極楽島 19




白砂邸の名前のとおり、海岸を白い砂が覆っている。
捕らわれていた館があった島よりもかなり広く、以前木手を探しに立ち寄った美海島程の大きな島だった。
島の周りは背の高い木がぐるりと2重3重に囲んでいる。
船が停泊できるように小さな港も整備され、そこからしばらく歩いた所に白い大きな屋敷が建っていた。
オーナーに導かれるまま英二とブン太、岳人は屋敷へと足を踏み入れる。
相も変わらず白で統一された屋敷では、使用人と思われる者が主と新しい住人を恭しく迎え入れた。
玄関のすぐ奥は吹き抜けの大広間になっていて、白い服に白い楽器の楽団が音楽を奏でている。
広間の長椅子には、やはり白い服を着せられた赤毛の少年が物憂げな仕草で横たわっていた。
「私の楽園へようこそ。この中では君たちは好きなように過ごして構わない。ここには時間の概念は無い。いつ眠り、そして起き、そして食べ、遊ぶのかも自由だ」
オーナーが歌うように話す間にテラスからまた1人、赤毛の少年が広間に入ってきた。
少年は英二たちを見ることもせず、広間を横切ると階上の部屋へと消えていく。
なにもかも白で統一し、赤毛の少年ばかり集めた楽園。
こんな気持ちの悪い所が楽園なはずないと英二は思う。
すぐ隣に立っているブン太もあからさまに嫌悪の表情を浮かべている。
「まずは屋敷の中をご案内いたしましょう。もちろんあなた方のお部屋も用意してございますよ」
執事が英二たちを促し先導する。
1時間以上かけて広大な屋敷の中を連れ回され、その後やっと開放されて部屋に入った。
「・・・ったく、どこもかしこも白、白、白!頭がおかしくなりそうだぜぃ。いっそのことペンキでもぶちまけてやるか」
大きく伸びをしたまま寝台に仰向けで倒れこんだブン太が唸る。
「オレもここ嫌い。なんか気持ち悪いもん。早いとこ逃げようよ」
「そうだな。港には小型の高速艇もあったし、警備の手薄なとこを狙えば逃げられるだろぃ。ただなぁ・・・」
ブン太が岳人に視線を向けたのを追って英二も岳人を見た。
岳人は船室で正気に返った後、どんな行動を取っていたのかをブン太に聞かされてからというものの、一言も口をきいていない。
思いつめたような、そしてなにか戦うような目つきでじっと押し黙っている。
「岳人、なにか思い当たることがあるんなら話してよ。みんなで考えれば何か解決方法がみつかるかもしれないじゃん?それに、このままだとオレたち逃げらんないし」
ソファに座っている岳人の横に英二が腰掛ける。
岳人の返事を待つように部屋に沈黙が降りた。
だがいくら待っても岳人は口を開かない。
「・・・言う気がねぇってんなら、悪いけどお前はここへ置いていくぜ?」
静かに、だがきっぱりと言ったブン太の声に岳人がはっとしたように顔を上げた。
嘘でも脅してもない言葉に泣き出しそうな顔で岳人が首を振る。
「じゃ、話せよ」
「・・・・・・俺、駄目なんだ。あいつには逆らわないようにプログラムされてる。そう乾が言ってたんだ。・・・まさか、あいつが俺を注文した奴だったなんて」
ブン太は訝しげに眉を顰めて英二に視線を向けた。
英二にも岳人が何を言っているのかまったく理解できず首を傾げる。
「岳人、もうちょっとわかるように話してよ」
「だから!俺の意思じゃどうにもならないんだよ!あいつに何か言われたら従うようにできてるんだ!」
叫ぶように言って立ち上がり、地団太を踏んだ岳人の瞳から涙が落ちる。
英二とブン太は困惑して顔を見合わせた。



