海に咲く夢・番外編 / 乾 2




注文が多いせいでいつもより時間がかかると不二に言われ、乾は外に出た。
すでに陽は落ち、ぽつりぽつりとある数少ない家々の窓に灯りが点っている。
それでも辺りの風景が見渡せるほど明るく感じるのは月が出ているからだ。
乾は空を見上げる。
藍の空に浮かぶ月。
満月には数日足りていないが、涼しげで美しい月だった。
「・・・ああ、やっと名前を思いついた」
気品ある容姿と知的で優しく落ち着いた性格に見合う名前をずっと考えていた。
パートナーが目覚めたら、まずは名前を伝えよう。


「乾、終わったよ」
窓から不二が待ちに待った声をかけてくる。
いそいそと部屋に入ると、人形は目覚め、寝台に腰かけていた。
ただ座っているだけでもその物腰には品が感じられ、乾は大いに満足する。
感動のあまりじっと人形を見つめていた乾は、訝しげに目を眇めた人形に「あなたは?」と声をかけられた。
見知らぬものが何かを尋ねる好奇心は想定どおりの知性だ。
乾は寝台に歩み寄り人形の前に立つ。
「俺は乾貞治。君の創り主でパートナーだよ」
「そうですか、僕を創ったのがあなたなんですね。ところでパートナーというのはどういう意味ですか?」
「君は俺の仕事を手伝ったり、俺の身の回りのことをしたり、あらゆる意味で俺と行動を共にする」
にっこり微笑んで、わかりました、そう答える予定だった。
だが、人形は露骨に顔をしかめると、「はぁ?」と心底嫌そうな声をあげた。
「なぜ僕があなたの世話を?身の回りの世話をする者が欲しいなら使用人でも雇えばいいでしょう」
「・・・いや、しかし、君は、」
「とにかく。僕を生み出してくれたことには感謝しますが、パートナーになるのはお断りします」
唖然としたまま、乾の頭は目の前の状況の原因を高速で分析し始める。
気品:OK、知性:OK、従順さ:NG、優しさ:NG、意思:OK、プライド:OK・・・
注文書に書いた性格の半分程度、それも柔らかさを構築する大部分が欠落している。
乾は力なく不二に向き直った。
「・・・不二。性格にだいぶ偏りがあるようだが」
「そう?書いてあった通りにしたつもりだったけど。相反するものが相殺したんじゃない?」
ふふっ、と綺麗に笑う不二は心なしか楽しそうだ。
だが、わざと注文書どおりにしなかったとは言い切れない。
思いつくままに書いたものには、考えてみれば確かに相反するものがあった気がする。
それに岳人と違って主に逆らわないといったプログラムもしていない。
「・・・プログラムの作り直しをして注文書を書きなおそう。不二、今日のところは停止させて、」
「待ちなさい。僕はすでに人格を持っている、言わば人と同じです。それを停止させるなんて横暴も甚だしい。人権侵害ですよ」
「・・・人権侵害」
「だいたいあなたは自分勝手過ぎます。僕のような優秀な頭脳を持つ者を使用人にしたいだの、思い通りの性格にしたいだのと、聞いていて我慢がなりません。失礼します」
怒りだした人形が立ち上がり、ドアへと向かう。
怒っていても立ち居振る舞いは美しく、がさつなところなど微塵もない。
80%は理想どうりなのだ、あと20%が。
「待ってくれ、観月!」
乾が名を呼ぶ。
空に浮かぶ月を見て思いついた名だ。
ドアノブに手をかけ、今にも外へ出て行こうとしていた人形が振り返る。
「・・・観月?それが僕の名前ですか?いいでしょう、名前くらいはあなたが付けたものを使ってあげますよ。んふっ。では」
観月が華やかな笑顔を残してドアの外へと消える。
乾の伸ばされた手は宙に浮いたまま行き場を失った。


