極楽島 21
執事に連れられて部屋に入った英二を見て、オーナーは感嘆の溜息を漏らした。
一礼して部屋を辞した執事にも気づかず、英二の姿を一心に見つめている。
「美しい。まるで24年前に時が戻ったかのようだ」
「・・・24年前?」
「君の母上が春の国の王に嫁いだ時だ」
どうして、と問う英二の声が掠れる。
オーナーは夢を見ているような顔でゆっくりと微笑んだ。
「私が遊学の為に春の国へ訪れたその日、ちょうど国を挙げて婚礼を祝っているところだった。私も町の人に誘われてね、馬車で通るという国王夫妻を見学に行った」
幌のない白い馬車に乗って街道の人々に手を振っていた王妃。
純白のドレスに赤い巻き毛を垂らし、幸せに満ち溢れた笑顔で微笑みかける。
その姿はこの世に降り立った女神のように神々しく光り輝いて。
今でも目を閉じればその光景が浮かぶ。
「あの時私は彼女に恋をした」
歌うような声に僅かな狂気を感じて英二は後ずさる。
オーナーが笑みを浮かべたまま、一歩、足を進めた。
「もっと早く彼女と出会っていれば、どれだけそう悔いたかわからない」
王妃を諦められず赤毛の女ばかりを選んで付き合った。
だが誰も王妃足り得なかった。
女であるが故、比較し絶望する。それなら、と、付き合う相手を少年に変えた。
「春の国の第三王子、君は母上によく似ている。私の経営する宿泊施設で初めて君を見た時は驚いたよ。きっと君は、彼女を愛し続けている私を憐れんだ神がくれた贈り物なんだ。そうは思わないか?」
オーナーが近づいてくる。
否定したかったが言葉が喉に張り付いて出てこない。
英二は必死に首を振りながら後ずさるが、すぐに背後のドアに阻まれた。
オーナーを睨みつけたまま、後手でドアノブを探す。
焦りの為か、そこにあるはずのドアノブが見つからない。
「英二王子。君は私のものだ。永遠に」
目の前に辿り着いてしまったオーナーの手が英二の肩にかかる。
息を飲んだ英二の背後でドアをノックする音が聞こえた。
**
夜明け前に港を出たのに、すでに陽は中天に射しかかっていた。
大石はじりじりする思いで海を見つめる。
漁船は最速で進んでいるが、元々早さが必要な船ではないから最速といっても限界がある。
「あとどのくらいで着く?」
隣に立った人の気配に海から目を離さないまま大石が問う。
「この速度ならあと2時間程度というところだ」
柳の答えを復唱するように、口の中であと2時間、と呟いた。
「島には護衛がいるがたいした数ではない。俺たちが片付けるから大石はまっすぐ館へ行ってくれ」
「・・・間に合うと思うか?」
大石は隣に立つ柳を見る。
「必ず」
真っ直ぐに見つめ返して答えた柳に頷き、また視線を海に戻した。
**
ブン太は部屋から転がるように飛び出した。
何事かと駆けつけた使用人に窓から侵入者が、と喚きたてる。
すぐに屋敷内で警護をしていた者が2人呼ばれてきた。
「危ねぇから、他の奴らは下がってろぃ」
ブン太はそう言って使用人たちを遠ざけ、警護の2人と部屋の中に戻る。
ドアの脇で椅子を構えていた岳人が入ってきた警護の1人を殴りつけ、ブン太がもう1人の首筋に手刀を打ち込んだ。
気を失った2人を手早く縛り上げ、クロゼットの中に押し込む。
今度は岳人がテラスに出て叫び声を上げ、カーテンで姿を隠したブン太が岳人を部屋へ引き摺り入れた。
庭の警護をしていた2人が異変に気づき、すぐさまテラスの階段から部屋に駆けつける。
これもブン太と岳人で倒し、縛り上げた。
「まだ何人かはいるだろうが、纏まって出てこなけりゃ倒すのは楽勝だ。オーナーがいたら俺がぶん殴る、それでなんとかなるだろぃ」
ブン太が見遣ると岳人は大きく頷く。
「行くぜぃ、王子様救出だ」
「おう!」
2人で部屋を飛び出す。
遠巻きに何事かと窺っていた使用人たちを蹴散らし、オーナーの部屋を目指して走った。
**
「お取り込み中に失礼いたします。ただいま極楽島から緊急連絡が入りました」
英二の背後、ドアの向こうから執事の声がした。
オーナーの意識が逸れたと同時にドアノブを探し当てた英二は、逃げ出そうとドアを開ける。
だが、ドアの外には執事と3人の護衛が立っていて英二の行く手を阻んだ。
護衛の1人に蹴りを放ったが長いドレスの裾が邪魔で威力は半減し、難なくかわされた挙句2人の護衛に両脇から拘束された。
「離せ!離せよっ!!」
両腕を押さえ込まれ暴れる英二を護衛が更に強い力で締め上げる。
「手荒にするなよ。私の花嫁なのだから。それで緊急連絡の内容は?」
「宿泊所で火災があり、幸い大事に至らず消し止めたようですが、宿泊客たちの対応に難儀しているとのことです」
「放っておけと言いたいところだが・・・仕方がない。極楽島へ戻ろう」
かしこまりました、と一礼して、執事が船の準備をさせる為その場から離れる。
押さえつけられ身動きができず、ただ睨んでくる英二にオーナーが微笑みかけた。
「無粋なことで申し訳ないが、心配しなくてもこの程度のトラブルならすぐ解決する」
オーナーの指が英二の頬の線を辿る。
その感触が鳥肌が立ちそうなくらい気持ち悪く、英二は思わず顔を背けた。
「雑事を片付けたらゆっくりと君を私のものにしてあげよう」
英二を抑えている護衛に、連れてこい、と短く指示してオーナーが港へと向かう。
オーナーの部屋へ向かう途中で、護衛に拘束され連れていかれる英二を見たブン太と岳人は、物陰に隠れるようにしながらそれを追った。
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