極楽島 4




明け方、まだ薄暗い町を仁王は宿泊先の宿屋へと向かって歩いた。
宿屋が決まる前に単独行動に入ってしまったので、正確には宿屋と思われる所へ、である。
頭はしっかりと動いているが、相手から話を聞きだす為に付き合いでかなりの量の酒を呑んだので、足元はかなり怪しい。
ただ、ここまでするだけの収穫はあった、と思う。
酒場で知り合った男は千石といってこの島で生まれ育った。
普段の行動範囲は裏町だが、生来の人懐こさのせいか表の町でも知り合いは多いらしい。
島が金持ち向けのリゾート地になったのは8年前で、1人の男が島の土地を買いつけ、宿泊施設から賭博場までの一切を仕切って作らせたのだという。
現在は港の近くにある高級カジノの最上階を住居として使用し、一部のVIP客を招いたりもしているそうだ。
裏町はやや荒んではいるが誰かが仕切るということもなく、それぞれの賭博場や酒場ではトラブルがあった時の為に各店で用心棒を雇っているくらいだった。
酔って暴れる客や、博打に負けて刃物を持ち出す客などは大抵用心棒で片がつく程度らしい。
島には娯楽と観光を兼ねて来る金持ちの他に、一攫千金を夢見る庶民が小金を溜めてやってくる。
仁王はそのどちらでもない、たまたま島に立ち寄った観光客を装った。
儲けようというつもりではなく、賭博場があったから暇潰しに入ったら運良く勝って大判振る舞いをした、という設定が千石は気に入ったようだ。
住処や勤め先、普段よく出入りしている店まで教えてくれた。
おまけに、博打で負けてやばいことになったら助けてやるとまで言われた。
この島で起きているという噂の行方不明事件については言葉を濁していたのと、話の途中で現れて千石と一言二言交わしてすぐに立ち去った人相の悪い男が気になってはいたが、繋ぎはつけたので何度か会っているうちに話は聞きだせるだろう。

宿屋へ入ると食堂を兼ねている1階にはまだ誰もいなかった。
あくびを噛み殺しながら階段を登り、どこか適当な部屋を覗いて知った顔があればそのまま入り込んで寝てしまおうと考えていた仁王は、階段を登りきった所でぴたりと足を止めた。
「・・・まるで亭主の朝帰りを寝ずに待っていた女房のようじゃのう」
ドアが並ぶ廊下の1番手前の部屋に柳がドアを背にして立っていた。
表情はいつもと変わらぬすまし顔でも、付き合いの長い仁王には怒っていることがわかる。
「お前を亭主にする気はない。王子の警護を言いつけたはずだな?」
「あー・・・その辺は黒羽に」
柳の叱責を受けることは覚悟していたが、できることなら寝て起きた後にして欲しかった。
酒のせいで断続的に襲ってくる強烈な睡魔に抗うのはかなり辛い。
こんなことなら千石の住処へ泊めてもらい、そこで寝てから帰ってくれば良かったと仁王は後悔する。
「酒臭いな」
「・・・まぁ、新しい交流関係を暖めるんに必要じゃった、ちゅうことで。俺眠いんじゃけど行ってええ?」
「お前が仕入れた情報を全部吐けば寝かせてやる。俺のベッドを貸してやるぞ」
人の悪い笑みを浮かべた柳は、当然の如くなぜ仁王が単独行動に出たのかもお見通しだ。
そして全て話すまで本当に眠らせないつもりだろう。
「・・・添い寝をしてくれるいうんはありがたいけど、どっちかと言えば今は1人で寝たいちゅうか」
「いいから、くだらないことを言ってないでさっさと入れ」
部屋のドアを開けた柳に急かされて、どうやっても逃げられないと観念した仁王が渋々従う。
要点だけ掻い摘んで話したところで、柳の質問には答えなくてはならないのだから時間短縮は無理だろう。
徐々に明るくなってきた窓の外を見ながら、一体いつになれば寝れるのかと仁王は溜息をついた。



**



テーブルを挟んで向かい合わせに座り、部屋で英二と簡単な朝食を取っていた大石は、少しくどいだろうかと思いつつ、夕べ言ったことをもう1度繰り返した。
「1人で危険な場所に足を踏み入れない、決して無茶はしない、いいな?」
「わーかってるって。みんなで探すんだから大丈夫だよ」
そんなに心配することないって、と言いながら笑っている英二だからこそ心配なのだ、とはさすがに大石も口にできなかった。
西国の丸井が行方不明だという話は、まだ事件なのかどうかはっきりしていない。
丸井とは東国の牢に捕らわれている時に会った。
鮮やかな赤毛と吊り上がった大きな瞳が英二に似ていると思った。
だからなのかもしれないが、その丸井が事件に巻き込まれている可能性があるというのが大石を不安にさせる。
もし、探している途中で英二までも行方知れずになってしまったら。
「・・・おーいしー。そんな顔されるとオレ、困っちゃうんだけど」
ふと視線を上げれば、食事を終えてデザートの果物をつついたまま、眉を下げた英二の顔が目に入って笑った。
「ごめん。大丈夫だとは思うけど。知らない土地だから心配になったのかな」
「今日はね、昨日店が閉まっちゃってていけなかったお菓子屋さんとか行くんだよ。表通りの人がたくさんいる賑やかな所だし、午後からは仁王も参加するって柳が言ってた」
「俺も早く終わったら行くよ」
「うん!たくさんいた方が早く見つかりそうだもんね」
杞憂に過ぎない、大石は自分にそう言い聞かせる。
そうでなくても普段から過保護だ心配性だと言われている。
どうにか不安を押し込めた大石は手を伸ばして英二の頭をくしゃりと撫でた。




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