海に咲く夢 2部 4




英二たちは暇な時間を剣の稽古に費やし、そして1週間が経った。
肉眼でも遠目に西国が見えてきた頃、跡部が大石の船から乗り込んできたメンバーを集めた。

「あと2時間程度で西国へ着く。お前らは着替えて準備をしておけ」
「ん?これ、朝着替えたばっかだよ?まだそんなに汗かいてないから臭くないよね?」
「うん、潮の匂いはするけど〜、臭くないよ〜」

英二が隣に立っている慈郎とお互いをくんくん嗅ぎ合う。

「そのどチンピラな格好をどうにかしろと言ってるんだ。西国の王子である俺様の部下に品の無いならず者なんかいねぇんだよ」
「ああ、そういうことか。だが、俺達が船から持ってきたのはみんな似たような服だぞ。どれを着たところで、お世辞にも品良くは見えないんじゃねぇかな」
「お前さんと一緒にしてもらっちゃ困るのぅ。俺は生まれつき上品な香りがしとるきに」
「なんだ、その上品な香りってのは」
「芳しい高貴な香りじゃ」

すまして笑う仁王に黒羽が盛大に呆れた顔をする。
その後では英二と慈郎が、高貴な香りとやらを確かめようと仁王に鼻を寄せていた。
溜息をついた跡部は隣に立っている部下にこいつらをなんとかしろと目で促す。
跡部がいる手前、笑うこともできず堪えていた部下は、咳払い1つで笑いを収めると英二たちに向き直った。

「服はこちらで用意してある。色々あるから気に入ったものを着てくれ」
はーい、とかほーいといった様々な返事が返ってくる中で跡部が釘を刺す。
「気に入ったものを着ろとか言ってないで、お前が選べ。できるだけこいつらを目立たないように地味にするんだ。その為にお前を呼んだんだぞ、南」
「地味にするのか?それは難しいなぁ。俺はけっこう派手なのが好きで・・・」
「・・・いい。お前にまかせる」

英二達といるとどうにもペースを崩されてしまう跡部は、厄介な連中を南に押し付けて、まともな話ができる柳の元へ向かった。
使い鳥の返信も届きおおまかな作戦はすでに立てている。
作戦決行までの残り時間は船が西国に到着するまでだ。
残った時間を使って計画の細かい部分を詰めておけば、その分だけ後が楽になる。
柳はまだ本調子とは程遠い状態だったが、国に着けば充分な治療を施してやれる。
他に作戦参謀の能力を持つ者がいない今、もうしばらく辛抱してもらおうと跡部は柳の部屋のドアを叩いた。


**


だるそうに引きずる足音とドタドタと騒がしい足音が重なって聞こえ、同時に牢の外のドアが開く。
「はいはいメシの時間っすよー」
牢の前に立った2人の青年が壁を背にして座っている大石を伺い見た。
「王子様には本日もご機嫌麗しく。今日の朝メシはパンと豆のスープ、なんと肉入り!」
「おっまえ、ホント、うるっせぇなぁ・・・」
食事の乗った盆を持った赤也が一方的に大石に話しかけている横で、鍵を開けているもう1人が顔を顰める。
「だって、こんなしみったれた牢屋に王子様はたった1人で一日中いるんすよ?せめて俺達がいる時くらい賑やかにしてやるのが情けってもんじゃねーっすか?」
「どうだか。見てみろぃ、あの我関せずって顔の王子様を」
「どれどれ」
鍵の開いた牢の扉を開いて赤也が中へ入る。
大石の目の前に行き、その視線に高さを合わせるようにしゃがんで顔を覗きこむと、無表情の大石と目が合った。
「コンニチワ、王子様」
「・・・・・・」
「・・・ちぇっ、ノリ悪ぃの」
白々しいくらい愛想よく笑って見せたのに、なんの反応も示さない大石に赤也の興が醒める。
「ほら、メシ。ちゃんと食えよ」
手に持った盆を足元に置くと、さっさと牢を出た。
「あーあ、つまんねぇの。なんでこの王子様はこんなに辛気臭いんスかねー」
「捕まって牢に繋がれてんのに、明るくノリノリだったら気持ち悪いだろぃ」
「ぷ、あははは。そりゃそーだ」
「よし、鍵かけたっと。ほら、あんまり長居してっと木手にまた文句言われるからな。行くぞ」
「へーい」

大石は2人が背を向けて歩き出した姿を目で追う。
毎日の食事を運んでくる赤也とブン太という2人の青年のうち、どちらかは柳が潜入させている部下かもしれなかったが、今は確認する方法もなかった。
また、2人とも敵だった場合は、ここからの脱出の際には戦うことになる。
親しく話して情が移れば相手を倒せなくなる。
だから大石は必要な時以外口をきかなかった。
それでなくても大石はあの2人に悪感情を持てないでいる。
少しガラは悪いが、人懐っこいのか毎回なにかと話しかけてくる赤也も嫌いではない。
そして、ブン太の赤い髪と少し吊り気味の大きな瞳は英二を思い出させた。

英二はいまどうしているだろう。
助けにこようとしているなら、すでに西国か、もしかすると東国に入っているかもしれない。
会いたい。でも無茶をして危険な目に合うくらいなら来ないでほしい。

腕の鎖がザラリと音を立てる。
どれほどもどかしくても、今の大石にできることは何も無い。
考えることと祈ること以外は。


**


西国の港が眼前に迫る。
整備された港は、春の国の漁港の何倍も大きく立派だった。
「うわー、こんなおっきな港、初めて見た」
「俺の国は貿易の中継地点だからな。ちんけな港じゃ船が納まらねぇんだよ」
跡部は素早く英二たちの服装チェックをして満足そうに頷く。
王族の英二や貴族階級の柳は元より、庶民の出だと聞いている黒羽もそれなりにさまになっている。
なにより地味目に抑えた服装と髪形は、部下に紛らせて国内に入れるのに申し分ない。
一見派手に見える英二の赤い髪も、春の国出身者が多い西国では珍しくない。

「さぁ、着いたらすぐに作戦決行だ。気を引き締めていけよ、お前ら」
跡部の激にその場にいた者が拳を上げる。
大石救出作戦の始まりはもうすぐだった。




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