海に咲く夢 2部 8




カーテンから差し込む午後の日差しに覚醒を促され、英二は重い瞼を開いた。
すぐに起きる気になれず、ベッドの中でもぞもぞと身動きする。
しばらくそうしてようやく頭の中も目覚め、体を起こすとベッドに腰掛けた。
部屋の中を見回すが、どこかへ出かけてるのか同室の仁王はいない。
部屋に篭る空気が淀んでいる気がして、英二は立ち上がるとカーテンと窓を開けた。
開けたついでに窓から下を眺めれば、行きかう人々や物売りで表はうるさいほど賑やかだ。
英二は視線を下から広場を挟んだ向かいの城門へ移す。
大石が捕らわれているという東端の塔はこの窓から見えない。
わかっていても食い入るように東の方を見つめる。
東国に潜入してから6日が経っていた。

3日目に酒場にいた傭兵をカモにひと暴れしたものの、期待していた城のスカウトから声はかからなかった。
4日目は前日の戦いぶりを見ていたのか酒場に行くなり2組の傭兵から決闘を挑まれて、楽勝で撃破したがやはり誰も何も言ってこなかった。
5日目の昨日は仁王がいくら挑発してもみんな逃げ腰で、とうとう何もできないまま終わってしまった。
英二たち一行の強さが充分に評判になっているのは明らかで、それなのに東国の兵士から仕事の依頼どころか声一つかからないことが英二を焦らせていた。
1日でも1時間でも1分でも早く、大石を助ける為に城に潜りみたい。それなのに。

「起きてたか。ほら、腹、空いとるじゃろ」
「仁王・・・」

部屋に戻ってきた仁王は抱えていた紙袋からパンや肉、果物を取り出してテーブルに乗せていく。
窓から離れた英二は、テーブル側の椅子をひとつ引いて座った。

「・・・あのさ、この作戦、ホントにうまくいくのかなぁ」
「それはわからん。100%上手くいく作戦なんてもんは無いきに」
「ね、昨日もそこの窓から見てて思ったんだけど、深夜になったら見張りの兵隊も少なくなるじゃん?どっか警備の薄そうなとこから侵入できないかなぁ?」
「できんことはないだろうな。で、侵入してどうする?」
「どうするって・・・大石を助けに行けるじゃん」
「ほぅ。たった4人で城に潜入すれば中に腐るほどいる東国の兵士に捕まるのは目に見えるようじゃの。そうなれば俺達も大石も終わりっちゅうことになる。まぁ、さっさと決着をつけるにはぴったりな作戦じゃな」
「・・・・・・・・・」

言いたいことはわかっているだろうに、意地の悪い物言いをしてニヤニヤ笑っている仁王を反論できない英二がじっとりと睨んだ。
城に潜入して簡単に大石を奪回してこれるなんて、英二だって思っていない。
でも、作戦どおりにしていても少しも進展は見えず、それなら他になにか策を練ったほうがいいんじゃないかと、そう思っただけなのに。

「せっかく買うてきたんじゃから食いんしゃい」
子供のように頬を膨らませて口を尖らせ黙り込んだ英二を楽しそうに眺めていた仁王が、テーブルの上のパンを英二の前に移動させる。
腹が減ってるだろうに、意地を張ってるのか手をつけようとしない英二に、仁王が喉の奥で笑った。

「切り札が敵の手の内にある以上、俺達が取れる作戦は多くない。だから数少ない選択肢の中でもより成功率の高いものを採用する・・・と、柳が言うとった」
「・・・それがこの作戦なの?」
「そういうこと。焦ったら負けじゃ。どんなにもどかしくても我慢せにゃならんこともあるきに」
「仁王も我慢してんの?ホントは早く大石を助けに行きたいって思ってた?」
「酷い言われようじゃな。俺は仲間の生死なんぞどうでもいいような人でなしに見えるんかの?」
「あっ・・・ごめん・・・」

英二は自分の失言に羞恥で赤くなる。
仁王はいつも飄々として、少しも焦っているところなんか見せないから、早く大石を助け出したいと願っているのは自分だけなんだといつの間にか思い込んでいた。
そんなはずないことは今までのことを考えたってわかる。
敵船での戦闘、敗色が濃くなった時に柳も黒羽も仁王も、みんな大石や英二を逃がす為に自らの命を盾にしようとしていた。
きっと英二があの船に乗るずっと以前から、仁王たちはそうやって大石を守ってきたのだ。

「はぁ・・・、王子は俺のことをずっと人でなしじゃと思うてたのか・・・悲しいのぅ」
「ち、違うよ!そんなこと思ってない!ホント、ごめんね、仁王。ごめん!」
がっくりと肩を落として項垂れた仁王に、慌てた英二が駆け寄って謝る。
だが、落ち込んでるはずの仁王は、小刻みに肩を揺らしたかと思うと耐え切れないように笑い出した。
「くっ・・・はっはっはっは・・・、お前さんは本当に騙されやすいのう」
「えー、嘘だったの?オレ、本気で反省してたのに・・・」
「素直なところがお前さんの長所じゃ。汚れたらいかんぜよ」
「もういい。仁王なんかぜーったい信用しない」

いっそう楽しげに笑い出した仁王に膨れた英二だったが、大石救出作戦に対する焦燥感は無くなっていた。
そしてこの夜、英二たちは宿屋を出たところで仕事を依頼したいという男に出会った。
その男はいつも酒場に出入りしている城のスカウトとは違ったが、どんなチャンスも逃せない英二たちは躊躇することなく二つ返事で話を聞くことにした。



**



食事を運んできた赤也とブン太が帰り、しばらく時間が経った頃、大石は鎖を引きずって立ち上がった。
準備運動代わりに軽く体を伸ばしてから、枷がついたままできる範囲で基礎的なトレーニングを始める。
仲間が助けに来た時に体が萎えているようでは足手まといになる、そう考えたからだ。
初めのうちは腕や足に鎖の重さがかかり長時間の練習はできなかったが、毎日続けているうちに重さは気にならなくなった。
見れば肩や腕、腿には以前よりも筋肉がついている。
こういうのも怪我の功名というんだろうかと苦く笑って、大石は黙々とトレーニングを続けた





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