧騒が聞こえてくる。

「・・・これは何事ですか」
「わかんねーっす。なんか外が騒がしいなーと思って出てみたらこんなんなってて」
「東地区と南地区の兵士に命じて収拾を、」
「それが、南門で馬車が横倒しになっちまったってんで、みんなそっちへ借り出されてるんすよ」
「・・・なんでもいい、手の空いてるものをかき集めて対処させろ」

組織立って攻めて来ている相手なら軍を動かして鎮圧できるが、こんな小競り合いでは警備の兵士に収拾させるしか方法がない。
こんなことが偶然で起きる筈も無く、どう考えても誰かがこの混乱を仕組んでいるとしか思えないが、城内部の警備を任されている木手としてはこの有様を放置する訳にはいかない。
知念がいない今、信頼して任せられる手駒も少なく、明らかに陽動だとわかりきっている事態に踊らされるしか術が無いのが腹立たしい。
ぎりりと音がしそうなほど歯噛みして、木手は南宿舎へ向かう。
普段の冷静な木手からは想像がつかない苛立ちに満ちた後姿に、「おっかねぇ〜」と小声で呟いた赤也が後に続いた。


木手が東塔から去り、宿舎へと入っていったのを確認して、仁王は身を隠していた建物から外へ出た。
騒動は城の南から西へかけて起こっている。
東塔から離れるように仕組まれた罠であること、つまり目的が大石だと木手が気づくまでがタイムリミットだった。
仁王はポケットの中の鍵を確認して足早に北門の警備をしている英二の元へ向かう。
大石の救出は英二にまかせ、その間に自分は別の仕事をこなす必要があった。
今回の作戦は大和と柳が共同で立てている。
なかなか面白いことを考えるものだと仁王は微かに笑った。



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青の国の王子が捕らわれているという塔の下、次々起こる騒ぎを見物していた忍足の視界に鮮やかな赤毛が走ってくるのが見えた。
ちょうど東塔の扉の前を陣取っていた忍足に気づき、英二の足が急ブレーキをかける。
息を切らせたまま、大きな瞳にきつい光を浮かべて忍足を見た英二が腰の剣に手をかけた。
「ちゃうちゃう、俺は敵ちゃうで。跡部の仲間やねん」
大袈裟に両手を降参の形に挙げて見せ、笑いかけると英二が発していた殺気が消えた。
「跡部の?応援に来てくれたの?」
「そんなとこやな」
「そっか、ありがと」
実は面白そうだから物見遊山に、とはさすがの忍足も言えない。
「はよ王子様んとこへ行ったり。ここは俺が見張っとく」
「うん!」
大きく頷いて英二が塔の中へ入っていく。
「普通は捕らわれの姫を王子が助けるんがお決まりやけど・・・、逆やったんか」
英二の後姿を見送った忍足が感心したように呟く。
「まぁ、勇ましい姫が助けに行くっちゅうのもおつでええわ」
楽しそうに笑う忍足はとりあえず無粋な輩が2人の邪魔に入らないように、しばらくはここで門番を務めようとまた扉の前を陣取った。




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