海に咲く夢・番外編 / 日吉 2
武術試合当日は雲ひとつない快晴だった。
会場の正面にある城のバルコニーには西国の王、そして跡部の母である正妃が中心に座し、その後ろに妾妃である日吉と裕太と葵の母が並んで座っている。
日吉たち王子は一列に並び、王に向かって一礼する。
それを合図に宮廷楽団が式典の音楽を奏で始めた。
試合は不公平の無いよう、各王子と1回ずつ戦う。
3戦とも勝利すればそこで決まるが、全勝者がおらず2勝1敗で並ぶ者が出れば、その者同士で再戦するルールとなっていた。
日吉が跡部と戦えるのは第3試合、初戦の相手は葵だ。
葵に負けたことは無いが油断はできない。
1試合ずつ行われる為、日吉と葵の試合を跡部も見ていることができる。
無様な試合ぶりなど見せようものなら跡部は本気で戦おうとしなくなるだろう。
楽団の音楽が終わり会場に響き渡る歓声の中、試合場の四隅に設置されている控えに戻ろうとした日吉は、跡部と一瞬だけ目が合った。
挑むように睨んだが、跡部は何も言わずそのまま自分の控え席へと戻っていった。
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1回戦目、跡部と裕太の戦いに決着がつこうとしていた。
一般席で観戦していた不二は顔を覆う布の下で満足そうな笑みを浮かべる。
試合は圧倒的な差で跡部の勝ちだった。
だが不二にとってはそんなことはどうでもいいことだ。
逞しく成長し、強くなった弟の姿が、ただ誇らしく愛おしい。
できることなら、駆け寄って抱きしめて、良く頑張ったね、と頭を撫でてやりたい気分だ。
子供じゃないんだからと裕太は嫌がるだろうが、その顰めた顔すら愛おしいのだからしょうがない。
試合が終わり、審判が会場に向けて跡部の勝利を告げている。
「いい試合だった」
隣に立つ、同じ南方の民族衣装を着た手塚が言うのに不二は笑う。
手塚も不二と同じく勝敗は気にしない。
ただお互いが全力を出して戦えた、それを褒め称える。
「僕もいつか強くなった裕太と手合わせしたいな」
「できる日は来る。いつか必ず」
「・・・うん」
会うことすらままならないが、いつの日にか。
「不二」
祈るように目を伏せていた不二は手塚の声に顔を上げる。
手塚の視線の先、控え席に戻ろうとせず、じっとこちらを見上げている裕太がいた。
「試合の後、跡部に俺たちが来ていることを教えられたようだ」
「・・・裕太」
呼んでも声が届かないのはわかっている。
自分たちのいる席は試合場からは遠い。
かろうじて顔の判別がつくかどうかの距離、これだけの人混みの中で、ましてや顔を布で覆っている。
裕太が踵を返し控え席に戻っていく。
戻り際、背中を向けたまま、挨拶するように裕太が軽く片手をあげた。
**
初戦は順当に勝った。
もちろん一切の手抜きはせず最後まで自分のペースで試合を運んだ。
そして次の試合、跡部が目の前に立っている。
普段のように斜に構えた感じも、余裕の笑みも無い。
ただ真正面から、まっすぐ、いっそ純粋なほどの強い瞳で日吉を見据えていた。
跡部には万に一つでも負けは許されない試合だ。
4人の王子の中で最も強いプレッシャーがかかっているのは跡部だろう。
玉座を、この国を、心底望んでいるのは跡部だけなのだから。
試合が始まる。
跡部は最初から全力で、その剣には一切の迷いがない。
日吉は肌がぴりぴりするのを感じ、背筋がぞくりとするような歓喜が走るのを感じた。
跡部には何度も挑んだことがある。
自分なりに剣や体術の練習を積み、それなりの成果を確信して挑戦しにいくが、ことごとく打ち負かされた。
自分が1歩進む間に跡部や手塚は2歩、3歩と先へ行っている。
強さの差が生まれつきの才だというならとうに諦めていただろう。
だが跡部も手塚も人の数倍も厳しい練習していることを日吉は知っている。
それならば自分次第で手は届くはずだ。
