海に咲く夢 2部 6
西国の宿に入ったのが夜明け間近、部屋に入るなりすぐに寝た英二は昼過ぎにやっと目を覚ました。
ベッドに横になったまま寝呆けた頭で部屋の天井を眺め、そういえば西国に着いた後に宿に移動したんだっけと思い出し、そのまま視線を部屋の中へ向けるとそこには見知らぬ男の後姿があった。
サラサラとした栗色の髪、シンプルな白のシャツにベージュのパンツ。
後姿は袖のカフスを止めているところで、指先の流れるような動きが優雅で美しい。
無防備にも見える背中は敵とは思えないが、それじゃ仲間かというとそれも違う。
新しく仲間に加わった大和と伊武と南、彼らはみんな黒髪だ。
それじゃいったい誰なんだろう?と英二が首を傾げたところで男が振り返った。
「お目覚めですか、王子」
まっすぐな髪を七三で分けて金縁の眼鏡をかけた男がにこやかに声をかけてきた。
「・・・・・・誰?」
英二は頭の中の人物帳をくまなく探したが該当する者はいない。
顔中に?マークを浮かべている英二を見ていた相手の男は、やがておかしそうに笑い出した。
「くっくっく。わからんか?」
「わかんないから聞いて・・・あれ?その声・・・あっ!」
聞き覚えのある声に閃いた英二がベッドを飛び出して相手に飛び掛り、一瞬の早業で眼鏡を取り上げた。
さらりと顔にかかった栗色の髪を手でどけて、近くからしげしげと顔を見つめる。
「・・・もしかして、仁王?」
「当たりじゃ」
「うっわー、ホントに仁王?すごい、全然違う人にしか見えないよ!」
「お前さんに簡単に見破られるようじゃ、変装の意味がないからのう」
「む。それってどーいう、」
抗議しかけた英二をコツコツと鳴るドアのノックが遮った。
「おーい、俺達はそろそろ出るからよ、少し時間空けて王子達も・・・ん?」
ドアから顔を覗かせた黒羽が驚いたように目を見開く。
そのままつかつかと部屋に入ってきて、仁王の前で立ち止まった。
「こりゃまたずいぶん懐かしい顔に化けたなぁ」
「久々に会えて嬉しかろ?」
「本人でもないのに嬉しいもなにも・・・っと、無駄話してる暇はないんだった。俺達はもう出るが、仁王、王子のこと頼んだぞ。王子、あんまり無茶すんなよ」
「まかせんしゃい」
「オレはだいじょーぶ。黒羽も気をつけてね」
「おう。そんじゃまたな」
黒羽が慌しく部屋を出て行く。
その足音に他の足音が重なって、ドタドタと廊下が騒がしくなり、やがて元のようにシンと静まりかえった。
「これでしばらくはみんなとお別れかぁ」
「なーに、事が終わればすぐにまた会える。その時は大石も一緒じゃ」
「うん、そだね。・・・大石は元気にしてるかなぁ」
「あれでなかなかしぶといからの、そう簡単にくたばりゃせんよ。心配いらん」
「うん・・・」
跡部と柳が潜入させている仲間からの報告では、大石は東国の城の1番外れにある塔の中に捕らわれているということだった。
塔の中には牢獄があると聞いている。
罪を犯したわけでもないのに、罪人のように牢へ入れられている大石のことを思うと、英二は悲しくて腹立たしくてやるせなくなる。
早く、一刻も早く助け出したい。
気持ちが急いて英二は今すぐ部屋を駆け出したくなる。
「焦りなさんな。大石を助けたい気持ちはみな一緒ぜよ」
固い表情で押し黙った英二の頭を仁王がぽんぽんと軽く叩いた。
「・・・わかってるよ。せっかく作戦立ててるのに、オレが暴走したら台無しになるもん」
「ほぅ、王子も少しは大人になったか。えらいえらい」
「むー!仁王はオレと同い年じゃん!!」
仁王が大笑いしたところでまたドアのノックが聞こえた。
今度は大和と南が連れ立って部屋に入ってくる。
「おや、なんだか賑やかですね。ですがそろそろ出発する時間ですよ」
「必要な物は全部俺が揃えておいたから、着替えだけしてくれ」
小さくまとめた荷物を南が差し出す。
すでに支度が整っている仁王と違い、寝起きのままの英二は慌てて準備を始めた。
顔を洗ったり着替えたりと忙しく支度をしている横で大和が今後の説明をする。
「まず東国に入ったら首都へ向かいます。そして城下町にある1番大きな宿屋へ滞在しましょう」
「城の兵士が出入りしとる酒場がある、か」
「そのとおりです。城で仕事を貰いたい傭兵は、皆そこの宿へ泊まるようですから、僕達もそこへ混ぜてもらいましょう」
「その酒場に仕事を斡旋してくれる仲介がいるのか?」
「いいえ、そういった人はいませんね。ですが、目立っていれば自然と声がかかります」
「なるほど、派手に暴れとけ、っちゅうことじゃな」
「ええ、思う存分腕を振るっていただいて、あとは向こうからスカウトに来るのを待ちましょう」
「お待たせ!支度できたよー」
フル回転で準備を終えた英二の服装を南がチェックする。
西国から東国へ入るまでの間はあまり目立たない方が好ましい。
立て襟と袖口にわずかにフリルの入った淡いグリーンのシャツに茶のパンツと同色のブーツ、少し伸びた赤い髪は後で1つに束ねた。
「よし、合格だ」
「では行きましょう」
大石から貰った剣を腰帯に差して英二は部屋を出る。
夜には東国の宿に着く予定だ。
どんなにもどかしくても、少しずつ大石との距離は狭まっている。
油断すると嫌な考えばかり浮かびそうになるから、英二はやるべきことを1つずつ見据えて、今はそれを全力でこなすことだけを考えようと決めた。
→7