海に咲く夢 2部 25




何も知らなかったという言い分を聞く代償として跡部は東国の王に、前回の公式発表の訂正、軍務大臣とその部下であった木手達の処分、占領した西国と青の国の領土返還、期限付きで東国城内に西国の監視官を置く、という条件の全てを呑ませた。
東国の王との会見を終えた大石達は跡部の馬車でいったん西国へと向かうことになった。
大石と英二、跡部と従者の1人が同じ馬車に乗り込む。

「今回の件で東国に貸しができたからな、いずれあの愚王は玉座から引きずり下ろしてやる」
「・・・景吾王子、いろいろ世話になっておきながら心苦しいんだが、もうひとつ頼みを聞いてもらえないか」
「なんだ?言ってみろ」
「青の国の領土を西国領として管理してもらえるとありがたい」
「西国領として?・・・戻る気はないってことか?」
「今の俺達が戻っても国として建て直し運営するのは難しい。未熟な施政は混乱をもたらして民を苦しめるだけだ」
「なるほどな。いいぜ、大石。そのくらい西国にはお安い御用だ」
「ありがとう。恩に着る」

東国との決着がつき、領土を返された場合の青の国の行く末をどうするか。
牢の中にいた時、ふと考えたことだった。
首謀者を叩き青の国を復活させる、それはまるで夢物語のように遠いものに思えた。
だが、考えるより他にすることもなく、いたずらに青の国再興の夢物語を現実に置き換える想像をして、すぐに困難だと悟った。
国を脱出して残った仲間達はみな若く、当然、実務として政を行った経験者はいない。
それぞれが次世代の国を背負う者として教育を受けてはいたが、それもまだ途中だ。
頭でわかっているだけの知識では国を動かせない。

「・・・青の国は無くなっちゃうってこと?」
「2年、いや、もう3年になるか。あの戦の時に青の国は無くなったんだよ、英二」
「でもオレ、大石が自由になったら、また青の国が復活するんだと思ってた」
「本当はそれが一番望ましいのかもしれない。だけど、」
「今すぐは無理だってだけの話だろうが。心配すんな、大石が国を復興できるようになったら、青の国はちゃんと返してやるよ」
「・・・景吾王子」
「管理はしてやる。領土も青の国の民もな。だが預かるだけだ。どこかの国で政について学ぶなり、優秀な経験者を引き抜くなりしてとっとと戻って来い。いつまでも預けっぱなしにしとくんじゃねぇぞ、わかったか」
「・・・ああ。・・・・・・ありがとう」

跡部の配慮に胸が詰まり、言葉少なに礼を言った大石の隣で、英二は驚いたように跡部を見つめていた。

「・・・跡部ってけっこういい奴だったんだ。オレ、ちょっと見直したかも」
「アーン?菊丸、てめぇ、そりゃどういう意味だ!」
「だって、ただ偉そうなだけかと思ってたんだもん」
「・・・おい、大石。こいつを馬車から叩き出していいか?」
「えーっ!なんで!せっかく褒めたのにーっ!」

本気なのかふざけているだけなのか、揉めだした2人に大石が吹き出す。
馬車は賑やかなまま、夜更けの中を西国の領土へと入っていった。



**



早朝に西国の城に着いた一向は貴賓室に通されてもてなしを受けた。
贅を尽くした豪奢な部屋は、一見するとさり気ない調度品までもが精巧な芸術品で揃えられている。
ここへ来るまでの馬車で仮眠を取っていた仁王と柳は、奥の客間で休んでいる他の者より一足先に貴賓室の中を鑑賞していた。

「前回来た時とはエライ違いじゃのぅ」
「あの時は東国の密偵がいたし、俺達も身分を偽って入国したからな」
「あ、この絵知っとる。なんていう画家やったかな・・・」
「それは、」

バタン、という大きな音がして柳がドアを振り返る。
貴賓室に似合わぬ騒々しさで入り込んできた赤毛の青年は、ぐるりと室内を見回すと柳と仁王の元へやってきた。

「赤也ってヤツいんだろ。まだ寝てんのか?」
「まだ部屋におるから、たぶん寝とるじゃろうな」
「部屋、どこだ?」
「奥から2番目左手側」
「サンキュー。あの野郎、叩き起こしてやるぜぃ」

ずかずかと足音も荒く奥の部屋へ入っていく青年を仁王と柳が見守る。
いくらもしないうちに悲鳴と怒鳴り声が縺れ合って貴賓室へと転がり出てきた。

「赤也、てめぇ、逃げんな!」
「いきなり殴られて逃げない訳ねーっしょ!!」
「殴られるだけのこと、やっただろーがっ!よくもこの俺をハメやがったなぁーっ!」
「だってアンタ、ああでもしないと木手さんに殺られてましたって!」
「そんなこたぁ関係ねぇんだよ!俺が頭にきてんのは、てめぇが菓子に薬なんか仕込んだってことだ!」
「はぁ?」
「いいか、菓子ってのはなぁ、世の中で一番美味いもんなんだぞ?!なのに変なもん入れやがって、絶対許さねぇからな!」
「アンタ、言ってることが滅茶苦茶っすよ!怒るツボがおかしいって!」
「うるせー、赤也!黙って俺の鉄拳制裁を受けやがれ!」

