極楽島 10
その建物はどこもかしこも白かった。
部屋の壁、天井に床、そして調度品、カーテンや食器、寝具から衣類に至るまで混じり気の無い完全な白だ。
病的なまでに汚れを嫌う潔癖症が建てたんじゃないだろうかとブン太は思う。
初めはその白さに圧迫感を感じて息苦しくなったりもしたが、数日過ごすうちに慣れた。
全てが白で統一されているという異常さを除けばいい部屋だと言えなくもない。
問題は窓という窓に白い鉄格子がはまり、他の部屋へは行けても頑丈な扉で遮断された建物の外には出られないことだった。
もちろんどこからか脱出できないかはすでに試みた。
少なくともブン太が行動できる範囲に見張りなどはいない。
窓の鉄格子も外せないか試したが無駄だった。
外への扉も破れない。
明日は極楽島を発つという前日にここへ連れて来られた。
宿泊していた宿屋で眠り、目が覚めたらここにいたのだ。
ここへ連れてこられてすでに20日以上は経っている。
外部への連絡手段は無い。
だが、だからこそ跡部なら異変に気づき探索を始めているはずだった。
廊下を歩き、部屋のドアの1つをノックもせずに開ける。
テーブルが倒れ、花瓶は破片となって床にちらばり、あちこちに小さな羽根がふわふわと舞っていた。
部屋を荒らした張本人は羽まみれでベッドを背にして床に座り込んでいる。
時折右手に掴んだ羽枕を弱々しい仕草で床に叩き付け、その度に新たな羽が舞った。
4日前に連れて来られた奴だった。
外のドアが開く気配にドアの隙間から伺い見れば、3人の男が1人の少年を運んできたところだった。
外へ出るチャンスだったが、3人の男は隙がなく、とてもじゃないが1人で太刀打ちできる相手ではなかった。
その場は諦めて見送り、運ばれてきた少年の様子を見に行った。
腕が立ちそうなら組めばここから脱出できるかもしれないと思った。
眠っているのを起こし、状況を説明してやるととたんに暴れだした。
止めても聞かず、手に負えなくなったのでしばらく放置し、昨日辺りからやっと物が壊れる音がしなくなった。
「おい、もう気は済んだか?」
「・・・・・・・・・」
「俺んちじゃねぇから、暴れても壊しても別にいいぜ。でも、ここから出たいなら俺と手を組まないか?」
「・・・お前、誰だ?」
「俺は丸井ブン太。極楽島には休暇で来てたんだけどさ、まさかこんな目に会うとは思ってなかったぜぃ」
「お前が丸井?西国の?跡部が言ってた?」
「え、なんで跡部を・・・って、まさか、お前、跡部に言われて探しに来た奴だとか言うんじゃねぇだろうなぁ、おい」
「そのまさかだよ。俺と侑士が跡部に言われてお前のこと探しに来たんだ」
「マジかよ・・・つーかさぁ、探しに来た奴が捕まってどーすんだよ・・・」
ブン太は頭を抱えてその場にしゃがみこんだ。
途端に羽枕を叩きつけられる。
「俺だって好きで捕まった訳じゃねーよ!それにな、元はといえばお前がドジ踏んだからだろ!」
「ドジなんか踏んでねぇよ!宿屋で寝たのに起きたらここにいたってだけだ!」
仁王立ちして煩く喚きたてるのに枕を叩き返し、直後に飛び掛ってきた相手と取っ組み合った。
小柄な体に似合わず結構な力があったが、本格的に武術の訓練をしているブン太の相手にはならない。
足を払って床に倒し、馬乗りになって両手を拘束するともう身動きはできないようだった。
それでも不屈に睨みつけてくる。
思わず笑みが洩れた。
「なぁ、俺達が揉めててもなんにも解決しないぜ?それよりここから逃げる算段をしねぇ?」
「・・・わかったから離せよ」
拘束を解いて立ち上がったブン太はいっそう酷い有様になった部屋を見回す。
「まずはまともな部屋に移動しようぜ。空き部屋はまだあるからさ。ところでお前、名前は?」
「岳人」
「よろしくな、岳人。こんな所からはさっさとズラかろうぜぃ」
床に座り込んだままの岳人に手を貸して立たせる。
荒らした部屋はそのままに、自分が寝泊りしている隣の部屋へ岳人を連れて行った。
**
夜になっても英二は見つからなかった。
港や町の裏表と手分けして探したがどこにもいなかった。
宿泊施設のオーナーは再び訪ねた時すでに出かけていて、戻りは3日後になるという。
大石や黒羽、他の船員も総出で夜になった今も島中を探している。
柳は宿へ戻り、朝から姿を消していた仁王が戻ったところを捕まえた。
「仁王、港の傍にある1番大きな宿泊施設へ侵入してくれ。客室や物置に至るまで徹底的に探って欲しい」
柳の冷静な口調も涼しげな表情もいつもと変わらない。
ただ瞳に浮かぶ焦燥は隠しきれていなかった。
「何があった?」
「英二王子が消えた」
一瞬、仁王の顔が険しくなる、が、すぐに普段の表情に戻って柳に背を向けた。
宿の階段を降り出口に向かう。
「なんでもいい、何か手がかりを見つけてくれ」
背後から柳の声には懇願の響きすら混じっている。
仁王は振り向かないまま片手だけを軽くあげ、ひらひらと振ってみせた。
言われた宿泊施設に着き侵入口と警備を確かめた。
富裕層をターゲットに集客しているだけあって、一般の施設としては立派な警備体制が取られている。
だが、仁王の目で見れば警備は穴だらけだ。
隅から隅まで完全に調べるには、最低でも客が眠りにつく深夜までは待たなくてはならない。
仁王は裏口付近で人の出入りが確認できる場所に身を潜ませ時間が過ぎるのを待った。
1階のバーや遊技場、宿泊客のいる部屋の灯が消えてから、さらに1時間程待って仁王は建物に入った。
裏にある非常階段を使って侵入し、最上階である5階から1部屋ずつ見て歩く。
事務所として使っているのか5階の部屋に人はいない。
だが最後に覗いた部屋だけが他の部屋と様子が違った。
他の部屋は事務机や本棚、来客用のソファやテーブル等があるだけだったが、この部屋は居住に必要な家具や生活用品が置かれていた。
奥に衝立があり、その影に寝台があるのが見える。
足音を忍ばせて近寄り、寝台を覗き込んで仁王は眉を顰めた。
岳人が眠っている。
4日前に怒って飛び出して行き、そのまま行方が知れなくなった岳人だ。
なぜこんな所に、という至極当然の疑問が湧く。
忍足は当初の目的であった丸井の探索も放り出し、今でも血眼になって岳人を探している。
単独行動ではあったが、仁王自身も2人の探索は続けていた。
仁王は岳人の肩を軽く揺する。
すぐに目を覚ました岳人の口を手で塞ぎ、小声で騒ぐなと伝えた。
岳人は返事をするでもなく、かと言って怯えるでもなく、ただ仁王を見つめている。
なんともいえない不快な感じに包まれた。
言葉では説明できない、強いて言えば生理的な不快感だ。
「お前さん、岳人とおんなじ顔しとるけど別人じゃな。何者だ?」
返事はない。
ただ何を考えているのかわからない瞳でじっと仁王を見ているだけだった。
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