海に咲く夢・番外編 / 大石 1




まだ幼い子供だった頃、1番欲しいと思っていたのは友達だった。
世継ぎとして生まれ、自分より遥かに年長でなんでもできる大人たちにかしずかれていた。
大きくなったら父の跡を継いで王になる、それを誇らしく思っていた。
小さな国ではあったが、統治は行き届き、王は民から敬愛されている。
父のような立派な王になる為に勉強や武術に励むことを苦だと思ったことは1度も無い。
優しく尊敬できる父母と、身の回りの世話をする者や教師たちに囲まれ、何不自由なく暮らした。
ただ、友達と呼べる人だけがいなかった。


自分が他の子供とはどこか違うということには早くから気づいていた。
王宮には大人が多かったが、子供も居ないわけではなかった。
城の中に住まう臣下の子供たちは王宮の庭を遊び場にしている。
自分と同じ5、6歳の子供が数人集まって、楽しそうに笑いながら遊んでいるのを何度も見かけた。
あまりに楽しそうで、自分も一緒に遊ぼうと、大石は誘われるようにその輪に近づいた。
だが子供たちは大石を見ると慌てたように膝をついて一礼し、そそくさとその場から逃げ出してしまった。
取り残された大石は駆けて行く子供たちの背を呆然と見送る。
子供たちに悪気があった訳ではない。
ただ、自分の親たちが普段から恭しく礼を取っている王子は、例え子供であっても自分たちとは違う子供なのだと認識しているだけだった。
一緒に遊べる対象ではないのだ。
城に住む子供たちで大石が王子であることを知らない者などいない。
同い年の子供たちの輪に入って遊ぶのは諦めるしかなかった。


宰相の息子である柳は物心がついた頃から一緒にいた。
大人ばかりの中で大石の近くにいた唯一の子供だ。
共に学び、育ち、自然と仲良くなり、これが友達というものかもしれないと思ったが、柳にそれを言うと困った顔をして、自分は友ではなく臣下なのだと言った。

大石は1人、子供向けの本を開く。
鮮やかな挿絵が入る本の中で冒険をする主人公には何人もの友達がいた。
悪戯をしては一緒に逃げ回り、ふざけて笑い転げ、悲しいことがあった時には肩を並べて泣いていた。
窮地に陥れば我先に駆けつけ、最後は巨大な敵をみんなで手を取り合って倒した。
幼い大石は憧れと寂しさが綯交ぜになった溜息をつく。
主人公が羨ましく、そしてどうして自分にはこの素敵な友達という存在がいないのだろうと悩んだ。

「父上、どうしてぼくにはお友達ができないのですか?」
ある日父にそう聞いてみた。
父は穏やかな笑みを浮かべたまま、それはお前が王の子だからだ、と答えた。
やはりそうなのかと悲しい気持ちになりながらも、それなら王である父にも友達はいないのだろうかと思った。
父が寂しそうには見えたことはない。
大人は寂しいとは思わないのだろうかとも考えたが、そうではなかったことが半年後に判明した。





春の国の王を乗せた船が港に着いたのは、青の国に短い春が訪れたある日のことだった。
王宮は朝から賓客を迎える準備に忙しく、王子である大石も礼服を着せられ、父と一緒に王の間で待機した。
近衛兵に導かれ入ってきたのは春の国の王と、その王子2人だった。
王子の1人は大石よりも年長で背も高く、春の王に似た涼しげな目許でまっすぐ前を向いていた。
もう1人は大石と同じくらいの年頃で、奔放に跳ねる赤毛にきょろきょろと忙しなく動く大きな瞳が印象的だった。
驚いたのはいつも物静かで礼儀を重んじる父が、挨拶もせぬうちから足早に春の王に歩み寄り、その姿を抱擁したことだった。

後になって知ったが、父と春の国の王はまだ王位を継ぐ前に留学していた先で出会い、同じ立場だったこともあってすぐに意気投合した。
それから現在に至るまでの長い間、無二の親友として強い絆を育んできたのだという。

王の間から貴賓室へ移ってからも父と春の国の王は楽しそうに話し続けていた。
明るい陽の差す部屋で笑い喋る2人は王ではなく、友との再会を喜び合うただの人だ。
王の顔と父の顔しか知らなかった大石は、まるで青年のように声を上げて笑う父を、驚きと嬉しさで見つめていた。
よかった、父上にもお友達がいたんだ。
大石は嬉しくなって自然と笑っていた。
こんな父を見るのは初めてだから、もしかしたら春の国の王が父のたった1人の友達なのかもしれない。
たった1人でもいい、いつか自分にも友達ができるだろうか、そう思い、大石は春の国の王子を見る。
おとなしく椅子に座り父たちの話を聞いている上の王子の横で、退屈してしまったらしい下の王子がそーっと庭に出ようとしてるのが目に入った。
まるで動物のように気配を殺し、物音ひとつ立てずに庭に出て行く。
部屋にいる者の中で、下の王子が庭に出たのを気づいたのは大石だけだった。
幼くはあったが武芸の国に生まれ、すでに武術の稽古もしている大石は、その技に感嘆する。
あんな風に気配を完全に絶って近づいてこられたら、どんな攻撃もかわせないだろう。
顔の中で一際大きな瞳の印象と相まって、まるで猫みたいだと思った。
しきりに感心していた大石は、ふと庭の方を見てはっとする。
下の王子の姿がどこにも見えなかった。
王宮の庭は広い。
ここで暮らす大石でさえも庭の端から端までは知らないのだ。
もし奥の方まで入り込んだら戻って来れなくなってしまう。
大石は慌てて席を立つと供の者が止めるのを振り切って庭に走り出た。




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