**



忍足が宿屋に現れたのは深夜のことだった。
「今朝ここへ、手紙持たせた使いをやったんやけど、誰もいてへんかったゆうて戻って来てな」
「すまない。俺は休んでいて、他の者は出払っていた。なにか動きがあったのか?」
「オーナーが船で出かけて行ったんや。いつもは月末に取る休暇を早めたゆうて」
話を聞いていた柳が眉を寄せ、まずいな、と呟くのを忍足は聞き逃さなかった。
「そっちも動きがあったんか?」
「今朝、英二王子たちが、監禁されていた島から他へ移されている。オーナーの別荘がある所へ連れて行かれたと考えていたんだが」
「あかんやろ、それは。早う助けに行かんとみんな喰われてまうで」
「今、千石が漁船を借りられるよう漁師と話をつけに行っている。大石と仁王たちも一緒だ。あとは島の場所だけだが、こちらは連絡待ちだ」
忍足が天井を仰ぐ。
「船借りて、場所を突き止めて行ったかて時間はかかるやん。あかん、あかんわ」
焦ったように呟く忍足の横で考え込んでいた柳が顔を上げた。
「忍足、宿泊施設で騒ぎを起こせないか?」
「騒ぎ?例えばどんな?」
「従業員がオーナーに緊急連絡を取らなくてはならないような騒ぎだ。うまくいけば王子たちをオーナーから引き離せる」
「やったるわ、まかせとき」
忍足が部屋を駆け出していき、それと入れ替わるように木手が部屋に入ってきた。
「お待たせ、蓮二。場所わかったよ」
木手の姿をした幸村がテーブルに広げられていた地図の一点を指す。
それから、と地図の隅にペンでおおまかな島の概要を書いた。
「ここが港になっていて他に着岸できるところは無い。屋敷はこの位置にあって、外と中で12名の警備がいる。港に2名、主らしき者の部屋に1名、表玄関脇に2名、裏口に1名が固定警備、あとは庭や屋内に散ってる」
「・・・ありがたい。助かった、精市」
細かな情報まで調べ上げてくれたことに感動した柳は、思わず幸村に手を伸ばし抱きしめたい衝動に駆られたが、今の幸村が木手の姿をしていることで思い留まった。
瞬時に柳の内心を読み取った幸村が木手の顔で苦笑う。
「お礼の抱擁は次回会う時まで我慢しておくよ。他に俺が手伝えることはない?」
「忍足が宿泊施設で騒ぎを起こす手筈になっている。ここから南に少し行った所にある港近くの大型施設だ。忍足を手伝ってやって欲しい」
「忍足ってたしか前に西国の跡部と一緒に島に来てたな。あいつなら顔もわかる。それに騒ぎを起こすのは得意なんだ」
パチンとウインクして悪戯に笑う木手という珍しいものを見て柳も笑った。
「俺はこれから大石たちに合流して島へ向かう。忍足を頼む」
「こっちは大丈夫だよ。俺がついてるからね。蓮二も気をつけて」
頷いてテーブルの地図を手にした柳が部屋を出る。
木手の姿をした幸村もあとに続くようにして宿屋を出た。



**



柳が東港に着いた時には、すでに千石の口利きで借りられた漁船が二艘、いつでも出航できるよう準備が整えられていた。
二艘とも持ち主である漁師が舵を取り、どこへでも連れて行ってもらえるという。
褒めてくれと言わんばかりに満面の笑みを浮かべている千石に、思わず笑ってしまった柳が礼を言う。
「俺たちが何度か交渉したが船を貸しては貰えなかった。さすがだな、千石。ありがとう、恩に着る」
「柳くんに褒めてもらえて嬉しいなぁ。地元っ子の強みだね。ところで、俺と亜久津はここで留守番ってことでいいのかな?」
千石が自分と、離れて背を向けて立っている男を交互に指で指し示す。
幼馴染で仕事仲間だという亜久津は背を向けたまま、興味なさ気に紫煙を吐き出していた。
「地元の強みを生かしてもうひとつ頼みたい。夜が明けてからでかまわないから島の自治を行っている所へ行き、今回の事件のことを話してくれ」
「物騒な物を腰から下げてるのに法に解決してもらうんだ?」
「心境は別として、一般の人間を殺すわけにはいかないからな」
言いながら柳は視界に大石の姿を捉える。
英二王子になにかあれば大石は許さないだろう。
ここが戦時の戦場ではなく、相手が海賊や盗賊の類ではないとしても大石は剣を抜く。
それを止めるにはなにかある前に王子たちを助け出すことだ。
頼んだぞ、と千石に言い残し、柳は大石たちが集まっている方へ向かう。
「王子たちの居場所がわかった。すぐに出発しよう」
少しでも時間を短縮する為、詳しい話は海の上で船を進めながらということになり、柳は大石と仁王の乗った漁船に乗り込む。
もう一艘には日吉と黒羽が乗っている。
漁師は全速力で指示された島へと船を進めた。
もうすぐ夜明けを迎える海は、水平線の東に昇ろうとしている陽が藍を淡くぼかし始めていた。




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