海に咲く夢・番外編 / 木手 4
「・・・仁王かよ。そりゃ怪しいに決まってんだろ」
「・・・やられましたね」
がっくりと肩を落として溜息をついた黒羽の背を日吉が慰めるように叩く。
「何をぶつぶつ言っとるんじゃ」
振り向いた仁王が訝しげに眉を寄せて後から到着した二人を見遣った。
「木手の居所は?」
「亀島」
柳の問いに短く答えた仁王を凛が舌打ちしながら睨んだ。
2人だけならどうにかなったかもしれないのに5人では分が悪すぎる。
それに木手の隠れ場所も知られてしまった。
この人数から逃げ遂せて、さらに木手に危機を報せることは不可能だ。
「亀島に行こう」
大石の言葉に4人が移動を始めた。
為す術もなくこの場から去っていく後姿を凛が歯噛みする思いで見る。
木手を逃がすにはどうすればいい。
せめて甲斐と知念がいれば。
「おーい!!」
凛の思いが通じたのか、丁度村の方から甲斐がこちらに向かって走ってきた。
**
呪術者の島で見つけた呪いの話を終えると、真剣な表情で聞いていた知念が顔を上げた。
「じゃあ呪いってのはもう解けてるのか」
「うん、幸村が解いたよ。でも、1度砂になった土地が緑地に還るのには時間がかかるんだって」
「・・・そうか。で、木手に他の国を侵略しないって約束をさせれば、それで本当にお前達は帰るんだな?」
「帰るよ。オレ達、次に行くところもあるし」
「よし、わかった」
知念が頷き、乗ってきたボートへ戻る。
砂浜に乗り上げていたボートを押して海に入れ、乗り込んだところで英二と慈郎を手招いた。
「来い。木手の所へ連れて行くから」
「えっ、今から?」
まさかすぐに木手の元へいけると思っていなかった英二は、どうしよう、と慈郎を見る。
「連れてってくれるって言うんだC−、行こー!」
迷わず行こうと断言する慈郎に英二は僅かに逡巡したが、すぐに覚悟を決めた。
木手は結構な使い手だと聞いたが、仁王に1度負けている。
幸村みたいに非常識な強さじゃなければ、万が一戦うようなことになってもそう簡単にやられはしない。
「・・・よーし、行くよ、慈郎」
「がってんー!」
「がってん?なに、それ?」
「がってんしょうちのすけの略ー、黒羽が言うんだよー」
「・・・?何のすけ?」
ボートへ向かって歩いていた足を止めて英二が首を捻る。
「何やってるんだ!」
いつまで経ってもボートに乗り込まない英二と慈郎に、しびれを切らした知念が早く乗れと呼ぶ。
顔を見合わせた英二と慈郎は慌ててボートまで走った。
**
「甲斐、手伝ってくれ!こいつら永四郎を探しに来てて」
「それどころじゃないって!とうとう長が永四郎を東国に売り渡すってよ!」
加勢を頼もうとした凛は、甲斐の言葉に驚いて目を瞠る。
「どうする、早く永四郎を逃がさないと」
「・・・なんでだよ。永四郎は長の命令に従っただけだろ!なのになんで売り渡されるんだ!」
「落ち着け、凛。晴美のやることに文句言っても始まらないさぁ。それより、もうすぐ長達が永四郎を連れに来る。先回りして逃がすしかない」
凛は悔しさで震える拳を握り締めた。
木手は計画が失敗すればこうなることがわかっていたのだ。
だから東国にいた時も常にリーダーとして振る舞い、単独で大臣や王と接触を図っていた。
もしもの時は自分ひとりで責めを負えるように。
「青の国の王子!お前はさっき永四郎を処断しに来たわけじゃないって言ったな」
甲斐の出現で足を止めていた大石に凛が呼びかける。
もう他に木手を助ける方法は無い。
「ああ、言った」
「永四郎の所へ案内する。そっちの要求は全て呑むよう永四郎にも言う。・・・だから永四郎をお前達の船に乗せてくれ」
**
亀島にボートをつけた知念が英二と慈郎に降りるよう促す。
小さな島は南国特有の木と丈の高い生い茂った草で覆われていた。
知念は足元の石を拾い上げると、傍にある木を特定のリズムで数回打つ。
しばらくするとガサガサと葉が擦れる音がして、草薮の中から木手が現れた。
「・・・お客様ですか、知念クン」
「覚えてないか?東国にいた傭兵だ。いたろ、3人組の」
「赤い髪の方は見覚えがありますね。もう1人は知らない顔ですが」
英二と木手の視線が合う。
東国にいた頃は直接話すことは無かったが、時折木手の姿は見かけた。
その時は髪をきっちりと後に撫で付け、服装も隙無く整えていたが、今は緩く流した髪が額にかかり、服装もかなりラフにしている。
木手を目の前にして英二は複雑な気分でいた。
青の国を滅ぼし、大石に理不尽な拘束を強いた木手に対して未だに許せない思いはある。
