極楽島 23
大石が船に乗り込もうとするのを護衛の1人が見つけた。
船縁にかかった鉤縄を外そうとしていたが、大石の体重がかかった鉤はそう容易く外せない。
甲板にいた他の仲間を呼び、さらにもう2人船員が駆けつけた。
大石の手が船縁にかかる。
乗り込む前に海に落とそうと拳を繰り出した護衛が、その姿勢のまま仰向けに倒れた。
続けざまにキラリと2つの光が走り、残りの船員がもんどり打って倒れる。
仁王の投げ針だった。
正確に護衛の眉間を貫いている投げ針を目の端で見遣り大石は船に乗り込む。
次いで黒羽が縄を伝い、日吉、ブン太が続いた。
騒ぎに気づいた護衛と船員たちが駆けつけ、狭い甲板はすぐに乱戦となる。
敵は数だけは多かったが、無闇に鉄棒や板切れを振り回したりと戦闘力の低さを自ら露呈していた。
手強いのは素手で構えを取っている護衛のみだ。
ブン太が船員たちを翻弄し、次々と海へ投げ込む。
日吉は護衛の1人と素手のまま遣り合い、大石は鞘を外していない剣で護衛の急所を打ち据えた。
外の騒ぎに船室からも剣を佩いた護衛が2人駆け出してくる。
駆けながら剣を抜き、後から乗り込んだ仁王、柳とすぐさま切り合いになった。
「大石、ここは引き受ける。英二王子を」
柳の声に大石が頷き船室へと駆け込む。
黒羽が鉄棒を振り回していた船員を棒ごと持ち上げ、海に投げ落として大石の後を追った。
**
船倉に積まれた木箱の1つに隠れていた英二は、外から微かに聞こえてくる物音に耳を澄ませた。
なにやら人が喚くような声と物がぶつかる様な音が聞こえる。
自分が部屋にいないのがわかり、探しているのかとも思ったがそれにしては騒々しい。
「・・・なんだろ?」
辺りに人がいないのを充分確かめて、そっと木箱から這い出した。
足音を忍ばせて船倉の扉まで近づき、扉に耳をつける。
騒がしい物音が遠くから聞こえるが、近くでする物音はない。
少しだけ扉を開けると外の喧騒がいっそうはっきりと聞こえた。
なにが原因かはわからないが大人数で揉めてるようだ。
表に出て確かめようかどうしようか少し迷い、思いきって船倉の扉から顔を出した。
人の姿は見えない。
英二は船倉を出て上へと続く梯子を登る。
船室が並ぶ床が見え、少し離れたところにいる2人分の足が視界に入った。
まずい、と頭を引っ込めたものの、一瞬見えた黒のブーツに覚えがある。
まさかと思いながらもう1段梯子を上り、船室の扉を開けている後姿を見て英二は目を瞠った。
大石だ。
信じられない思いで梯子の残りの段を駆け上がる。
縛っていたドレスの裾が梯子に引っ掛かり解けたがもうどうでもよかった。
大石が来てくれた。
やっと帰れる、大石のところへ。みんなのところへ。
外の騒ぎは大石たちが自分を助けに来たからだとわかって嬉しさに笑みが込み上げた。
「大石!」
振り向いた大石が目を見開く。
僅か数歩の距離。
駆け寄ろうとした英二は、何者かに後から強く腕を掴まれて引き戻された。
「悪戯な花嫁だ。部屋でじっとしていられなかったのかな?」
右腕を後ろ手に捻じり上げられ、左腕は胴ごと押さえ込まれて、身動きができない英二は首だけで振り返る。
操舵室の扉が開き、その前にオーナーを背に庇うようにして護衛が1人立っている。
もう1人の護衛が英二を拘束していた。
しまった、と思ったが遅かった。
船倉への梯子は操舵室のすぐ脇にある。
オーナーは操舵室にいたのだ。
「離せよ、離せったら!」
自由が利く足だけでジタバタと暴れていた英二が視線を上げる。
歩み寄ってくる大石が途中で剣を抜くのが見えた。
「英二を離せ」
「彼は私が神から賜った花嫁だよ。誰にも渡しはしない」
護衛が押さえていた英二をオーナーに引き渡す。
2人の護衛がオーナーの前に出て構えを取った。
オーナーは英二を連れたまま操舵室に入り中から鍵をかける。
「英二!」
追いかけようとした大石の左頬を護衛の手刀が掠めた。
触れるか触れないかのように見えた手刀は大石の皮膚を裂き、頬に一筋の血が流れる。
「邪魔をするなっ!」
一喝した大石が剣を薙ぐが紙一重で護衛がかわす。
黒羽がもう1人の護衛を相手にしていたが、繰り出した剣を掻い潜られて利き腕に掌底を喰らった。
右腕が痺れ握っていた剣が音を立てて床に落ちる。
「・・・気をつけろ、大石。こいつらかなりやるぞ」
黒羽の忠告が耳に入らないのか、大石は答えず目の前の護衛と対峙したまま固着している。
力量が互角な相手を前に、大石が苛立ちを押さえて隙を計っているのはわかる。
だがじっくり戦ってる暇はない。
黒羽は鈍い痛みを訴えている右肩を探る。
右手が痺れたまま動かないところをみると骨にひびでも入っているかもしれない。
いずれにしろ、利き腕を潰されてはまともな方法で勝てはしない。
どうすればいいか黒羽は必死で考え、思いついた時にはもう体が動いていた。
自分の相手をしていた護衛に頭から突進して行き、避けようとした護衛の腕を左手でがっちりと捕らえた。
勢いがついたそのまま、自分の体ごと護衛の体を壁に叩きつける。
黒羽の背中と壁の間で潰された護衛が低く呻いて崩れ落ちる。
その護衛の体を大石が対峙しているもう1人に向かって投げつけた。
大石が咄嗟に避け、対峙していた護衛も避ける。
2人の距離が開いたそこには操舵室の扉があった。
黒羽が体当たりで扉を壊す。
2度の衝撃で右肩の鈍痛が増し、脂汗が滲んだがかまっていられなかった。
「行け、大石!ここは俺がなんとかする!」
大石を操舵室へ追いやるように左手で押し込み、阻止しようとした護衛の前に立ちはだかる。
「黒羽、」
「いいから行けって!」
振り返らないまま言うと大石が操舵室に駆け込んだ足音がした。
「王子のことは大石に任しときゃ大丈夫だ。お前の相手は俺がしてやるぜ」
操舵室の壊れた扉の前に黒羽が立ちはだかる。
護衛が焦ったように繰り出す攻撃は左腕一本と足で凌ぐしかない。
凌ぎきれない攻撃が左肘に、腹に、腿にと打ち込まれ、体の芯まで鈍く響いた。
もはや攻撃はできず防戦一方となったが、例え死んでもここだけは絶対に通すものかと、黒羽は気合と共に下腹に力を込めた。
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