海に咲く夢 2部 24
剣を左手に持ち替えてからの偽王子の攻撃は先程までとは比べ物にならなかった。
早く鋭い上に、変則的な動きをする剣に木手は防戦一方となる。
もはや剣に塗った毒などなんの意味も為さなかった。
日が落ちた回廊は視界も悪い。
このままではまずい、そう思うものの、反撃どころか逃げる隙さえ見出せない。
ほんの僅かな隙でいい、なんとか作り出すことは。
「あれ、そこにいるの、木手さんっスか?」
後方から響いたのんびりとした声に木手は心の中で狂喜した。
まだ運は自分にある。
戦闘において他者に助けを求めるなど木手にとって屈辱以外の何物でもなかったが、今はこの場を切り抜けて本物の王子を倒さなくてはならない。
「うわ、なんで王子様がこんなトコにいるんすか」
「これは偽者です。こっちへ来て手を貸して下さい」
「へぇー、苦戦してんだ。木手さんともあろう人が。珍しいっすね」
「ふざけてないで早く来い!」
「へいへーい。そんじゃ、」
近づいてくる赤也を背後に感じながら、己の勝利を確信した木手の喉元に、冷たい金属の感触がした。
「どーっすか、こんな感じで」
含み笑うような赤也の声、自分の喉にぴたりと当てられている剣。
驚きで目を瞠ったまま木手は動きを止める。
「チェックメイト」
かけられた声に、信じられない思いで目の前に立つ偽王子を見れば、憐れむような目をして笑っていた。
偽の王子は自分の背後に立つ赤也に目を向ける。
「初仕事にしては上出来じゃの、赤也」
「ホント、大変だったんスから!でも、俺が頑張らないとって思って・・・」
「柳も褒めとったぜよ」
「マジっすか!?あー、早く会いたいっす」
繰り広げられる会話に木手の臓腑から例えようのない怒りが込み上げた。
怒りは唸るような声となって搾り出される。
「・・・赤也、貴様、・・・裏切ったのかっ!!」
「冗談。人聞きの悪いこと言わないでくださいよ。俺は最初っからあっち側の人間なんすよ」
「・・・馬鹿な!お前は、貧民街の孤児で・・・」
「んなの嘘に決まってるっしょ。アンタに取り入る為に、腕の立つ孤児のふりして暴れてろって言われてたんスよ」
「・・・な、んだと・・・!」
「俺の国を滅ぼしたアンタ達を潰したかった。俺がこの日をどんなに待ったか。さ、行きますよ。アンタには自分がやったことを洗いざらい喋ってもらうんで」
剣を取り上げられ、後手に細紐で括られて木手は回廊を出る。
城の警備を担当していた木手の捕縛された姿に兵士は仰天したが、赤也が王の命令だと告げると疑うことなく城の地下牢へと案内された。
赤也と兵士のやり取りを木手は表情を消したまま無言で聞いている。
牢へ入れられ、柳によって先に投獄されていた凛に対面するまで、木手は一言も口をきかなかった。
**
シンと静まり帰った謁見の間によく通る大石の声が響く。
最初こそ驚愕や反論の声が上がったが、話が進んで事実が明らかになっていくうちに、臣下も王も言葉を無くして顔を伏せた。
英二は忍足と共にその様子を謁見の間の入り口から覗き込んでいた。
大石にも跡部にも一緒に入ってきていいと言われていたが、東国の首謀者を目の前にして自分が暴走しない自信はなかった。
いくら罵っても、いくら殴っても足りないくらい腹は立ってる。
でもそれをする権利があるのは大石だ。
「東国もアホなことしたもんや。こんだけ広い国土があるんやから大人しゅうしとったらよかったのに」
「首謀者のアイツが勝手にやったんじゃないの?」
「いくら軍務大臣でも他国へ軍を向ける時は王の裁可が必要や。王が知らんはずないわ」
「・・・知ってて黙って許してたの?」
「東国は世襲制やから、どんなボンクラでも王になれる。どうせうまいこと言い包められたんやろ。美姫を集めて美味いもん食って、しか頭にさそうやしな。見てみぃ、あの肥えた体。あんなん人間ちゃうわ」