だが、この島に来て、その惨状を目の当たりにした今では、木手よりも元凶となった呪いをかけた者に怒りが湧く。
「・・・それで、俺に何の用ですか。知念クンが連れて来たからには、捕まえる為でもなさそうですが」
落ち着いた様子で腕を組んだ木手が問いかける。
危害を加えようとする雰囲気はないことを見取って英二が緊張を解いた。
「えーっと・・・オレもいきなり会っちゃってどうしようかなぁって思ってて・・・」
「さっきの、呪術者の島の話を聞かせてやってくれ」
「あ、うん。オレ達呪術者の島から来たんだけど、そこでこの島にかかってる呪いを見つけて・・・」
英二の話を木に寄りかかったまま、木手が黙って聞く。
慈郎はただ話をしているだけの状態に飽きたのか、ごろりとその場で横になると居眠りを始めてしまった。
そして話が終盤に差しかかった頃、大石の船が亀島に着いた。
船から大石と柳、仁王、そして凛と甲斐が降り立った。
「来てたのか、英二」
先に島へ来ていた英二に大石が微かに難色を示すが口には出さなかった。
怒られるだろうと予想していた英二は溜息をついた大石に早々に謝る。
「ごめん、勝手に来ちゃって。浜辺で知念に会って、連れてってくれるって言われたから。あ、呪術者の島での呪いの話はもうしたよ」
矢継ぎ早に話す英二に、彼なりに頑張ったのだろうと納得することにして、大石は仕方ないなと笑う。
労うように軽く英二の肩を叩いた大石は、木に寄りかかったまま事態を傍観している木手に歩み寄った。
大石に甲斐と凛も続く。
「久しぶりだな、木手」
「・・・元気そうでなによりです、青の国の王子」
正面から向き合った木手と大石の間に一瞬鋭い殺気が走る。
周りを取り囲んだ柳や凛、仁王、甲斐が咄嗟に腰の剣に手をかけたが、すぐに殺気を消した2人にそれぞれが緊張を解いた。
「それで、俺に約束させたい事と言うのは?」
「もう他の国を侵略しないこと」
「約束しますよ。島の砂漠化が止まったなら、もう必要ないからね」
相手の言葉に嘘がないことを確かめるように大石が木手の目を見据える。
じっと見返してくる木手の眼差しを答えと受け止めて大石は頷いた。
「永四郎はお前らの要求を呑んだろ?これで永四郎を連れて行ってくれるな?」
成り行きを見守っていた凛が大石に伺うように問いかけた。
「・・・なんのことですか?凛クン」
「とうとう晴美の奴が東国に永四郎を突き出すことを決めたさぁ」
凛の代わりに甲斐が答えると、木手が諦観したように、そうですか、と呟いた。
「だから永四郎はこいつらの船に乗って今すぐここから逃げてくれ。今度東国に捕まったら間違いなく処刑される」
「・・・凛クン、キミの気持ちはとても嬉しいですが、それは無理でしょう。この人達にとって俺は祖国を滅ぼした憎むべき敵です。この場で斬られないだけマシというものでしょう」
「そんな!!・・・おい、青の国の王子!永四郎を乗せてってくれるだろ?なぁ!」
必死に懇願する凛に大石が迷う。
木手を船に乗せたくはない、が、ここで見捨てれば凛が言ったとおり間違いなく東国で処刑される。
葛藤する大石の胸に下がった黒い石のペンダントが陽を弾いた。
「・・・いいことを思いついた」
大石の小声の呟きは、隣に立っていた柳にしか聞こえなかった。
柳がはっとしたように大石を見つめる。
口元に笑みを浮かべた大石が目で柳を制し、木手を見遣った。
「いいだろう、俺達の船にお前を乗せよう。その代わりこれを」
大石は呪石のペンダントを外すと、有無を言わせず木手の首にかけた。
「・・・これは?」
木手がかけられたペンダントを見ようと石を手に取ったが、紐は生き物のようにするすると縮み、ぴったりと木手の首に絡まってしまった。
「なんですか、これは」
「心配しなくてもお前が悪心を起こさなければ何も問題ない。さぁ、行こうか。お前はしばらく俺達と行動を共にしてもらうよ」
にこやかに笑う大石はその場の誰にも異議を唱えさせない威圧感を持っていた。
いきなり豹変した大石に、木手だけではなく英二や甲斐、凛も呆気に取られたようにただ目を瞠る。
「行くぞ、王子。さぁ、船に乗ってくれ」
柳に肩を叩かれて我に返った英二は、あれ、と大石を指差す。
それにわかっていると頷いた柳は、英二の耳元に小声で「あれは精市だ」と囁いた。
えっ、と聞き返した英二に、あとで説明するからと促して、凛と甲斐、知念を残して船に乗り込む。
新たに木手をメンバーに加えた船は、凛と甲斐と知念に見送られて美海島を去っていった。
→end
(08・03・09〜08・03・31)