極楽島 5
木手は港近くにある豪奢な作りの大きな宿泊施設に入った。
白と金で統一された屋内にはいかにも裕福そうな風体の客が数組いる。
受付を通り過ぎ、そのまま奥へと足を進めると、宿泊客用の遊技場があった。
まだ陽も高いというのに酒のグラスを片手にカードゲームやルーレットに興じている客が数多くいる。
退廃的な空気を醸す空間が心地悪く、木手は遊技場を通り抜けて庭へと足を進めた。
船の修理が終わるまではこの島に滞在しなくてはならないが、特に何かをしろと言われている訳でもないので暇を持て余してしまっている。
船長である大石は柳と船の修理の算段で駆け回っていて、それ以外の船員達はそれぞれ余暇を満喫しているようで、今日も数人で連れ立って出かけていった。
島長に東国へ売られそうになった木手を逃がす為、凛や甲斐が大石達の船に乗れるよう嘆願した。
東国へ行けば処刑からは免れない、そう考えた仲間たちの気持ちはありがたかった。
だが、木手は東国の王を唆し青の国を滅ぼした張本人だ。
船には乗せてもらえたが、その後に逃げ場の無い船で報復の為の過酷な仕打ちがあってもおかしくはなかった。
覚悟は初めからしていた。東国の乗っ取りを計画した時に。
目的の為に手段は厭わない、それに伴う責任は負う。
島の窮地を救うために島長から命じられたのとは別に、自分自身がやるべきだと思ったから腹を括った。
大石の船に乗り、1日が過ぎ、2日が過ぎても報復と思われる行為はなかった。
船室も食事も他の船員と同様に与えられ、他の船員と変わらない日々の仕事をするよう言われた。
船に乗る者は木手が何者であるか知っているだろうにごく普通に接してくる。
さすがに大石にはわだかまりがあるのを見て取れたが、側近である柳や仁王の態度は平静だった。
庭は芝生と手入れのされた樹木がバランスよく植えられ、木陰には白いベンチ、中央には小ぶりの噴水が設置されていた。
ベンチのひとつに腰を下ろした木手はすることもなくボンヤリと青い空を見上げた。
耳に聞こえる波の音と眩しいほどの青空は故郷の島を思い出して気分が落ち着く。
どれくらいそうしていたのか、静かだった庭がふいに騒がしくなり、木手は空から庭へと視線を戻した。
40代半ばくらいの男が中心になり、それを取り巻くようにした数人が庭に出てきたところだった。
木手の座っているベンチの前を横切るようにしてゆっくりと庭の奥へと移動していく。
洩れ聞こえた些細な会話から中心の男がこの辺りの権力者だということが想像できた。
なんとなくその男を目で追っていた木手は、隣を歩いていた少年がこちらを向いたのを見た。
目が合った瞬間にざわりと嫌なものが背筋をかけた。
興味はないというようにすぐに視線を外して歩いていった後姿に木手はほっと息を吐く。
綺麗な顔立ちをしていたが、意思を感じない瞳はぽっかりと空いた洞穴のようで酷く気味が悪かった。
**
英二たちはピンクのリボンや白い花で飾られた洋菓子屋の店の前で足を止めた。
ガラス張りの店内には女性客が数人いるのが見て取れる。
「・・・なんか入りづらいかも」
英二が眉を寄せると隣に立つ仁王がニヤリと笑う。
「お前さんと岳人ならあの中におっても違和感なかよ。2人で行ってきんしゃい」
「むーっ、それどーいう意味だよ!」
「ほらほら、店先で騒いだらあかんで。岳ちゃん、好きなもの買うてきてええから、な?」
「ちっ、しょーがねーな。ほら、行くぞ、菊丸。あ、お前の分は自分で買えよ」
「ふーんだ、オレの分は仁王が払うからいいもーん」
俺が払うんか、という仁王の声は睨みあってる英二と岳人の耳に届かない。
ふんっ!と大きく鼻を鳴らしてそっぽを向き、いがみ合うようにして店内に入っていった英二と岳人を忍足が苦笑いで眺めた。
「なんや、あの2人は顔突き合せるとああやなぁ。どっちも可愛いんやから笑っといたらええのに」
「・・・お前さんのその態度が原因じゃと思うけど?」
「俺は自分に正直に生きてるねん。可愛いものは可愛いし綺麗なものは綺麗やろ?ほら、あれなんて最高や」
店の外で待ってる間もさりげなく通行人をチェックし、気に入った相手に手まで振っている忍足に仁王が呆れる。
通りすがり忍足に笑いかけられた妖艶な婦人が立ち止まり、口元で誘うように小さく笑っている。
「やっぱり観光地って開放的な気分になるんやろな。ちょっと行ってくるわ」
「・・・中のアレはどうするん?」
仁王が店内の岳人を指差す。
「すぐ戻ってくるし、それまで適当に誤魔化しといて。頼むわ」
手を合わせて頼み込むポーズを取った忍足は、仁王の返事を聞く前に待っている婦人の元へ歩いていった。
仲睦まじい恋人同士のように顔を寄せ合って何か話していたと思ったら連れ立って雑踏の中に消えていく。
「俺は知らんぜよ、どうなっても」
溜息をつきながら店内を伺うと、菓子のショーケースの前でまたいがみ合ってる英二と岳人が見えた。
「あれの子守りを俺ひとりでするんか・・・まるで罰ゲームのようじゃのう」
今朝は帰ってくるなり柳に捕まって尋問まがいの質問攻めに合い、やっと寝かせてもらえたのが朝の6時、なのに9時には叩き起こされた。
今日は厄日かもしれないと二日酔い気味で鈍い痛みを訴えるこめかみを押す。
できることなら黒羽あたりにバトンタッチしたいところだが、今日は黒羽と日吉は別行動を取っている。
「お待たせー、仁王。ここの店の人はブン太のこと知らないって」
「あれ?侑士は?」
揃って出てきた英二と岳人はそれぞれ片手に大きな袋を提げている。
話を聞く為にどれだけ買ったんだと再び洩れそうになる溜息を堪え、きょろきょろと辺りを探している岳人に忍足は急用で外したと告げる。
「・・・急用ってなに」
「さぁ、詳しくは知らんよ。なんか忘れたとか言うちょったけど」
「嘘だろ。またその辺の奴引っ掛けてどっか行ったんだな」
「あー・・・」
険しい顔の岳人が手に提げていた菓子の袋を地面に叩きつけるようにして投げ捨てる。
俯いた岳人の握り締めた拳が震えているのを見た英二は、どうしようかと思いつつそっと肩に手を置いた。
「・・・岳人、あの、」
もう嫌だ、と聞こえるか聞こえないかの小さな声で呟いた岳人が英二の手を振り払って走り出す。
しばし呆然とした英二が慌てて後を追いかけたが、もう岳人の姿はどこにもなかった。
→6