極楽島 18
漁船が小さな島に着いたのは昼過ぎだった。
そう遠い島でもなかったが、元々定員が4名の船に大の男が6人も乗り込めば船足は遅くなる。
島は小さく、覆うように生えている木のせいで一見すると人が住んでいるとは思えない所だった。
寝ている慈郎と漁師の男を漁船に残し、千石と仁王、大石、黒羽が上陸する。
できるだけ物音を立てずに歩き、茂る木々の間を抜けると、白い館が緑葉の合間にその姿を見せた。
先導していた千石が目で館を示し、さらに手で右に回りこむよう合図を出した。
館の裏手に出ると、そこには狭い小屋のようなものがあった。
大石たちが静かに戸の両脇に隠れたのを見届けて、千石がドアを叩く。
いつもなら館の番をしている男が出てくるはずが、今日はいくらドアを叩いても何も応答が無かった。
「あれ?」
首を傾げた千石がドアの取っ手を回す。
ドアはあっけなく開いた。
「・・・誰かいませんかー?」
小声で呼びかけながら千石が小屋の中へ踏み込む。
後に続いた大石と仁王が小屋の中を確認したが、そこには誰もいなかった。
「これはちょっとまずい展開かもしれないよ」
そう言って千石が急ぎ足で館の表に回る。
館のドアも施錠されておらず難なく開いた。
人の気配の無い館に全員で踏み込み、並んだ部屋のドアを片っ端から開けて中を確かめる。
誰か人が、それも複数人暮らしていた痕跡があった。
片付けられずそのままになっている食器からは、食後それほど時間が経っていないことがわかる。
だが館はすでにもぬけの殻で、中には誰一人残っていなかった。
**
船に乗り込んですぐ甲板のベンチで飲み物や軽食のもてなしを受けた。
その間に船に乗っている人間の観察をしていたブン太は、逃げるのに障害となるのは護衛の男たち5人だけだと確信した。
船から見える海上にはいくつかの小島があったが、いずれも人の住むような島ではなく、海に飛び込んで島に泳ぎ着き助けを求めるという作戦は使えそうもなかった。
あとは3人で暴れて護衛たちを海に落とし、船を奪って逃走するというのものだが、これはやればできそうだった。
ただし、3人でなら、だ。
ブン太と英二はオーナーの傍に寄り添うようにして座っている岳人を見る。
オーナーに髪を撫でられ肩を抱き寄せられても岳人はされるがままで一切の抵抗をみせない。
『なんだよ、あれ。どういうことだ』
『んなのオレだってわかんないよ』
肘を突き合い、小声で話すブン太と英二は、どうして岳人の態度が急変したのかわからない。
オーナーからの愛人の申し出を1番嫌がっていたのは岳人だ。
『あいつ、あーいうオッサンが好み?』
『違うよっ!』
英二はまるで知らない人のようになってしまった岳人を見る。
うるさくて、何かというと喧嘩腰で、最初から少しも気が合わなかった。
それでも忍足と一緒にいる時の、いつも必死に忍足を好きでいる岳人は可愛いいと思った。
英二にも岳人の変貌の理由はわからない。
それでも岳人が正気ではないことくらいはわかる。
あれはいつもの岳人じゃない。
「白砂邸のある島まではもう少し時間がかかる。それまでは船室でゆっくりされるといいでしょう」
オーナーが立ち上がり船室へ続くドアを開けた。
岳人の様子がおかしい今、逃走するのは難しいと考えた英二とブン太は、オーナーに案内されるのに従い船室に入った。
広くゆったりとした造りの船室の1部屋に3人を招き入れ、何かあればドアの外で待機している者に伝えるよう言い残してオーナーが部屋を出て行く。
岳人が正気に返ったのは部屋のドアが閉まり、オーナーの顔が見えなくなった直後だった。
**
階下から登ってくる複数の足音と話し声に気づき、柳は机に広げていた書簡から顔を上げた。
隣のドアが開く音が聞こえたということは、大石が誰かと一緒に戻ってきたのだろう。
外はまだ明るかったが時刻は18時を少し回っている。
幸村から探索の結果はまだ届いていなかったが、とりあえず連絡が取れたことだけは伝えておこうと柳は席を立った。
部屋のドアノブに手をかけようとしたところでドアが外から開けられる。
ドアの前に柳がいることに驚いたのか、一瞬眼を瞠った仁王がすぐに口元に笑みを浮かべた。
「起きとった?」
「ああ、昼頃にな」
何事も無かった顔をする、それは柳の精一杯の矜持だ。
長い付き合いの仁王は当然それを見抜いているが、あえて何も言わない。
「進展とは言えんけど新しい情報が見つかったんよ。みんな集まっとるから来て」
「新しい情報?」
「王子たちが捕まっとった島がわかった」
「!!」
詳しい話は部屋で、と手招かれ、柳は仁王に続いて大石の部屋へ入った。
部屋には大石と見知らぬオレンジの髪をした男がテーブルを挟んで座り、寝台には赤く髪を染められた慈郎が寝かされている。
黒羽は日吉と夕食の買い出しに行っていた。
勧められて柳もテーブルに着く。
「そこにおるんが千石ゆうての、王子たちを極楽島から運び出してた奴なんよ」
「・・・どういうことだ?」
「わわ、待った待った待った!お願いだから話を聞いてよ!」
静かに凄んだ柳に慌てた千石が早口で状況を説明しだした。
「つまり、攫われてきた人間だと知らずに運んでいた、と言いたいのか?」
「そういうこと。この島に来て行方不明になった人を探してる人達がいるって聞いてね、よくよく聞いたら俺が運んでた人に特徴がピッタリ合っちゃうわけ。さすがにこの仕事はヤバイんじゃないかと思って、手を引こうと考えてたところに仁王くんが来たんだよね」
勢い込んで話す千石から仁王へと視線を移すと、仁王は同意するように頷いた。
千石に対して多少の胡散臭さは感じるものの、仁王が信用したのなら間違いはないと見ていいだろう。
態度を緩めた柳に千石が大袈裟に胸を撫で下ろす。
「で、こっからが本題じゃけど、王子たちはここの島に監禁されとったらしい」
仁王の指がテーブルに広げられた地図の一箇所を示す。
赤い印がつけられた島の1つだ。
「監禁されていた、ということは、すでにそこにはいないということか」
「俺たちが行った時にはもう誰もいなかった。でも直前まで人がいた痕跡はあったんだ。せめて昨日の夜に島まで辿り着けていたら」
あと一歩のところで手が届かなかった大石の口調は苦い。
だが、監禁されていた島がオーナー所有のものだと判明しただけでも収穫だ。
「今日の昼に精市と連絡が取れた。もうすぐ英二王子たちの居場所も掴める。どこかの島にいるのは間違いないから先に船の手配をしよう。それとこの島の自治を行っている所への連絡も必要だ」
柳は大石を励ますようにこれからの手順をゆっくりと静かに話す。
「もうすぐだ、大石。もうすぐ取り戻せる」
大石が疲れた顔を上げ、それでも目に強い光を浮かべて頷いた。
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