海に咲く夢 2部 9
宿の入り口で待ち構えていた男に連れられて、英二たちは町外れの酒場に移動した。
城の目の前にある宿屋内の酒場と違って、ほとんど客もいない寂れた店内の奥の席に腰を下ろす。
仕事の依頼と言われた時に、すぐに城内に入れるものと思っていた英二は、予想が外れてかなりがっかりしていた。
さりげなさを装ってちらりと男に目をやる。
東国に来てから二晩ほど傭兵達と戦い、その最中に見物していた野次馬達をチェックしていたが、目の前にいる男には見覚えが無い。
こんな酒場に連れて来られたことから考えても城とは無関係なのかもしれない。
それなら話を聞くだけ聞いてから適当に断って帰るんだろうな、と隣に座っている仁王と南を見遣った。
勿体をつけた男がいかにも密談であるというように小声で話し出す。
「仕事の話をする前に、2つだけ条件がある。これを呑めないなら仕事の話は無しだ」
「どんな条件だ?」
「ひとつ、仕事の内容は他言無用。ふたつ、与えられた仕事に関して一切の詮索をしない」
「なるほど、ヤバそうな仕事じゃな。それに見合った報酬を貰えるんならかまわんが?」
「報酬は期待してくれていい。仕事が無事に終われば2年くらいは楽に遊んで暮らせる」
ヒュ〜♪っと口笛を鳴らして仁王がおどけたように驚いて見せた。
南は素で目を丸くしている。
2年遊んで暮らせると言われても具体的な金額が英二には想像つかない。
まして傭兵の報酬の相場もわからないから、それが高いのか安いのかもわからなかった。
ただ、仁王と南のリアクションから、破格の待遇なんだろうという程度には理解できる。
「条件を呑もう。で、どんな仕事なんじゃ?」
「海に出て、船で逃走しているある集団を抹殺して欲しい」
驚いて声を上げそうになった英二の足を隣に座る仁王が蹴る。
そしてそのまま、そ知らぬ顔を顰めてみせた。
「あー、いかん。すまんが、海はだめじゃ」
「なんだと?」
「酷い船酔いをするんで船には乗れん。せっかく高収入の仕事だが、これだけはどうにもならん。・・・残念じゃのぅ」
「ううむ・・・そっちの2人はどうだ?」
「俺達は常に3人で仕事をしちょる。バラ売りはせんよ」
男が腕組みをして考え込む。
不安顔でなにか言いたそうにしている英二を仁王が目で制した。
「なぁ、他に仕事はないのか?陸でできる仕事とか」
このまま終わりにさせまいと、南がいつまでも難しい顔で考えている男に質問する。
「あるかもしれないが、俺は仲介だからな。今、探してるのは、海に出れる腕の立つ傭兵なんだ」
「仲介ってことは、仕事を依頼してきてる人がいるってことだろう?他の仕事がないか聞いてもらえないか?」
「ああ、それは名案じゃ。俺達は早く金を稼ぎたいんでの。東国で仕事が無いんなら、次は西国辺りにでも行って仕事を探さにゃならん」
「・・・わかった。お前達ほどの腕があれば他に仕事があるかもしれない。掛け合ってみよう」
「どんなヤバい仕事でもしちゃるき。・・・報酬の件もよろしく頼むぜよ」
声を低めてそう言い放った仁王がニィっと笑うと、仲介の男は怖気づいたように顔を引いた。
「それじゃ、仕事の話があったら宿屋へ来てくれ」
話は終わりとばかりに南が立ち上がる。続けて英二と仁王も立ち上がった。
寂れた宿屋を出て、辺りに人がいないのを確かめてから英二が口を開く。
「仁王、さっきの仕事って・・・」
「俺達を狩る為の傭兵集め、じゃな」
「やっぱりそうなんだ・・・。大石を捕まえたのにまだ追っかけてるの?」
「1人でも生かしておけば秘密がばれる。根絶やしにするまで追うじゃろ」
「・・・・・・」
黙って俯いた英二の肩を南が慰めるように叩く。
「船に残ってる連中は景吾王子達が援護しているから心配しなくていい。それより、仁王、あの仲介は奴らと繋がってるから逃さない方がいいだろ?他に何か手を打たなくていいのか?」
「そうじゃの。だが、まずは宿へ帰って大和参謀の意見も聞いたほうがよかろ」
「それもそうだな」
宿泊している宿に近づくにつれ人通りも増えてきた。
込み入った話ができる場所ではないことを悟っている南と仁王が他愛のない雑談を交わしながら歩く。
その1歩後を英二が眉を寄せた表情のまま付いて歩いていた。
英二を振り返った仁王が微かに目元を和らげる。
歩調を緩めて英二に並んだ仁王は、前を向いたまま英二にだけ聞こえるように声をかけた。
「あれもこれもと欲張ると足元が見えんようになるきに。お前さんは大石のことだけ考えればよかよ」
「大石のことだけ・・・?」
「そうじゃ」
「・・・うん。わかった」
すっきりとはいかないまでも気持ちを切り替えた英二に笑って、仁王は南の隣へ戻る。
英二は視線を連なる城壁に、そして遠くに僅かに見える東の塔へ向けた。
船に残っているみんなのことは心配だったし、根絶やしにするつもりで追っている東国の奴らには心底腹も立ったが、ここでいくら案じていてもなんの手助けにもならないのは事実だ。
英二は人ごみの中、東の塔を目に焼き付けるようにじっと見据えてから少し先を行く仁王と南を追いかけた。
→10