忍足にボンクラと称された東国の王は額に止まることない汗を浮かべながら、この不祥事を逃れる為に必死で策を巡らせていた。
こんなことが国の非に、つまりは自分の非となってはならない。
何も知らなかった、そう知らなかったのだからどうしようもなかった。
全ては先走った臣下の責だ。
そうだ、そもそも奴が言葉巧みに王である自分を謀ったのだ。
頭の中で自己暗示をかけるように繰り返すうちに、いつの間にか本当に臣下に欺かれた気持ちになっていく。
ものの数分で加害者から被害者へと切り替わった東国の王は沈痛な面持ちで口を開いた。
「・・・話はよくわかった。よく生きて報せてくれたな。礼を言うぞ、青の国の王子。そして臣下の過ちを国の主たるものとして詫びよう」
玉座に座ったまま僅かに頭を下げた東国の王に、跡部が呆れたようにおい、と声を上げる。
「まさか、知らなかった、とでも言うんじゃねぇだろうな?国軍を総動員しての戦に王が関わってないわけねぇだろ」
「確かに軍を動かす許可はした。だが、それは青の国と西国が侵略してきたと聞いたからであって、」
「フン、あくまでも軍務大臣の勝手で起こったことだと言い張るか。それじゃ、そこで青い顔してる軍務大臣、お前の言い分を聞いてやる」
跡部の呼びかけにはっとしたように軍務大臣が顔を上げる。
救いを求めるように王に目を向けるが、唯一今回の顛末をあらかじめ知っていた共謀者である王は視線を合わそうとはしなかった。
周りを見回せば同胞からの非難を込めた突き刺さるような視線だけが返ってくる。
終わりだ。王は全ての罪を自分だけに被せてやり過ごそうとしている。
もはや逃れる術はない。そう悟ったら急に気が楽になった。
丈の長いローブの下に隠して持ち込んだ剣に手をかける。
王の前では何人たりとも帯刀は許されない。今、この場で剣を持つのは自分だけだ。
青の国の王子。お前さえ生きていなければ全てがうまくいった。
堕ちるのならお前を地獄への道連れにしてやろう。
謁見の間入り口から中の様子を見ていた英二が異変に気づく。
気づいたと同時に兵士が止めるのを振り切って室内に駆け込んだ。
王の脇に控えていた軍務大臣が足を踏み出しざま剣を抜き、大石に飛びかかる。
突然の出来事に固まる兵士達と跡部の護衛、そこに英二の声が響いた。
「大石!!」
咄嗟に一歩下がって振り向いた大石の目に投げ渡された英二の剣が目に入る。
いつか自分が英二に渡した美しい細工を施した宝剣、青の国王家に伝わる国宝。
剣を右手で受け、すぐに体を反転させる。
切りかかってきた大臣の剣を鞘に収めたままの剣で受け流し、前屈みになった腹に膝蹴りを入れる。
短く呻いて蹲りかけた首の後を剣の柄で強く打ちつけた。
音を立ててうつ伏せに倒れこんだ大臣の背に足を乗せ体重をかける。
「・・・お前はくだらない野心の為にかけがえのない大切な命をたくさん奪った。いくら殺しても飽き足らないが、そんなことをしても失くした者は還らない。・・・せめて罪ぐらいきちんと償ってもらおう」
足下の軍務大臣と、そして玉座から半ば腰を浮かして逃げかけている東国の王を大石のきつい眼差しが貫く。
「何をボケッとしてる!早くこの馬鹿を牢に放り込め!」
跡部の怒号に呆然と事態を見守っていた兵が慌てたように動く。
剣を取り上げられた大臣は後手に縄をかけられ、兵に引き立てられるようにして謁見の間を連れ出された。
それを複雑な思いで見ていた大石の腕が引かれ、引かれた方に目を向けるとそこに英二が立っていた。
「もうこれで追われることもないね」
「・・・ああ。やっと、終わった」
大石は目を閉じる。
閉じた瞼の裏に失くした人々の顔が次々と浮かんだ。
最後に浮かんだ父の姿に、責務を果たしたことを報告して冥福を祈る。
長い、長い戦いが、今やっと終わりを告げた。
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