海に咲く夢 2部 23




回廊に差し込む夕日が徐々に薄闇へ変わる。
このままここで戦い続ければあといくらも経たないうちに完全に闇に閉ざされてしまうだろう。
それまでに決着をつけられるか。
剣を構えつつも責めあぐねている木手は、目の前の王子を改めて見据える。
青の国は多くの有名な武人を生み出した武芸の国だ。
だが、実際に戦ってみると、王子は思ったほどの使い手でもない。
確かにそこらの兵士よりは腕が立つだろうが、この程度なら傭兵でも充分互角に戦える。
それなのに。

木手は踏み込む足と同時に鋭い突きを繰り出すが、王子は手首を返すと撫でるような柔らかさで剣を受け流す。
普通の人間なら受け流されたことで大きくバランスを崩すところだが、木手の柔軟で強靭な筋肉はわずかに体を捻るだけで体勢を立て直せた。
すぐさま返す剣で再び攻撃をしかけ、しかしそれもあっけなくかわされる。
息を付かせぬほどの剣撃を王子は苦もなくかわす。
ほんの一箇所でいい、できれば体を巡る主要な血管の傍を。
そう思い執拗に攻めるが、木手の剣は王子の肌どころか服すら切り刻めない。

王子の剣はさほど早くも鋭くも無い。
事実、先程から王子が仕掛けてくる剣はほんの数箇所、木手の肌を裂いたに留める。
だが、こちらの剣も同様に届かない。
攻撃よりも防御を得意とする者は多い。
多くは持久戦に持ち込み、相手が攻め疲れたところで反撃に出るタイプがそうだ。
王子もその類かと思ったが、、それだけではない不気味さを木手は感じる。
何か違和感がある。
なんだろう、この嫌な感じは。

「南の方に大半が砂漠化している小さな島がある」
「・・・なんですか、いきなり」
「その砂漠には夜になると大きな白い花をつける植物がある。サボテンの一種だ」
「・・・・・・・・・」
「根や葉、枯れ落ちた花にすら猛毒を含む。特徴は独特な強い香りだ」
「・・・よくご存知ですね」

木手が剣に塗りつけている毒の正体を暴いた王子は口元に楽しそうな笑みを浮かべた。

「一箇所でも俺に傷を付けられればお前の勝ちだな」
「そういうことです」
「付けることができれば、の話だがな。・・・さて、そろそろいいか」

何をする気かと注視する木手の前で、王子は右手に持っていた剣を弄ぶように回しそのまま宙へ放った。
落下した剣を受け止めたのは左手。

「やはり右は使い慣れんで遣りづらい。さぁ、本気でいくぜよ」
「き、貴様、誰だっ!?」

問いに答える代わりに目の前の男は不敵に笑う。
木手の背筋に戦慄が走る。違和感の正体はこれだったのか。



**



玉座に重そうな体を押し込めている東国の王は、どこか卑屈な媚びるような笑みを浮かべている。
額に浮かんでいる汗は肥満のせいばかりでもないのだろう。
王の脇に控える重臣達は困惑を浮かべる者、警戒する者、王と同じく媚びへつらうような笑みを浮かべている者と様々だったが、1人だけ引きつった青い顔をしている者がいた。
跡部はその男から視線を外さないまま、王に出向いてきた用件を手短に話す。

「こないだの戦のことで異議申し立てをしにきた」

ざわりと場がどよめく。

「東国の発表では青の国が協定違反をして西国と結託、東国に侵略しようとした為起きた戦、だったな?」
「臣下の者からそう聞いているが・・・それが?」
「結論から言う。青の国に協定違反はなかった。全て東国が仕組んだ茶番だ」
「な、なにを言うか。そんなことが、あるはず、な・・・」
「生き証人を連れてきた。大石!」

跡部の護衛に守られるようにして青の国の王子、大石が謁見の間に入室する。
ざわめいていた室内が水を打ったように静まり返った。



**



頼まれた仕事を終えた凛は木手を探して歩いていた。
近くにいた兵士に聞いても所在が掴めず、仕方なしに木手の部屋で待っていようかと西塔へ足を向ける。
その凛の前に長身だが細身の男が立ちはだかった。

「久しぶりだな。また会えて嬉しいぞ。俺を覚えているか?」

凛は静かに微笑む相手を凝視した。
見覚えはある、確かに。
だが、どこで会ったのか思い出せない。

「・・・誰だ?」
「右腕の借りを返しにきた」
「右腕・・・?」

フッ、と短く笑う口元には、その佇まいに似合わぬ獰猛な笑みが浮かぶ。
相手のことを思い出せないまま、危機感を感じた凛は後方に大きく跳ねた。
目の前を閃光が走り、断ち切られた凛の長い金髪が一房、風に舞う。

早い。剣を抜いたのすら見えなかった。

凛はさらにもう一歩後へ跳躍しながら帯刀していた剣を抜く。
今の一撃で相手の強さは見て取れた。
本気でかからないと殺られる。
体が瞬時に臨戦態勢を取る。
どこで会ったのか、誰なのかはもうどうでもよかった。




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