極楽島 13
忍足の泊まっている部屋にいつもの従業員が午後のお茶を運んできた。
ソファに座ったまま手招きすると青年は俯き恥らうようにしてやってくる。
隣に座らせ髪を梳いてやれば忍足の肩に顔を埋めた。
お世辞にも整ったとは言えない容姿から、どうにかチャームポイントを探し出し褒め称え、甘い言葉を並べる。
口説かれることに慣れない青年は、すぐに酔ったように潤んだ瞳で忍足を見つめてきた。
こうなってしまえば話を聞きだすのは簡単なことだ。
ここに勤め始めてから2年になるという青年は、オーナーが毎月末に6日程休暇を取ると話した。
専用船に護衛だけを連れて、いくつか所有している自分の島に行くらしい。
残念ながら彼は島がどこにあるのかまでは知らなかった。
一通り話を聞きだした忍足は、あまり引き止めて怒られても気の毒だからと理由をつけて、用済みの従業員を部屋から追い出す。
運ばれてきたお茶には口を付けず、忍足はしばらくして部屋を出る。
階下へ向かう途中、仲良くなった客や従業員と立ち話をし、いくつかの情報を得て宿を出た。
**
宿に戻ってきた大石に柳は軽い食事を用意した。
昼夜問わず島中を探し回っている大石は、目の下に隈を作り頬が削げている。
眠っていないせいで食欲も無いのだろう、食事にはほとんど手をつけなかった。
「黒羽や日吉も探してくれている。少しでもいいから休んだほうがいい」
「探す合間に休憩は取ってる。柳こそ酷い顔色だぞ。ちゃんと寝てるのか?」
「俺はちゃんと寝ているし食べている。心配無用だ」
互いに憔悴した顔を突き合わせていながら、心配無用もないものだと柳は小さく溜息をつく。
手がかりが無いから大石は歩き回るしかないのだ。
昨日は機械島の返信があったが精市からはまだ何も言ってこない。
オーナーのことを調べて欲しいと跡部に書簡を送ったのは一昨日の午後で、調査の結果が届くのは早く見積もっても明日か明後日だろう。
考えつくことには全て手を回した。
少ない手がかりでは寝る間も惜しんであらゆる想定をしたところで限りがある。
ドアを小さくノックする音がして同時に忍足が顔を出した。
「あんまり大きなネタやないけど一応耳に入れとこ思て」
言いながら部屋に入ってきた忍足に柳は掛けるよう勧めて、テーブルの上の茶器を手に取った。
「どんな小さな事でもいい、教えてくれ」
忍足に茶を渡して先を促す。
「オーナーはこの辺りにいくつか島を所有してる。その島には別荘もあるっちゅう話や。月末の6日間はそこで過ごしてるらしいで。これがひとつ。で、もうひとつは、英二王子がいなくなった日やけど、砂人形の岳人と一緒に5階にいたそうや。従業員が見てた」
「その島って言うのはどこなんだ?」
大石が勢い込んで聞くのに忍足は首を振る。
「何人かに聞いてみたんやけど」
「港から船で移動するなら、その航路を調べれば、」
「それもあかんねん。専用船で行くんや」
3人の間に重い沈黙が降りる。
「・・・とにかく、地図でこの近辺の個人所有の島を調べてみよう。月末の6日間だけ滞在するというなら、船で半日かせいぜい1日程度の距離だろうと推測できる」
柳が地図を取りに行く為席を立ち、自分の部屋に戻ろうとしたのを忍足が追ってきた。
大石を残して部屋のドアを閉め、廊下に出たところで忍足が柳の腕を引き、階段を中程まで降りる。
「・・・なんだ?」
訝しげに忍足を見る柳に、忍足は声を潜めて、実はもうひとつ情報がある、と告げた。
「知ってるかもしれへんけど、砂人形の岳人はオーナーの愛玩物や。愛玩物ゆうのはつまりがそういうことやな。でな、岳人が来る前にオーナーが連れてたんは16歳の赤毛の少年や」
「愛玩用・・・その為に攫われたと?」
「いなくなったんは丸井と岳人と英二王子や。俺にはそれ以外に考えられへん」
柳は片手で頭を抱えるようにして呻く。
可能性のひとつとして考えていない訳ではなかった。
機械島からの返信にも岳人は愛玩用人形として依頼を受けたものと記載されていたのだ。
だが、大石の為にも、英二王子の為にもそうでないことを祈っていた。
「またなんか仕入れたら報せにくるわ」
柳の肩を宥めるように叩いて忍足が階段を降りていく。
重くなった気持ちを抱えて柳は部屋に地図を取りに行った。
**
ごろりと横になれば青い空が見えた。
この辺りは波も静かなので漁船といえど乗り心地は悪くない。
傍らでは亜久津が吸い終った煙草を海に投げ込み、また新しいのを取り出して火をつけている。
腕を枕にして亜久津の方に寝返りを打ち、千石は、あっくん、と声をかけた。
「その呼び方はやめろと何度言えばわかる」
「やっぱりさぁ、次からあっちの依頼は断わろっか」
亜久津はちらりと千石に目を向け、勝手にしろとだけ答えると煙草の煙を吐き出した。
「じゃ、そうする。なにもわざわざ危ない橋渡る必要もないんだしねー」
言って千石はまた仰向けに寝返りを打った。
青い空と穏やかな波に包まれて自然と瞼が下りてくる。
ここ最近、周囲でキナ臭い気配が強くなっていた。
小さなスリルくらいなら楽しむこともできるが、身を滅ぼすようなリスクは遠慮したい。
亜久津が立ち上がる気配に千石は片目を開ける。
「手を引くことでガタガタ騒ぐようなら俺に言え」
咥えていた煙草を海に投げ込んで亜久津は船室に入っていく。
「頼りにしてるよ、あっくん」
船室の扉に向かって笑い、勢いをつけて起き上がった。
千石は暴力沙汰が苦手だ。
殴りかかってくるのを避けるのは得意だが、自分で殴るのは好きじゃない。
手が痛くなるし、人を殴ってもちっとも楽しくないからだ。
それに引き換え、亜久津は喧嘩そのものが好きなようだった。
嬉々として相手をぶちのめしているのを見ると、もはや趣味なんじゃないかと千石は思う。
何度か会った依頼人はいつも目付きの鋭い護衛を連れていた。
話し合いに行く時は亜久津にも同行してもらおうと決めて千石は船の外を見遣る。
すでに極楽島の漁港が肉眼で見えるまでに近づいていた。
→14