極楽島 16




千石は行きつけの酒場でカウンターに座り、時折店の中を見回しながら酒を飲んでいた。
今夜はいつもより客が少ない。まして女性客など1人もいなかった。
元々観光で来ている者は裏町へ足を踏み入れたりはしないから、綺麗な女性客と楽しく飲むなら表通りの酒場まで遠征しなくてはならないが、今日はそんな気分でもない。
千石の頭を占めているのはどうやって厄介な仕事から手を引くか、ということだ。
辞めます、はいそうですか、で終わるはずもなく、下手をすれば口封じされる恐れだってある。
なにか相手が唸るような、それでいて納得せざるを得ない理由はないだろうかと知恵を絞ってみたが、そんな都合のいい理由がみつかるはずもなかった。
やっぱり1番確実で安全なのは、この島から逃亡することだろうなぁ、と千石は思う。
2、3年か、長くて5年。
極楽島で生まれ育った千石はこの島から長く離れたことはない。
友人・知人がたくさんいる場所から、しばらく離れて暮らさなければならないと思うと気落ちするが、少し発想を変えれば、金は充分にあることだしちょっとリッチな長期の旅行だと思えなくもない。
それに逃げるなら亜久津も一緒に連れて行くから寂しくはない。

「おーい、おっちゃーん。おかわりー」
飲み干したグラスをテーブルに置くと店の親父が2杯目を注いでくれた。

今思えばこの仕事に手を出したのはあきらかに失敗だった。
初めは自分が普段請け負ってるのと変わらない仕事だし、報酬が格段に良かったのも相手が金持ちだからだと思っていたのだ。
犯罪の片棒を担がされていたと知っても後の祭り、騙されたと騒いだところでなんの解決にもならないなら、亜久津と一緒にさっさと逃げてしまおう。
自分でいうのもなんだが運は強い。途中で捕まったりはしないはずだ。

「千石さーん、ちょっと来てくださいよ」
店の中に若い男が駆け込んできた。
裏通りの2階にある賭博場の従業員だ。
千石は行ってくると酒場の親父に身振りで示し、呼びに来た従業員と一緒に店を出た。
賭場の人間が千石を呼びに来る、つまりは博打で大負けして身包み剥いでもまだ払いきれない客が出たということだ。
行ってみれば案の定、逃げられないよう店員に囲まれてる小柄な赤毛の客がいた。
「あーらら、やっちゃったね、お客さん。で、どんくらい負けたの?」
「えーっとー、50万くらいかなー」
「・・・そりゃまた、景気よく負けたなぁ」
千石は呆れを通り越して半ば感心したように相手を見るが、当の本人は強面の店員に囲まれて楽しそうにへらへらと笑っている。
肝が太いんだか状況がわかってないんだか。
千石は苦笑して、それで、と切り出した。
「このまま恐いお兄さんたちに痛い目に合わされるのと、俺と取引をするのと、どっちか選ばせてあげるよ」
「取引ー?」
「そう。とりあえず痛い思いはしないで済むよ」
「そんじゃそっちにするー」
にこっと笑った相手につられるように千石も笑い返す。
「よし、決まりだね。じゃ、行こうか」
店の従業員は目顔の合図だけで赤毛の客を千石の方へ押しやった。
おいでと手招くと、怯えた様子も見せず、にこにこと笑いながら千石の後をついてくる。
どうやら逃げ出す心配はなさそうだと見て取って千石は東港の倉庫へと向かった。



軋む倉庫の扉を開け、客を招き入れる。
端に積んであった木箱を2つ持ってきて椅子代わりにし、千石は早速話を始めた。
「まず君の借金を返す算段をしないとね。俺の知り合いが島の外で手広く事業をしてるからそこで働いてもらうよ。50万だと・・・だいたい2年ってところかな」
「仕事って何すんのー?」
「それは向こうが君を見て決める。でも心配しなくていいよ、ごく普通の仕事で危ないものは無いからね」
「危なくってもいいC−、もっとじゃんじゃん稼げそうなのにしようよー!」
「ええーっ、そんなこと言われても困っちゃうなぁ。危ない仕事と言われても君は用心棒には向かなそうだし・・・」
「なんじゃ、わりとまともな斡旋やのう。お前さんの取り分は紹介料ってとこか?」
いきなり会話に割り込んだ第三者の声に驚いた千石が思わず立ち上がった。
倉庫に詰まれた荷の影から仁王ともう1人の男が現れる。
「仁王くん!?どっから・・・」
「お前さんたちの後をつけて入り口から。そいつは俺の連れなんよ」
えっ、と赤毛の客を振り返れば笑いながら仁王に手を振っている。
「・・・くーっ、やられたなぁ。変わった客だとは思ってたんだけど・・・」
千石が降参の印に両手を上げた。
もっとも、千石の仕事については賭博場の人間や酒場の親父など親しい者なら皆知っている。
問題は公然の秘密である仕事を知られたことより、なぜ仁王が自分に探りを入れているか、だ。
「それで?仁王くんが仲間を使ってまで俺の仕事を探ってたのはどうしてかな?」
「仲間が3人この島で行方不明になっとるんよ。で、お前さんが一枚噛んどるかと思うた」
「へぇ・・・。その仲間っていうのが彼みたいに博打で大負けしてるなら、俺が紹介した先で働いてるかもね」
仁王が言う3人に心当たりはあった。
例の依頼主から頼まれた仕事で、珍しくほとんど日を空けずに人を3人運んでいる。
そして2人目を運んだ後くらいから、町で人探しをする連中がしつこく聞き込みを始めたことも千石の耳に入っていた。
依頼人からの仕事がヤバイものだと知ってから仕事は慎重にこなしている。
いくら町の人間に聞きまわったところでボロが出ることはないとわかってはいたが、探す人間がいるということに千石は危機感を覚えた。
この仕事から手を引こうと思ったきっかけだ。

仁王がじっと自分を見ているのが薄暗い中でも感じ取れる。
千石は冷や汗を笑いで誤魔化してさりげなく仁王と仲間の立ち位置を探った。
黒髪の体格のいい男が入り口脇にいる。逃げ出せるような隙は無い。
「俺たちは仲間を取り戻したいだけなんよ。せっかく仲良うなったお前さんに荒っぽい真似をしたくはないんじゃ。知っとることを話してもらえんか」
薄暗い倉庫の中で仁王の声だけが響いている。
脅すような強い口調ではなく、淡々と話す声が逆に仁王の本気を感じさせて、千石は汗をかいた手を握り締めた。
証拠はなにも無いはずだ。なんの話だととぼければ逃げられる。
追い詰められた頭が必死で逃げ道を模索する傍らで、ふと閃くものがあった。
この窮地をチャンスに変えられないか。
千石はごくりと唾を飲み込む。
うまくいけば島から離れなくて済む。
「話してもいいけど、実は俺も今ビミョーな立場にいるんだよね。で、どう?仁王くん。俺と取引しない?」
千石は賭けに出た。
大丈夫、今まで賭けをして負けたことは無い。
ラッキー千石の本領発揮だ。




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