海に咲く夢 2部 7
「うー・・・腹減ったぁ・・・」
ブン太はもそもそと毛布から這い出て小さな時計を手に取った。
時刻は7時半。目覚まし代わりの腹時計は本日も正確だ。
ボーっとする頭を軽く左右に振って自分の部屋からキッチン兼リビングへの扉へと移動する。
ドアノブに手をかけて引こうとしたところで、微かに漏れ聞こえた声に動きを止めた。
小声で話しているようで、ドアに耳を寄せても内容までは聞こえない。
だが、声は誰のものかすぐにわかった。
木手と赤也だ。
ブン太は身動きせずそのままドアの所で様子を伺う。
本来なら木手はブン太や赤也の上官なのだから、ここへ来てもなにもおかしくはない。
塔の最上階に捕らわれている亡国の王子の様子を聞きにきているとも、なにか新しい指示があるとも考えられる。
それでもブン太はこの状況を警戒するべきものと判断している。
理由は3つ。
1つは決まって自分がいない時に話していること、そして2つ目は以前も同じようなことがあった時に、赤也が木手の来訪があったことを決して言わないこと、さらに1番大きな理由が3つ目、ブン太自身が他から指示を受けている密偵であること。
ぼそぼそと聞こえていた話し声が止んでドアが閉まる音がする。
ブン太はドアから離れ、足音を忍ばせてベッドへ戻る。
極力音がしないように横になると毛布を引きずり上げた。
少ししてから部屋のドアがノックと共に開く。
「ブン太さーん、まだ寝てんスか?そろそろ起きてくださいよー」
「んあー?メシできたのかぁ?」
「えーっ、今日の朝メシ当番、ブン太さんじゃないっすかー!」
「面倒臭ぇ・・・赤也、作れ」
「げ、ヒドイっす!!こないだも代わったじゃないスか!」
「うっるせぇなぁ・・・」
ぎゃあぎゃあと喚く赤也に、ブン太はさも煩わしいという顔で起き上がった。
今の今まで寝てましたと装うように盛大にあくびをしてリビングからキッチンへ向かう。
ちらりと見遣ったテーブルにはコーヒーが入ったカップがひとつ。
そしてキッチンには急いで洗って仕舞ったのだろう、水滴が残ったカップが食器棚に置かれていた。
「ブン太さん、俺、朝メシは肉がいいっす!」
後をついて歩いてきた赤也が冷蔵庫を開けたブン太に期待に満ちた目でリクエストをする。
「バーカ、朝メシはメープルシロップとホイップてんこ盛りのホットケーキって決まってんだよ」
タマゴと牛乳を取り出しながらブン太がリクエストをあっさり却下した。
「そんじゃ昼飯に肉ってことで!」
「昼飯はクリームたっぷりのケーキと餡みつ」
「そんなのメシじゃないっす!」
「腹に溜まれば肉でもケーキでも一緒だろぃ」
「全然違うっスよ!」
頭が悪いなりに理屈をつけながら必死で抗議している赤也にブン太の笑みがもれた。
こうして話をしていると、赤也はとても要注意人物には見えない。
何度も穿ち過ぎだと考え直してきたが、そうすると説明がつかない点がいくつも出てくる。
この住居にしてもそうだ。
東国の城のはずれにあるこの塔は最上階に極秘で捕らわれている人物がいる為、塔の二階にある住居に最初は木手の腹心の部下が監視を兼ねて住んでいた。
その部下が失脚したのが5日前。
そしてブン太と赤也がここへ移り住むことになった。
他に大勢の部下がいるにもかかわらず、まだ雇われて間もない自分達が抜擢されたことにブン太は疑問と懸念を感じてならない。
ブン太は焼き上がったホットケーキを皿に移してシロップをかける。
抗議しても聞いてもらえないと悟った赤也は、諦めてすでにテーブルについている。
「ほらよ」
ブン太がホットケーキが乗った皿をテーブルに運んでやると、赤也が僅かに未練がましい目を向けた。
「なんだよ、いらねーってんなら食わなくていいんだぜ?」
「・・・いただきます!」
半ばヤケクソのようにがつがつと食いだした赤也を笑って、ブン太は自分の分を作るためにキッチンへ戻る。
子供のように笑ったり拗ねたりする相手を疑うことは難しい。
だが、油断すれば自分の身が危なく、ひいては牢の中の王子を守る者もいなくなる。
事実、失脚した木手の部下はその後の行方がわからない。消されたという噂もある。
「・・・こんな役目、引き受けるんじゃなかったなぁ」
ホットケーキが焼ける音に紛らせて、ブン太は小声で呟いた。
**
東国に潜入して3日目、毎晩酒場に繰り出していた英二達にやっとチャンスが訪れた。
いかにも仕事待ちの傭兵と見える相手を仁王が挑発、あっけない程簡単にキレた傭兵が決闘を申し出たのだ。
傭兵は3人組。こちらは英二、仁王、南で同じく3人。
それぞれが1対1で戦うこととなり、酒場脇の広場には野次馬で人垣が出来ている。
「負けなさんなよ、王子」
「だーいじょーブイッ!」
「俺も剣には自信があるんだ。オーソドックスなんだけど、やっぱり基本が・・・って、聞けよ!」
南が話している間に英二と仁王は対戦相手に向かって歩いていってしまう。
周囲を見回していた仁王は対戦相手に近寄る寸前の英二を呼び止めて耳打ちする。
「王子、向かって右手におる目つきの悪い奴、あれが城のスカウトマンじゃ」
英二は言われた方をさり気なく見た。
確かに酔っ払いの野次馬に混ざって、1人だけ目つきの鋭い男がいる。
「じゃ、あいつに見せつければいんだよね」
「そういうこと」
「おい、お前ら、いつまで待たせる気だ!怖気づいたんじゃないだろうなぁ?」
英二と仁王が吠え立てる傭兵に視線を向ける。
盛り上がった筋肉にいくつもの傷痕、大声で決まり文句を吐く様は、弱い己の力量を少しでも誇示しようとやっきになっているようにも見えて仁王は溜息をついた。
手加減しないと派手に暴れるどころかあっという間に決着がついてしまいそうだ。
「王子、柳に教わってた体術と剣術の組み合わせ、あれを使いんしゃい」
「え?でもまだ訓練の途中だから、あんま強くないよ?」
「こいつらならそれで充分じゃ。練習台にすればよかよ。派手だしの」
「ん、わかった」
頷いた英二の肩を仁王が軽く叩く。
今夜が無理でもチャンスを作って戦い続けていればいずれ声はかかる。
早くしろと騒ぐ傭兵に英二たちは剣を抜いて構えた。
→8