部屋の中をドタバタと走り回る2人を柳と仁王は少し離れて眺めていた。
初対面だが話の内容から赤毛の青年の見当をつけた柳は、仁王に自分の予想を確認する。

「当たり。あれはブン太っていっての、西国の密偵じゃったが作戦途中で敵に正体が割れたんで、赤也が一服盛って逃がしたんよ」
「ふむ。どうもその盛り方に問題があったようだな」
「逆鱗には個人差があるってとこじゃな。ところで、このまま放っとくんか?」
「いずれ室内の備品を壊す確率100%だな。動物の喧嘩には水をかけるのが一番だが、部屋を水浸しにするわけにもいかないか」

柳は部屋に備え付けてある呼び鈴を押すと、現れた小間使いに一言二言申し付けた。
小間使いはすぐに注文の品を揃えて給仕と共に部屋に戻ってくる。
次々と部屋に運び込まれるお茶や軽食、菓子類に赤也を追い掛け回していたブン太の動きが止まった。
今にも涎を垂らさんばかりに菓子を凝視しているブン太を柳が手招く。

「うちの赤也がずいぶんと世話になったようだ。どうだろう、よかったらお茶でも飲みながら話でも」

無言のまま何度も頷くブン太の顔には至福の笑みが浮かんでいる。
ウキウキしながらテーブルについたブン太に笑いを堪えながら柳は赤也と仁王にも声をかける。
被害を免れた貴賓室は先程とは打って変わった和やかな雰囲気に包まれた。



**



東国の城は朝から大変な騒ぎになっていた。
今回の戦の責任として公開処刑されることになっていた木手、そして一緒に牢に入っていたはずの平古場が揃って姿を消したのだ。
見張りが倒され鍵が奪われていたところから、外に脱走を手伝った仲間がいるということになり、城の内部はもちろん、街へも兵士が派遣され、仲間を含む木手達の徹底した捜索が行われた。
西国との約束に木手達の処分が含まれていた為、東国の王は自ら指揮を執って必死に探させたが、結局日没を向かえる頃になっても一向に行方が掴めなかった。

国内をいくら探しても見つからないのも当然で、木手達はその頃、東国を遠く離れた海の上にいた。

「助かりました、甲斐クン」
「俺も今度ばかりは年貢の納め時かと思ったさぁ」
「永四郎の手紙が来た時、東国の近くを船で走ってたからな。運が良かった」
「知念クンも無事で安心しました」
「・・・まぁ、な」

木手から戻るよう指示を受けていた甲斐が東国に着いたのが処刑前日の夜。
自力で監禁されていた場所から逃げ出した知念と落ち合って、東国の城に潜入してみれば、木手と凛が投獄され処刑を待つばかりとなっていた。
事態の改善は不可能、となれば逃げ出すしかない。
見張りを倒し、警備の目を掻い潜りどうにか城を脱出した。
このまま東国に留まるのは危険だったから、漁港から船を一艘失敬して夜の海をひたすら沖へと進めた。

「・・・4年が無駄になりました。長老はまた怒りますね」
「俺達は精一杯やってんだから、晴美ちゃんに文句言われる筋合いはねーよ」
「そうもいかないでしょう。島はこうしている間にも砂に侵食されている」

木手達の祖国は南にある小さな島だ。
元々は緑豊かで海の綺麗な美しい島だったが、島の北側にあった小さな砂漠がここ10年程でどんどん範囲を広げてきて、今では人の住める緑地の方が小さくなっている。
いずれ全てが砂地になるのは時間の問題で、その前に移住できる所を探すことになった。
だが、長老は移民となることを良しとせず、あくまで自分達の国としての移住先を求めた。
その移住先を探す役目を課せられたのが木手を始めとする島の中でも優秀な若者達だ。

「また一からやろうぜ。頭の悪そうな王様がいる国を探してさ」
「・・・時間がかかりますね。でも、それしかない、か」
「そうそう。気を取り直して行くさー」

島の命運を担うという重荷はまだ木手の肩から消えない。
それでも支えてくれる仲間がいるから、木手は目標を見失わず、前を向いていることができた。
いつか必ず目的を達してみせる。
それがどんなに悪辣、非道だと言われる手段を使うことであっても。



**



西国に滞在した6日目、ようやく大石の船が港に到着した。
船で逃走を続けた仲間達を休ませるためにさらに2日滞在し、8日目、大石達は船で出発することになった。
港まで見送りに跡部や忍足とブン太、そして西国に残ることになった大石の妹が顔を見せている。

「本当に世話になった。礼を言う。それから青の国と妹をよろしく頼む」
「ああ、まかせとけ。こっちからはまた日吉が同行したいと言ってるが、いいよな?」
「もう追われることはないが、船での生活が不自由なのは変わらない。いいのか?日吉王子」
「ええ、構いません。俺はもう少しあなた達に剣を学びたい。お願いします」
「それなら歓迎するよ」

船へ荷の積み込みが終わり、大石達が船に乗り込む。
船内の点検を終えた柳が大石に指示を促す。

「準備は完了した。いつでも出航できるぞ」
「そんじゃ、針路は南で出発進行ー!」
「こらこら、お前さんが指示を出してどうする」

大石の代わりに出発の号令をかけた英二を仁王が止め、それを見て大石が笑う。

「これでまた当分は海の上だぞ。陸地に未練はないか?」
「ないなーい!大石、早く行こうよ!」
「右に同じ」
「むしろ海での生活が恋しいくらいじゃ」
「よし、それじゃ行こう。出発」

見送る人達を背に、船はゆっくりと港を出る。
船首のイルカが眩い朝日を弾き、船は一路海へ。
果てしなく続く青い空と青い海、そして新たな未来へ滑り出した。




→完                                                (06・11・05−07・05・27)