極楽島 24
操舵室は船の前方に位置し、中には上へ登る階段があった。
中を見回して2人の姿が無いことを確認した大石は階段を駆け上がる。
見張り台の中2階になるそこにオーナーと英二の姿があった。
「護衛の中でも1番腕の立つあの2人を倒したとは驚きだ」
利き腕を背後から捻じり上げられ、さらに首には短剣を突きつけられた英二に、大石は踏み出しかけていた足を止める。
「彼の命が惜しいならおとなしく引き上げることだ。私も本当なら大事な花嫁にこんな真似はしたくない」
身動きできない大石を見て笑うオーナーに英二がキレた。
「うー、誰がお前なんかの花嫁になるもんかっ!離せよっ、馬鹿!」
暴れた拍子に短剣が英二の首に当たり、つ、と一筋の血が流れる。
大石の形相が変わり、凄まじいほどの殺気が噴出した。
「・・・英二を離せ。今すぐだ」
大石が一歩踏み出す。
「私が彼を殺せないと思っているのかな?」
短剣を持つ手が一閃し、英二の断ち切られた髪が風に飛ばされる。
同時に頬に赤い筋が入った。
頬の傷からは見る間に血が流れ出す。
「私は二度同じ轍を踏む気はない。他人に奪われるくらいならこの手で壊す」
狂ったようにオーナーが笑う。
全身が怒りで震えながら大石は立ち尽くした。
**
もう左腕も上がらず、足も動かなかった。
ここを通すものかという気力だけで黒羽は立っている。
目だけはしっかりと敵を見据えていた。
いくら打っても倒れない黒羽に意地になったように攻撃を繰り返す敵に笑いが浮かぶ。
額に汗が浮かび、肩で息をし、手刀も蹴りもだいぶ鈍くなっている。
疲れていることは容易に見て取れた。
「あんたもご苦労なこったな」
揶揄したわけではなく労いのつもりだったが、敵は馬鹿にされたと思ったようだった。
渾身の蹴りが腹に入った。
咄嗟に腹に力を入れたが、それでもかなり堪えた。
ぼやける視界に柳と日吉の姿が映る。
助かったぜ、という呟きは口に出せたのか心の中で思っただけなのか、もうわからなかった。
「黒羽!」
崩折れた黒羽に柳が駆け寄る。
黒羽を打ち倒した敵が操舵室へ入ろうとするのを日吉が阻止した。
狭い廊下で日吉が敵と打ち合う。
剣術だけでなく体術も会得している日吉の攻撃は鋭い。
一瞬のうちに体に届いている手刀も蹴りも敵はかわす事ができず、肘や膝でどうにかガードしているが、やがて押し切られて膝を着いた。
その隙を逃さず日吉が敵のこめかみに肘を打ち込む。
声ひとつ上げず敵が倒れた。
「こっちは終わりました。黒羽さんは?」
「気を失っているだけだ」
柳は手早く黒羽の体の状態を確かめていた。
数十箇所の骨折、打撲。
すぐに命に関わるものではないが早急な手当ては必要だった。
「操舵室の中に階段があります。大石さんは上かもしれません。どうしますか?」
船室の中から戻った日吉の報告に柳は束の間考える。
黒羽が入り口に立ち塞がっていたことから考えて、上にいるのは大石とオーナー、そして英二王子だけだろう。
今の状況で優先すべきなのは。
「黒羽を運ぶ。手伝ってくれ」
「わかりました」
柳と日吉は黒羽を両脇から抱えるようにして船室を出た。
**
大石はぎりぎりと音がしそうなほど歯を食いしばる。
目の前に英二がいる、それなのに助けることができない。
喉元に突きつけられている短剣が陽を受けて光る。
悔しさと怒りが体中の血管を駆け巡り、今にも破れて爆発しそうだった。
英二の瞳がじっと自分を見ている。
その瞳に怯えの色は無い。
早くこいつを倒してくれ、そう訴えている。
だが大石は動けなかった。
動けばあの短剣は間違いなく英二の喉を切り裂く。
1度引くしかないのか。
口の中に鉄の味が広がった。
知らず唇を噛み切ったようだった。
大石は構えていた剣を下げ、鞘に収める。
「そうだ、それでいい。おとなしく帰りたまえ」
引くしかないのか。
無念さで剣の柄を握り締めた大石の目の端にチラチラと瞬く光が飛び込んだ。
俯き、視線だけを光の方角に向ける。
下の甲板に仁王が立っていた。
大石の脳裏に護衛の眉間を正確に貫いていた投げ針が浮かぶ。
顔を上げた。
自分を見ている英二と目が合う。
「どうしたね?帰り道がわからなくなったか?」
勝ち誇ったように笑ったオーナーの手に握られた短剣が、僅かに英二の喉元から離れる。
その瞬間、オーナーが弾かれたように一歩後に下がった。
右腕の付け根に深々と投げ針が刺さっている。
手から離れた短剣が落ちる前に英二は床を蹴っていた。
強引に体を捻ってオーナーの拘束を解き、そのまま柵を越えて海に飛び込む。
同時に大石も走り、鞘に収めたままの剣でオーナーを打ち据えた。
眉間を、こめかみを、喉を、鳩尾を、腕を足を。
体中の急所という急所を滅多打ちに打っていく。
抵抗する間もなく、崩れるように倒れたオーナーに向かい、大石は剣を抜いた。
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