極楽島 20
「まぁ、なんだかよくはわかんねぇけど、とりあえずオーナーの顔が見えなきゃいいんだよな」
少しも要領を得ない岳人の話から事情を理解することを諦めたブン太が、手っ取り早い結論を出した。
今ここで正気に返って話ができるのだから、オーナーの姿が目に入らない逃走ルートを取れば脱出に問題はないだろう。
以前監禁されていた所と異なり、この部屋は出入り自由だ。
窓も通常の鍵だけで、開ければテラスへ出ることができ、テラスの1番端には庭へ降りる階段もあった。
「ね、ここから庭に降りて港まで走るのは?」
英二が庭を見下ろしながら提案する。
横に立って同じように庭を見下ろしたブン太は、素早く警備の人数をチェックし、港までの道を思い浮かべた。
「悪くない考えだな。あとはオーナーが庭に出てこないように何か細工をしとけば完璧ってやつだ」
「寝るのを待つのは?」
「1人で寝てくれりゃいいけどな」
そうだった、と英二は眉を寄せる。
ただの話し相手を愛人とは言わない、つまりは床の相手をさせる者をこの館に集めているのだ。
「・・・早く逃げようよ」
想像しただけで全身に悪寒が走った英二の声が低くなる。
「慌てるなって。ここで失敗すると元も子もなくなるぜ?今、俺が天才的な小細工を考え出して、」
ブン太が話の途中で言葉を切る。
部屋のドアの前で足音が立ち止まった。
「岳人、毛布の中に潜って!」
英二が小声で言いながら岳人を寝台に押しやり、頭まですっぽりと毛布をかけた。
「失礼いたします」
声と共にドアが開き、使用人を両脇に従えた執事が現れた。
執事は部屋の中に入り込み、寝台の脇にいた英二の前で深々と頭を下げた。
「ご主人様がお呼びです」
「えっ、オレ!?」
驚き目を丸くした英二に顔を上げた執事が笑顔で頷く。
慌てたブン太が執事と英二の間に割り込んだ。
「なぁ、俺の方がいい仕事するぜ?俺が行ってやるよ」
「残念ですが、ご主人様からこちらの方をお連れするよう言いつかっておりますので」
笑顔でやんわりとブン太を退けた執事が、使用人に目配せをする。
「お仕度を手伝わせていただきますので、こちらへ」
有無を言わさず執事と使用人に取り囲まれて英二が部屋を出る。
「ちょ、ちょっと待ってよ、オレ、」
助けを求めるように振り返る英二を見つつ、何か方法はないかとブン太は必死で考えていた。
**
忍足と木手の姿をした幸村は、宿泊施設の遊技場で物音を立てないようにしながら騒ぎの準備をしていた。
夜明けまで2時間を切ったこの時刻では遊技場はもちろんのこと、客室や従業員の部屋の灯りも消えている。
「このくらいでいいかな」
油の匂いが鼻をつく室内を見回しながら幸村が忍足を見遣り、忍足はそれに頷く。
「ほな、俺は客室の方へ行くわ。後は手筈どおりに」
「了解」
忍足は足音を忍ばせて遊技場を出る。
ゆっくりと10数えて庭へ通じる窓を開いた幸村は、室内を出る間際にマッチを1本擦って遊技場へ投げ入れた。
油を撒かれた室内はあっという間に火の手が上がる。
「呪力が使えないっていうのも、ある意味新鮮だな」
窓を元通りに閉め、庭を駆けながら幸村はひとり笑う。
呪力をほとんど持たない木手の体を借りている今、幸村は普通の人間と同じ行動しか取れない。
庭を走って生垣を抜け、外から遊技場の火の回り具合を確かめる。
隣の談話室まで火が移ったのを確認して表玄関へ走った。
人のいない受付で呼び鈴を連打し、現れた従業員に火事だと伝える。
驚いて飛び出して行った従業員と入れ替わるように階上にいた忍足が火事だと騒いだ。
幸村も階上へ駆け上がり、客室のドアを片っ端から叩いて回る。
夜明け前に無理矢理起こされた客たちは迷惑そうな顔でドアを開け、火事だと聞くと一気に目が覚めたのか血相を変えて宿泊施設から避難を始めた。
1時間ほどして遊技場から談話室、サロンの一部を焼いた火事は従業員によって消し止められた。
計画どおり建物を焼いただけで怪我人は無い。
だが、客たちは泊まる場所に不安を覚えて、従業員を囲み騒ぎだしている。
「こんなところかな。客たちの対応は従業員だけじゃ無理だ」
「間に合うてくれてるとええんやけどな・・・」
騒ぎの輪から遠く離れた忍足と幸村が宿泊施設に背を向ける。
「向こうの様子を俺が水鏡で見てみるよ。いったん宿に戻ろう」
「そうやな。ここで俺ができることはもう無いし」
宿に向かうにつれ客たちの喧騒が遠くなり、やがて聞こえなくなる。
夜明け前の町はまだ静寂に包まれていた。
**
風呂に入るよう言われ、渋々入浴を済ませてみれば、そこに用意されていた着替えは女物のドレスだった。
「・・・これ、着んの?オレが?」
ブツブツと文句を言ってみたところで、元着ていた服は片付けられ他に着る物もない。
隙を見て逃げるにも素っ裸と言う訳にもいかず、気の進まないまま仕方なくドレスに袖を通した。
純白のロングドレスはまるで婚礼用に誂えたようで、部屋の鏡に映った自分の姿に英二はげんなりする。
「他の奴は白のシャツに白のパンツだったじゃん。なんでオレだけ・・・ん?なんかこのドレス見たことある気が」
どこで見たのか思い出そうとしていると部屋のドアが叩かれた。
「お仕度は済みましたでしょうか?」
ドアの向こうで執事の声がする。
使用人に体を洗わせるというのを断ってどうにか1人で浴室に入り、のぼせるくらい長風呂をして時間を稼いだがそれも限界だ。
「あともうちょっと!」
最後のあがきとドアの向こうに怒鳴るように返して、英二はまた鏡の中のドレスを見つめる。
「やっぱり見たことあるよ、これ。この襟のとこのレースと裾のレースが花飾りになってて・・・、・・・あ!」
英二の脳裏に一枚の絵が浮かぶ。
母の部屋に飾られていた絵は、両親の婚礼の儀を記念して国でも著名な画家が贈ってきたものだ。
鏡を食い入るように見つめて英二は青褪める。
この白のドレスはあの絵で母が着ていたドレスと寸分も違わない。
「なんで、母上のドレスが・・・」
トン、トン、と再びドアが叩かれ、執事がドアを開けた。
「これはこれは、大変良くお似合いです。ご主人様もお喜びでしょう」
英二は呆然と執事を見る。
もう頭の中からは逃げることなど消え失せていた。
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