海に咲く夢・番外編 / 乾1




髪の最後の一房を慎重に頭皮に植え付けて乾はピンセットを作業台に置いた。
「できた・・・完成だ」
額に浮かんだ汗を拭い、乾は満足げに息をつく。
目の前の作業台に横たわるのは、誰の依頼でもない、自分の為の人形だ。
半年前に岳人の料金として忍足から多額の金が振り込まれ、その使い道として真っ先に浮かんだのが新たな人形作りだった。
常に自分の傍にいて時には仕事の助手を務める、従順で心優しく、美しい人形。
人生のパートナーに成り得る人形、それがやっと完成した。
あとは呪術者の島に運び魂を吹き込んでもらうだけだ。
「今度は性格にも細かな注文をつけよう。まず、言葉づかいは丁寧で品があること、それと」
思いついたことを紙に書き留めているとドアに控えめなノックがあった。
「空いてるよ」
声をかけるとドアが細く開かれ、見慣れた顔が覗き込んだ。
「あの、食事、テーブルの上に置いときました」
「待った!いいから入っておいで」
用件だけ言ってすぐにドアを閉めようとする青年を乾が引き留める。
作業の邪魔にならぬよう細かな配慮を見せる慎み深い青年は、この島に元から住んでいる漁師の息子、海堂だ。
機械島は各国から集められた機械技師と研究者が人口の6割を占めるが、機械に関しての知識しかない彼らの生活の面倒をみているのは残り4割の島民たちになる。
海堂とは年が近いこともあり、手が空いていれば話をしたり、海堂の父親の漁船の修理をしたりと乾は親しく付き合っていた。
「見てくれ、海堂。とうとう完成したんだ」
作業台を指すと海堂がぎょっとした顔をする。
「・・・なんなんスか、これ」
「機械人形だよ。どうだ、まるで人間が寝ているみたいだろう?」
「・・・人形。動くんスか?」
「もちろん。これから呪術者の島に行って魂を入れてもらえば、人と見分けがつかなくなるよ」
ぎょろりとした大きな眼でただ人形を凝視しているのに、触ってもいいと言ったが海堂は頑なに首を振った。
「この人形には俺の助手をしてもらうことになる。海堂も仲良くしてやってくれ」
「・・・っす」
複雑な顔で人形と乾を見遣った海堂は一礼すると作業場を出て行った。
人と寸分違わぬ人形と言われても、実際に動くところを見なければ理解は難しいかもしれない。
とりあえず海堂の持ってきてくれた食事を取ったらすぐに呪術者の島に出発しようと決めた。



**



呪術者の島の桟橋では事前に連絡してあった不二が待っていた。
「毎回すまないな」
「ふふ、ちゃんとお代は貰ってるからかまわないよ」
にっこりと笑う不二は一見すると中性的な容姿とあいまって、優しそうな印象を人に与える。
だが長い付き合いの乾は不二の本性をよく知っている。
面白いことが好きで幸村とつるんではきわどい悪戯をしかける危険人物だ。
「今回はちょっと注文が細かいんだが、先にこれを見ておいてくれないか」
「なに?・・・性格についての注文書?へぇ、ずいぶん詳細に書いてるなぁ」
「できる限りその注文書にそった性格にしてもらいたいんだ」
「いいよ、わかった」
何か言われると思ったが、予想外にあっさりと快諾した不二に乾は心の中で胸を撫で下ろした。
持ってきた人形を肩に担ぎあげ、注文書を読みながら前を歩く不二の後に続く。
色々な場合を想定して書きあげた性格に関する注文書どおりの人形になれば、それはまさに乾がイメージとして描く最高のパートナーだ。
はたから見れば少しもわからないが、乾は鼻歌を歌いだしそうなほど浮かれている。
だが、細かな字でぎっしりと書き連ねてある内容から不二が読み取っていたのは、性格の特徴として面白いと思うものだけだった。


不二の家に着き、寝台に下ろした荷を覆っていた白布を解く。
中から現れた人形は透けるような白い肌に緩くウエーブのかかった黒髪を持つ青年だ。
「ふうん、こういうのが趣味なんだ」
「趣味という程でもないが、傍に置いておくからにはそれなりの容姿があった方が目の保養にもなる」
「僕はこないだの岳人の方が可愛かったと思うな。この人形はちょっと性格が悪そうじゃない?」
「・・・一応、美形だと言われる顔の平均値を出してみたんだが」
不二に性格が悪そうだと指摘され、乾は改めて人形の顔を見つめた。
顔の各パーツは計算して大きさを決めたし、それに加えて聡明な顔になるよう苦労して配置した目鼻立ちはそう悪いものではないと思う。
魂を吹き込まれ、瞳を開けて微笑んだら、さぞ綺麗だろう。
「まぁ、僕の人形じゃないからいいけどね。始めるから場所を開けてくれる?」
「あ、ああ」
不二に追いやられるようにして部屋の隅に移動した乾は、手際よく整っていく呪術の準備を見守る。
もうすぐ自分だけの従順で最高のパートナーが手に入る、心躍る瞬間だった。





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