海に咲く夢 2部 22




自由になった腕で大石は英二をしっかりと抱きしめる。
腕の中に抱き込んだ感触、そして柔らかな髪と英二の匂い。
こうしていてやっとこれは現実なのだと喜びを噛み締めた。
牢の中に入ってきてからの英二は、もう二度と離すまいとでも言うようにしがみついた腕を緩めずにいる。
少し苦しいくらいのその力が愛おしく、そしてそれほどまでに心配させていたことを改めて済まないと思った。
あの時は他に選択肢が無かったとはいえ、結果として英二を始めみんなに心配と迷惑をかけた。
危険を冒してまで助けてもらった分は、自分の役割をきちんと果たすことで報いなければならない。
抱きしめた温かな体は離し難いが、全て終わらせれば時間なんていくらでも作れる。

英二の背を抱いていた手を上げて髪を撫でる。

「英二」
「・・・んー?」
「そろそろここを出たほうがいい。この後、どうすればいいか聞いてるか?」
「・・・うん、聞いてるよ」
「それじゃ行こう。・・・全部片付いたらゆっくり話をしような」
「そだね。檻の中じゃ落ち着かないもんね」

ようやく腕を緩めた英二の髪をもう1度撫でると、英二が顔を上げて笑う。
夢で何度も見た笑顔に、引き寄せられるようにして大石は短いキスを英二の唇に落とした。
瞬時に耳まで朱に染めた英二は照れ隠しなのか、「ほら、行くぞー!」と元気良くかけ声をかけて大石の腕を引くと牢の外へと向かう。
牢を出る間際、見上げた天窓から夕日に染まる空が見えた。
強く思えば願いは必ず叶う。
英二の言ったことは本当だった。
生きてもう1度会いたいという願いが叶ったことを大石は天に、この世の全てに感謝した。



**



木手は西塔へと続く回廊を足早に歩く。
今度は確実に仕留める自信があった。
青の国の王子の所に何人の仲間が集まっていようと関係ない。
元々剣術ではそう容易く人には敗れない自負があり、その上で剣に致死性の毒まで塗っているのだから、どんな最悪な事態であっても負けることなど考えられなかった。

回廊は普段から使用する者が少ない為、まだ陽のある時間だというのに人ひとりいない。
自らの靴音のみを響かせて先を急いでいた木手の足が、西塔への曲がり角の手前で急に止まった。

「誰だ」

誰何する声に答えるように曲がり角からすっと人影が現れた。
その姿に木手は驚き目を瞠る。
東塔の牢にいるはずの、青の国の王子。

「ずいぶん世話になったから、ここを発つ前に礼をしておこうと思ってな」
「・・・き、貴様、いったいどうやって牢から・・・」
「仲間に助けられた。お前が捕まえることができなかった俺の仲間達だ」
「・・・馬鹿な!牢には鍵が、」
「鍵なんてどうということはないさ。さぁ、さっきの続きを始めようか」

王子の手が流れるような仕草で腰の剣を抜く。
研ぎ澄まされた剣が回廊の窓から差し込む夕日を弾いて光った。
光はありえない事態に動揺していた木手の目を貫く。
そこでようやく木手は、王子の姿を夢でも幻でもない現実として受け入れることができた。

仲間に助けられたと言っていたが、この場には他に人がいる気配がない。
つまり王子は1人でここへ乗り込んできたということになる。
手足を繋ぐ鎖が無いというだけであとは牢の中にいた時となんら変わりはない。
むしろあの鎖は木手にとっても厄介なものだったことを考えれば、却って好都合といえた。

木手の口元にうっすらと笑みが浮かぶ。

「愚かなことですね。せっかく仲間に助けてもらったものを、むざむざ殺されにきましたか。貴方の仲間もとんだ骨折り損でしたね」
「さて、それはどうかな?」
「その減らず口を今度こそ封じてやろう」

木手も剣を抜く。
狭い回廊の中ですぐに熾烈な攻防が始まった。



**



南の正門前に馬車が立て続けに3台止まる。
いずれの馬車も扉に描かれた紋章は金の鷹。西国の王の紋章だ。
扉を開けてひらりと降り立った跡部は駆け寄る下級兵士を片手で払い、奥にいた兵士長を手招く。

「東国の王に面会だ。中にいるな?」
「はっ、おりますが、」
「今日は西国の正式な使者として来た。案内しろ」

しかし、と躊躇する兵士長を一瞥して黙らせた跡部は、案内がないなら勝手にするとばかりに城の中に歩みを進める。
その後を大柄な従者が続き、そして馬車で同行してきた数人の男が続いた。
西国の使者が訪れたことはすぐに東国の王の耳に入る。
謁見までいくらも時間はかからなかった。




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