極楽島 22




船に乗せられてからも抵抗を続けていた為、英二は鍵付きの船室に入れられた。
しばらくは扉の外に護衛が残っている気配がしていたが、部屋で英二が大人しくなったのに安心したのかやがていなくなった。
英二は扉を軽く叩いて検分する。
装飾の施された豪奢な扉はごく普通の厚みで、最初に捕らわれていた館の扉のような頑丈さは無い。
「うん、だいじょーぶ。これなら壊せる」
ずるずると引き摺る邪魔臭いドレスの裾をたくし上げて適当に縛った。
本当は余分な裾など裂いて短くしてしまいたかったが、もしこれがなんらかの手段でオーナーの手に渡った本物の母のドレスだったらと思うとできなかった。
とりあえずは裾を縛るだけでも足が自由に動かせる。
柳に教わった体術の基本である呼吸を思い出しながら、ゆっくりと息を吸い、吐いた。
扉の鍵の部分に集中して短い掛け声と共に蹴りを放つ。
バキッと大きな音がしてノブの下の部分にヒビが入った。
続けざまにもう1度蹴りを放つと鈍く軋む音がしてドアが開く。
「へへ、こんなの楽勝〜♪ってね」
開いた扉の隙間から外を窺った。
かなり大きな音を立ててしまったが幸い誰もいない。
「よーし、あとは・・・どうしよう?」
部屋から逃げ出せたのはいいが、ここは海の上だ。
オーナーと一緒に乗り込んだ3人の護衛の他に、船の中にも数人の護衛がいた。
丸腰で1人戦うのでは勝ち目がない。
「とりあえずどっかに隠れて考えよっと」
部屋にいないのがわかれば船内を探索するだろう。
だが、運良く見つからずに済めば極楽島に着いてから逃げられる。
英二は見つかりにくそうな所がどこかにないか慎重に探し始めた。



**



島まであと1時間という地点、大石たちの乗った漁船から2kmも離れていない海上を中型船が通った。
逆方向、つまり極楽島へ向けて走行している。
それを目で追っていた柳が口元に笑みを浮かべた。
「忍足と精市はうまくやったようだ」
「お前さんは恐いのう・・・頼むから俺の敵に回らんでな」
「・・・ん?もう一艘いるな」
咄嗟におかしいと感じた柳の目が中型船の後方にいる高速艇に据えられる。
緊急で極楽島の宿泊施設に戻るなら、そんなに人数を連れていく必要はないはずだ。
先行している中型船なら20人程度は乗れるから、高速艇に分乗する意味がない。
「あの高速艇、丸井が乗ってるぜよ」
仁王が双眼鏡を柳に渡す。
柳がすぐに双眼鏡を覗き込み、ブン太の姿を確認すると漁船の舵を取っている漁師の元へ走った。
漁師が針路を高速艇に変更している間、仁王は頭に巻いていた布を外して高速艇に向けて振る。
それに気づいたのか高速艇も漁船へと近づいてきた。
接舷するのを待って船室で休ませていた大石を柳が呼ぶ。
高速艇に乗っていたのはブン太と岳人だけだった。
大石が漁船から乗り出すようにしてブン太に聞く。
「英二は?!」
「オーナーに連れて行かれた。俺たちは高速艇を奪って追っかけてきたんだ」
「俺も乗せてくれ」
言い終わる前に大石が高速艇に乗り込んだ。
柳と仁王がそれに続く。
高速艇はすぐに発進し、もう一艘の漁船に乗っている日吉と黒羽も高速艇に飛び乗った。
オーナーと英二を乗せた中型船とはすでにかなりの距離があったが、柳が舵を取ったことで高速艇はその機能を全開に発揮し中型船を追跡し始めた。
大きさがある分中型船は重く、速度だけなら小型の高速艇の方が早い。
距離は徐々に縮まっていく。

「なぁ、縄って、こんなのでいいのか?」
船の中で見つけた縄を両手で抱えたブン太が仁王の所に戻ってきた。
「お、舫い綱か。鉤も付いとる。上出来上出来」
黒羽が先に岳人が探してきた縄と舫い綱を繋いで充分な長さを作り、それを船室の柱に結びつけた。
体重をかけて強度を確かめる。
見ていた岳人が怪訝そうに顔を顰めた。
「まさか、これ使ってあの船を止めるのか?」
「そりゃ無理ってもんだ」
笑う黒羽の横でブン太が仁王に、乗り込むんだよな?と聞くと、正解、と答えが返ってきた。
「俺も行くぜ。頭数は多いほうがいいだろぃ」
「剣でも貸すか?」
「あー、いらねぇ。長剣だろ?俺、あんま長剣って得意じゃねぇんだ。短剣ならそこそこ使うけど」
貸しちゃる、と言って仁王が帯の後に差していた短剣を渡す。
「で、そっちはどうする?」
聞かれた岳人が困ったように眉を寄せた。
「俺・・・俺は、」
「悪ぃ、こいつちょっと訳アリでさ。留守番ってことにしてくれよ」
「それじゃ高速艇の舵を取ってもらうとするか。操舵法は?」
わからないと首を振った岳人に操舵室へ行って柳に教わるよう仁王が指示を出す。
岳人が船室に駆けて行くのと擦れ違いに大石がやってきた。
「近づいてきたぞ」
「準備はできてるぜ」
黒羽が鉤の付いた縄を掲げて見せた。
中型船の後方に高速艇をできるだけ近づけて鉤縄をかけたら乗り移る。
1人ずつしか移れないことと、敵船に乗り込むまでは綱を握っていなくてはならない為に、最初に行くものはかなりの危険が伴う。
俺が、と言いかけた黒羽を遮って大石が前に出た。
「俺が最初に行く。黒羽、鉤縄をくれ」
「ちょっと待てよ大石。まず俺が乗ってから、」
止めようとした黒羽の手から鉤縄を取り上げた仁王はそれを大石に渡してやった。
「止めても聞かんよ、大石は。乗り込むまでは俺が援護するから心配いらん」
やつれて眼光だけが鋭くなった大石が、頼む、と言うのに仁王は頷く。
今の大石は危険を顧みる余裕など無い。
それなら周りの人間が補佐してやればいいだけだ。

高速艇が中型船の後方に着けた。
大石が鉤縄を振り投げ、鉤が中型船の船縁に掛かる。
「行くぞ」
言うやいなや大石が高速艇の縁を蹴って綱に飛びついた。




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