海に咲く夢・番外編 / 日吉 1




王位争奪戦1日目の筆記試験が終わった夜、日吉は城の中を庭に向かって歩いていた。
間に休憩を挟むとはいえ朝から行われた試験は10時間に及び、酷使し過ぎた頭は軽い頭痛を訴える。
明日の武術試験を思えば早く休んだ方がいいことはわかっていたが、気持ちが昂ってどうにも落ち着かなかった。
やっと跡部と真剣勝負ができる。
今まで学んだことを全てぶつけて力の限り戦える。
この日の為に毎日武術に明け暮れてきたといっても過言ではない。
跡部と手塚の存在は日吉にとって大きなものだった。
彼らは常に日吉の前を歩いていく。
その背を見つめながらいつか追い越してやると思い続けてきた。

日吉は歩きながら小さく深呼吸する。
駄目だ、どうしても明日の武術試験が頭から離れない。
実力を発揮する為にも体をいい状態にしておきたいのに、こんな興奮状態では眠れない。
庭の冷たい夜風で少し頭が冷えればいいけれど。

「あー!日吉だ!日吉ー!!」

聞き覚えのある声にはっと顔を上げれば、満面の笑顔を浮かべた英二が大きく手を振っている。
英二の後ろには大石もいた。
なぜここに?と半ば面喰ったように呆けている日吉に英二が駆け寄って来た。
「久しぶりー!極楽島で別れて以来だから半年ぶりだね」
「・・・英二さん、どうしてここに?」
「跡部が呼んでくれたんだよ。オレと大石は明日、来賓席で見学できるんだって」
他のみんなは会場の一般席を取ってもらったと英二が笑う。
「航海の途中だったんじゃないですか?よく招待に間に合いましたね」
それは、と大石が説明した。
「俺たちも丁度国に戻ろうとしていたところだったんだ。施政を手助けしてくれる人も数人見つけたし、どうにか青の国を復興できそうだよ」
「・・・本当ですか!おめでとうございます」
「西国にはずいぶんと世話になってしまったな。おかげでここまで漕ぎ着けた。ありがとう」
「いえ、俺は、大したことは何も」
青の国の管理を実際行っていたのは跡部だ。
礼を言うなら跡部にと言いかけた日吉を英二が遮る。
「そんなことないって!日吉も一緒に東国の奴らと戦ってくれたじゃん!それに、オレが変態オーナーに捕まった時も助けに来てくれたし!」
日吉がいてくれて良かったよね?と言う英二に大石がしっかりと頷く。
「景吾王子はもちろんだが、日吉王子にも言葉にできないほど感謝しているよ。俺たちの為に戦ってくれたことは一生忘れない」
ほら、ね?と笑う英二と穏やかに微笑む大石に日吉は嬉しさで胸が詰まる。
西国へ戻ってきてから、よくあの日々を思い出した。
船から降りてしまえばあれはまるで楽しかった夢だったような気さえして。
「・・・俺の方こそ貴重な体験をさせてもらいました。決して忘れません」
「またいつか船で旅をしよーよ。日吉が西国の王様になっても、ちょっとくらいなら大丈夫だよね、他の人に留守番してもらってさ」
大石も誰かに留守番してもらえばいいよ、と言われて大石が笑う。
「とにかく、明日の武術試合を楽しみにしてるよ。あまり気負わずに。日吉王子は充分強い」
「そーそー、跡部なんて軽くひねっちゃえ!」
英二の言い方に日吉が噴き出す。
「ありがとうございます。軽くひねってやれるよう頑張りますよ」
それじゃ明日、と大石が英二を促して戻っていく。


2人と別れ、日吉は束の間、部屋へ戻ろうかどうしようか考えた。
大石や菊丸と話したせいで気分はだいぶ落ち着いていたが、せっかくここまで足を運んだのだからと日吉は庭への階段を降りた。
王宮の庭は夜ともなれば警備の兵が数人いるだけだ。
静寂の中で微かに風が葉を鳴らす音が聞こえる。
庭に出た日吉は明るい月が出ている庭園を石造りの東屋に向けてゆっくりと歩く。
庭園の木の間に東屋が見え、そして中に先客が2人いるのに気が付いた。
2人とも丈の長い南方の民族衣装を着ている。
頭部から顔にかけてを布で覆って目しか出していないから顔はわからないが、庭園にいるなら来賓だろう。
せっかくここまで来たが先客がいるなら仕方がない、元より何か用があって来た訳でもないし、と日吉が戻ろうとした時、「日吉!」と名を呼ばれた。
どこかで聞いたことのある声だが、東屋の先客以外に庭園に人は見当たらない。
日吉が訝しげに振り返ると、東屋にいる1人が手招きした。
南方の民族に知り合いはいないはずだと思いながら日吉は東屋に近づいていく。
中へ入ると手招きしていた方の人物が顔を覆っていた布を外した。
「!!・・・不二さん!」
「しーっ!お忍びだから僕の名前は出しちゃ駄目だよ」
悪戯をしている子供みたいな顔で笑っているのは国外追放の刑を受けている不二だ。
「お忍びって、こんな無茶して見つかったらどうするんですか!警備にでも見つかったら牢獄行きですよ!」
「どうしても裕太の雄姿が見たくてね。跡部に頼んだら顔を隠すっていう条件で西国に入れてもらえたんだ」
この衣装も跡部が送ってくれたと不二が笑う。
跡部が関知していることだとわかってほっとした日吉だったが、いくらなんでも城の中に招き入れるのは危険すぎないかという懸念は残る。
真相を知っている日吉は不二も被害者だとわかっているが、他の者はそうは思わない。
「心配無い。港から跡部が寄越した馬車で城に入り、そのあとは夜まで部屋から出なかった」
「その声は・・・手塚さんですか」
手塚までがこんな変装をして城にいることに日吉は軽い眩暈を覚えた。
不二と長く一緒にいるせいで手塚もどこか常識がずれてしまったのかもしれない。
「あ、心配しなくても明日はおとなしく見てるだけにするから。跡部からも散々呪術禁止って言われてるしね」
「・・・当たり前です。だいたい呪術なんかで勝って裕太が喜ぶわけないじゃないですか」
はぁぁ、と日吉は深い溜息をつく。
この人と話していると生気を抜き取られているみたいに疲れる。
早く部屋へ帰ろう。もう寝よう。
「俺はもう戻りますが、くれぐれも行動には注意してくださいね。顔も絶対出さないように。手塚さん、不二さんをちゃんと見張っといてくださいね」
「見張っとくなんて酷いなぁ。大丈夫だよ」
言いながらくすくす笑っている不二を本当か?と日吉が見遣る。
「あまり目立たないよう気を付けることにする。日吉も明日はベストを尽くせ。油断はするな」
「わかりました。いい試合をお見せできるよう頑張ります」
一礼して東屋から立ち去る。
懐かしい顔を見られたのは純粋に嬉しく、そしてほどよく疲れさせられた。
なんだかよく眠れそうな気がして日吉は庭園をあとにした。





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