海に咲く夢 2部 3




漆黒の船が西国を目指して最高速度で海を進む。
着くまでは何もしなくていいと言われた英二は、ただ船室にいるのも落ち着かなくて甲板に出ていた。
できる限りのスピードで船を進めても西国までは1週間以上かかる。
進行方向にはまだ海しか見えないとわかっていても、知らず知らずのうちに英二の目は陸影を探していた。

跡部と柳が東国に潜入させている仲間に詳しい状況を尋ねる手紙を書いて、使い鳥に持たせたのが3日前。
西国へ着くまでの間に情報収集をして作戦を立て、着いたらすぐに実行できるようにしておこうという考えからだ。
敵の手に落ちた大石は潜入している仲間が守っているだろうが、敵の本拠地ではそれにも限界がある。
大石と王女を救出するには迅速に、的確に行動する必要があった。
使い鳥が戻る前の今でも、柳の船室では連日、跡部や仁王が作戦会議を行っている。
英二にできることは何も無く、だからといってただ待っているのは辛かった。
使い鳥のように自分にも羽があればいいのにと英二は本気で思う。
そうすればすぐにでも大石の所へ飛んでいけるのに。

「頭脳労働に向かない俺達はヒマでしょうがねぇなぁ」
一心に海を見ている英二の肩を黒羽が叩いた。
「・・・そだね。なんにもすることがないと、なんだか滅入っちゃうよ」
「そういう時は体を動かすのが一番だ。どうだ、王子、久々にやらねぇか?」
黒羽が剣を構える仕草をしてみせる。
「うん!やる!」
二つ返事で承諾した英二は、黒羽と剣が使えそうな広めの場所を探して甲板を歩く。
途中で会った日吉も交えて3人で剣の稽古を始めた。


**


薄暗い石牢に響いた複数の靴音が大石の思考を中断させる。
続く檻の外のドアが開く音。

「へぇー、いかにもって感じの陰気な牢屋っスねぇ。ここに王子様を閉じ込めてるってわけだ」
「・・・無駄口を叩くな」
「へいへい」

物珍しげにあたりを見回している仲間をたしなめた男が牢の前に立つ。
天窓から差す日に片眼鏡が鋭く光った。

「貴方の世話係をもう1人連れてきました。私も何かと忙しいのでね。これからは彼らが身の回りの世話をしてくれますよ・・・といっても、食事を運ぶ程度ですがね」
「よろしくー、捕・ら・わ・れ・の王子サマ」
「このとおり頭の悪い奴だが、腕は立つからね。・・・妙な考えを起こさずにおとなしくしていることだ」
「うわっ、おっかねぇ〜・・・」

ふざけた調子で肩をすくめて見せた相手に、片眼鏡の男があからさまな侮蔑の視線を投げる。
大石は一言も発することなく、牢の外のやり取りを見ていた。
大石の視線に気づいた新入りの見張り役が薄い笑みを浮かべる。

「俺は赤也。頭が悪いってのは余計だが、腕が立つってのはホントだからさ。いいコにしててくださいよ・・・そうじゃないと俺、あんたのこと始末しなきゃならなくなるんでね。ま、どっちにしろ時間の問題だけど」
「・・・余計なことは言わなくていい。さっさと食事を置いて下がれ」
「へーい」

牢の鍵を開けて赤也が中へ入る。
鎖が届く場所に食事の乗った盆を置いて、立ち去り際に掠めるように大石の顔を見るとそのまま牢の外へ出た。
元通りに施錠して赤也は来た道を戻っていく。

外の扉が閉まるのを待って、その場に残った片眼鏡の男が口を開いた。
「どうです?考えは変わりましたか?」
「・・・何度聞いても無駄だ」
「いつまでそうやって意地を張っていられるかな?青の国の残党狩りはまだ続いている。貴方の仲間の首をここに並べれば考えも変わるだろうね」
「・・・どうしてこんな真似をするんだ」
「言ったでしょう、今後の憂いを絶って東国の未来を明るくする為、ですよ」
「非道な行いの報いは必ず東国に降りかかるぞ」
「フッ。鎖に繋がれた身で何ができるのかな?」
「・・・・・・」

大石の怒りが強い視線となって片眼鏡の男を射る。
だが、相手は動じるどころか、そんな大石を冷たい視線で一蹴して踵を返した。
外へと続く扉に手をかけたまま、男はわずかに振り返る。
「次はよい返事を期待していますよ」
そう一言だけ残して外へ出て行った。


牢の中にまた静寂が戻る。
大石は詰めていた息を吐いて、光が差す天窓を見上げた。
四角く切り取られた小さな空が青い。

『簡単なことですよ。貴方が青の国の代表として、今回の戦の原因は自分の国にあった、と表明すればいい』
頭の中で数日前に言われた言葉が蘇る。
『貴方の表明と命、それだけで王女や他の者が助かる。悪くない取引だと思いますがね』
もしも戦いの最中であれば、この身を犠牲にしてでも仲間を守ることに躊躇はない。
だが、こんなところで、こんな形で死ぬわけにはいかない。
今も戦い続けている仲間の為に。
また会おうと約束した英二の為に。

大石は小さな青空に祈りを込める。
本当にそうしたいと強く思えば必ず願いは叶う、そう英二は教えてくれた。
青空を焼き付けた瞳を閉じて、大石は強く願う。
きっと助けに来るだろう仲間の無事を、そしてその時まで自分が生きていられるように、と。




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