「だから言ったじゃない、性格悪そうだって」
落ち込む乾を慰めるように不二が肩を叩く。
あんな性格にしたのは誰なんだという言葉を乾は寸でのところで飲み込んだ。
知的で穏やかで優しい、人生のパートナー。
それがすべて水の泡になって消えた。
「・・・俺の夢が・・・」
「なに?人形に奉仕させるのが夢だったの?やだな、乾、それって変態っぽいよ。まるで自分に都合のいい人形を作って好きなように扱おうとした岳人の依頼主と同じじゃない」
「・・・!!!」
不二の言葉に乾は大きな衝撃を受けた。
岳人の依頼主が求めていたものとは用途も崇高さもまるで違うと思っていたが、突き詰めれば同じことなのか。
「・・・・・・帰るよ」
夢破れ、あげく変態の烙印を押され、立っているのもやっとな状態で乾はふらふらと部屋を出る。
「あ、乾。観月はどうするの?」
「・・・したいようにさせてやってくれ」
それだけ言って乾は桟橋に止めていた高速艇に乗り込んだ。
なぜだか無性に海堂に会いたかった。


**



機械島に帰りついたのはもう深夜だった。
さすがにこの時間では海堂も寝ているだろうと諦めて、乾はとぼとぼと自分の研究室に向かう。
ふと部屋の窓に点る灯りが見え、うっかり点けっぱなしで行ったのだろうかとドアを開けた。
研究室の手前、居間として使っている部屋のテーブルに突っ伏して寝ている海堂の姿があった。
傍に並んでいるのは2人分の夜食。
海堂がここで食事をすることはないから、自分と人形の分を用意したのだろう。
本当なら呪術者の島から一緒に帰ってきて海堂にも紹介するはずだった人形。
乾は椅子を引きテーブルにつく。
皿を引き寄せ冷めたスープを一口飲んで、初めて自分が腹を空かせていたことに気付いた。
「う・・・ん・・・」
食器の鳴る音に海堂が目覚める。
「・・・帰ってたんすか・・・すんません、寝ちまって・・・」
立ちあがろうとするのを手で制して、用意されたもう1人分の皿を海堂の眼の前に移動させた。
「良かったら一緒に食べてくれないか」
「・・・人形はどうしたんすか」
「・・・・・・逃げられたよ、俺のパートナーになるのは嫌なんだそうだ」
ははは、と力無く笑う乾いた声が静かな部屋に響く。
しばらく無言でいた海堂がぼそりと、また作ればいいじゃないかと呟く。
「そうもいかないんだ。材料費だけでも貯めるまでに10年以上はかかる。・・・それ以外にも色々あってね」
例え金があったところで人形に魂を入れられる呪術者が不二や幸村しかいないのだから、理想の性格にするのは土台無理な話だろう。
それに、観月が言ったとおり、魂が入ってしまえば人格を持つことになり、それを自分の都合のいいように使うというのは確かに自分勝手と誹られても仕方がないことかもしれない。
深い深い溜息をつき、手にしていたスプーンを皿に戻した乾を海堂が見遣る。
スープは半分も減っていない。
「助手が欲しいなら俺がなってやる。だからいつまでも愚図愚図落ち込んでんじゃねぇ」
照れ臭そうにそっぽを向く海堂の顔が微かに赤い。
「・・・海堂」
感動した乾が思わずじっと見つめると、海堂が慌てたように椅子から立ちあがった。
「あ、明日から手伝いに来る。だから、ちゃんと食って寝ろ」
赤い顔をしたまま乾に指を突き付けてそう言い捨てると、海堂は逃げるようにドアから走り出て行った。
乾は海堂が出て行ったドアを呆けたように見つめる。
漁師の息子として島で育った海堂は、決して上品ではないし、言葉使いも丁寧とは言い難い。
だが寡黙で頭もいいし、それになにより細かな気配りができて優しかった。
「なんだ、人形なんて作らなくても、いたんじゃないか。理想のパートナーが」
壊れたはずの夢が蘇る。
それも、よりはっきりとした姿形を持って。
乾は嬉しさに口元を綻ばせた。





→end

(09・06・08−14)