極楽島 15
夕日が窓から差し込み部屋を茜色に染めていた。
隣りの部屋に行っていた柳が戻ってくる。
寝台に寝そべっている仁王には目もくれず、中央のテーブルにある椅子を引いた。
少しして隣りの部屋のドアが開き、閉まる。
続けて階段を降りて行く足音がした。
また大石が出かけて行ったのだろうと仁王は思う。
恋人が行方不明になった大石はその身を案じて憔悴し、己や周囲を顧みることもできないほど捜索に没頭している。
誰が何を言っても止められるはずもなく、なにか解決の糸口がみつかるまでは大石も止まれないだろうことはわかるし、仕方がないことだとも思う。
だが、と仁王は柳に目を向けた。
柳は跡部から届いたオーナーの調査結果を開き、地図と突き合わせて何事か考えている。
ろくに寝もしないで頭が働くわけがない。
やれやれと溜息をついて仁王は寝台から身を起こした。
「どれどれ・・・ほう、ずいぶん島を持っとるのぅ」
仁王はなんの断りも入れずに柳が見ていた地図を奪い取った。
地図には数か所に赤で印がつけてある。
「・・・仁王。返せ」
疲れた声で言って柳が顔を上げる。
その声を無視して仁王は柳の手が届かない寝台の端に腰を下ろした。
「1、2、3・・・全部で9つか。そんなに宿屋ゆうんは儲るんかのう。俺も隠居したら宿屋をやるか」
「仁王。遊んでいる暇はないんだ。さっさと返せ」
努めて冷静を装ってはいるが苛立ちは声に滲み出ている。
「そんなに欲しけりゃ取りに来たらよかろ?3歩も歩けばすぐじゃ」
口の端を上げて意地悪く笑って見せれば、静かにキレた柳が椅子から立ち上がった。
氷の眼差しで睨むように見据えながら柳が近付いてくる。
地図を取り返そうと手を伸ばしてきた柳の、その手を仁王が掴んだ。
掴んだ手を力任せに引き、寝台に倒れた柳に覆いかぶさる。
判断力の落ちた柳の抵抗より仁王の動きの方が早い。
両手を押さえ込まれ、塞がれた唇に柳の目が驚愕で見開く。
その目をこれ以上はない程の至近距離で眺めながら、直前に口の中に入れておいた薬を舌で柳の喉の奥まで押し込んだ。
ごくりと喉が動いたのを確認して仁王は拘束を解く。
「・・・・・・なんの真似だ。何を飲ませた」
「さぁ?なんだったかのう」
手の甲で擦るように唇を拭った柳が寝台から体を起こす。
「怖い顔じゃ」
「ふざけるなっ!」
柳の手刀がたった今まで仁王の喉があった場所の空気を切り裂く。
「あんまり暴れん方が、」
言い終わらないうちに今度は鋭い蹴りが飛び、ぎりぎりでかわした。
そのまま次の攻撃に移ろうとした柳の体が傾ぐ。
咄嗟に床に手を付き、転倒を避けた柳の腕を仁王が支えた。
「少し休みんしゃい」
脇に肩を入れるようにして柳を立たせ寝台に連れて行く。
柳は朦朧とする意識に抗うように首を振ったが、寝台に倒れ込むと同時に眠りに落ちた。
**
裏通りに入ると、まだ夜の帳が降りたばかりというのに、すでに出来上がった酔っ払いが千鳥足で慈郎にぶつかっていった。
歩きながら辺りを見れば3、4人でたむろしてチラチラと剣呑な視線を向けてくる者もいる。
怖ぇぇー!と心の中で声を上げて、沸き起こる笑いを噛み殺した。
緊張と興奮で飛び上がりたくなるのを我慢して、慈郎は仁王に教えられた店に入る。
店の中にはカウンターの他に大小いくつかのテーブルがあり、それぞれのテーブルでカード賭博が行われていた。
1番大きなテーブルに近寄って卓の上を覗く。
カードを配っていた店員がちらりと慈郎に目を向け、興味なさそうに逸らす。
ゲームに興じている客達はカードを食い入るように見ているだけで慈郎に見向きもしない。
ここで行われてるのがブラックジャックだと確認してから空いてる席に座る。
慈郎が仁王に教わったのはブラックジャックとポーカーだけだ。
黙ったまま店員が慈郎にもカードを寄越す。
ダイヤのKの上に伏せたカードが1枚置かれた。
勝たなくてもいいから派手に金を使って賭けろと仁王に指示されている。
そしてひとつの店に留まらず、裏町をうろついて複数の賭場で遊んでこいと言われた。
慈郎はゲームを始める。
どうやっても勝ち目のないクズみたいな手でも店員が呆れるくらいコインを積んだ。
**
大石は海岸沿いに島を歩いていた。
打ち寄せる波の音と海風の鳴る音だけが聞こえている。
町からも港からも離れた海岸は夜ともなれば通る人もいない。
こんな所を歩いてなんになる、そうは思っても他へ行く気も宿へ戻る気もおきない。
大石は足を止めて海の向こうを見つめた。
オーナーが所持しているという9つの島、そのどこかに英二がいるかもしれない。
今ここに自分の船があれば。
大石は唇を噛み締めて海から視線を引き離した。
重い足で海岸沿いを歩き続ける。
島へ渡るには船が必要だが、大石の船の修理はまだ終わっていない。
他に借りることができる船を捜したが、航路の決まっている船ばかりで自由に動かせる船はなかった。
漁船も探したがある程度の距離を行き来できる中型船は漁に出ていて、手漕ぎの小船が数艘あるだけだった。
数日すれば漁船は戻ってくると言われたが、その数日すら待つのがもどかしい。
英二はどうしているのか、無事でいるのか、怪我はないのか、何ひとつわからないのだ。
わからないのに知る術がない、その苛立ちが大石を歩かせる。
いつの間にか東の空が白み始め、遠くに東港の小さな灯りが見えてきた。
観光客が集まる南西港とは異なり、寂れた感がある東港は地元の漁師達の漁船が停泊する。
歩みを進めていた大石はふと海の方に目を向けた。
東港を目指して小さな灯りが進んでくる。
まだ遠いが灯りの数から中型程度の船だと見て取れた。
漁を終えた船が戻ってきたのかもしれない。
大石は港を目指して走った。
→16