剣を弾かれそうになってどうにか持ち堪えた。
跡部はもう次の攻撃に移っている。
攻撃をかわし、防御し、ほんの僅かな、隙とも言えない隙を狙って反撃する。
追いかけたい、追いつきたい。
だけど追いついてほしくない。
跡部には常に前にいて欲しい。
矛盾するのは自分にとって跡部は目標そのものだからだ。
どうやってもかわせない態勢に追い込まれ跡部の斬撃が下りてくる。
剣で受けるしかなかったが、剣で受ければそれは。
鈍い音がして折れた剣が地面に落ちる。
息を詰め、試合の行方を見守っていた観客からいっせいに歓声が沸き起こる。
審判が跡部の勝利を告げた。
いい試合ができた後の充足感が日吉を包む。
満足したわけではないが、今の自分に出せる力は出し尽くした。
悔いはない。
「日吉」
傍にいた供の者に剣を渡して跡部が歩み寄ってくる。
そして無言のままがっしりと日吉を抱擁し、控えの席に去って行った。
**
試合は跡部の3戦全勝で決まった。
前日の筆記でも1位だった跡部は次期王となることが決定し、戴冠式は来月行われることになった。
「ご期待に応えられずすみません」
武術試合が終わったあと、日吉は大石と英二の滞在している部屋を訪れていた。
「負けちゃったのは残念だったけど、すんごい試合だったよ!オレ、見てて、手が汗でびっしょりになったもん。それにしても跡部って強かったんだね。やっぱ、ただ偉そーなだけじゃなかったんだぁ」
英二の言い方に笑った日吉は、その跡部さんですが、と続ける。
「青の国のことでなにか連絡が入ったようで、大石さんに自室まで来るよう伝言を預かってます」
「青の国のことで?」
大石が聞くのに日吉が頷く。
「俺もまだ内容は聞いてないんですが、もしかしたらあまりいい話ではないかもしれません」
大石を呼びに行くよう跡部に言われた時の表情は険しかった。
「とにかく行こう」
「オレも行く!」
大石と英二を連れて跡部の自室に行くと、跡部はいつも供をしている大男以外の人払いを命じた。
継承戦優勝の祝辞を述べようとした大石を跡部が遮る。
「挨拶はあとだ。これを読んでみろ。さっき使い鳥が届けてきた報告書だ」
跡部が投げ渡した報告書を受け取り大石が目を通す。
読み進めるうちに大石の眼が驚愕で見開いた。
「なになに、おーいし。なにがあったの?」
「叔父が・・・王として青の国を復興すると言ってるらしい」
「大石の叔父さん?どーいうこと?」
「叔父は長く行方不明だったんだ。それがなぜ今になって・・・」
困惑している大石に跡部がとにかく、と口を開く。
「青の国の管理の為に置いてるうちの連中と揉めてるようだ。俺としては青の国の管理は大石に頼まれたものだからな、得体のしれない叔父とやらの要請には従えねぇ。大石、お前は国に戻って事態の確認をしろ。青の国に置いてある俺の部下はお前の好きに使って構わない」
「そうだな、まずは叔父に会って話をしてみよう。もしかしたら今までの事情は知らずに、ただ国を復興したいと思っているだけかもしれない。景吾王子、知らせてくれて礼を言う。慌ただしくて済まないがこれで失礼するよ」
大石と英二が部屋を出ていく。
ドアが閉まり、しばらくしてから跡部がやれやれと肩をすくめた。
「・・・相変わらずお人好しな奴だ。戦で国が無くなって4年も5年も放置してたくせに今さら復興したいだぁ?そんなもん善意からな訳ねぇだろうが。なぁ、日吉?」
「目的は青の国の王座なんですかね」
「だろうな。青の国は一度滅びたとはいえ、その気になればすぐに復興させられる。鉱山があるからな」
「・・・青の石、ですか」
青の国でしか採掘できない青の石は貴重で当然高価だ。
「また一悶着ありそうだな、あの国は」
跡部が窓の外、遠く青の国がある方向を見遣る。
継承戦も終わり、跡部が玉座に着くことが決まって自由の身になった日吉は、なにかあれば青の国に手助けに行こうと思った。
→end