海に咲く夢・番外編 / 大石 3
庭の端から端まで、それこそ何往復することになっても英二を見つけようと、意気込んで庭に降り立った大石は、探し始めていくらも経たないうちに歩いている英二を見つけた。
いざ見つけてしまうと、どう声をかけるのが1番いいのか途惑ってしまい、足が止まる。
こんにちわ、と挨拶からすればいいのか、一緒に遊んでください、と用件を単刀直入に言ってしまえばいいのか。
やっぱり最初は挨拶からだろうと決めて顔を上げた大石は、先程よりもだいぶ近くなってきた英二の様子がおかしいことに気がついた。
いつものように白い子猫を胸に抱いた英二は、うつむいたまま歩いている。
駆け寄った大石の耳に英二が嗚咽しているのが聞こえた。
「どうしたの!?」
声をかけると、やっと大石がいるのに気づいたのか、英二が涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。
「・・・ネコが」
「え?」
「ネコが死んじゃう・・・うう・・・」
声を上げてわんわんと泣き出した英二に大石は焦って、胸元にそっと抱かれている猫を覗き込んだ。
猫は目を閉じておとなしくしているが、呼吸が早いのか小さな体が忙しなく微動している。
見た目にわかるような怪我は無い。
大泣きしている英二に、どうしようどうすればと必死に考えていた大石は、とっさに王宮の医師を思い出した。
「城の中にお医者さんがいるよ。人間のお医者さんだけど、猫も治せるかもしれない」
行こう、と促すように肩に手をかけると、大粒の涙をポロポロ零したまま英二が頷いた。
城に常駐している医師は嫌な顔ひとつせず、運び込まれた小さな患者を丁寧に診察してくれた。
「木から落ちたんですね。どのくらいの高さでしたか?」
「っと、こんくらいのとこ」
医師の問いに、英二が背伸びして高く手を上げる。
落ち着いている医師の雰囲気に安心したのか英二は泣き止んでいる。
「先生、猫は大丈夫ですか?治りますか?」
大石が心配そうに聞くと、まだ若い医師は微笑んで頷いた。
「後の右足を少し痛めているけど、体の骨は大丈夫ですよ、王子。まだ子猫で体も軽いから落ちた衝撃もそれほど無かったと思います。今日1日は念の為私が預かって様子を見ていましょう」
右後ろ足を裂いた包帯で固定した子猫をタオルで包んで、医師が自分の机の上に運んでいく。
「大丈夫だって。よかったね」
大石がそう言うと、隣に立っていた英二が、うん、と笑った。
医師にお礼を言って2人で医務室を出た。
「子猫だからうまく降りられなかったのかな」
「爪がひっかかって、ポトッて落ちた。そしたら動かなくなって、オレ、死んじゃうんだって思って」
すごく恐かったと眉を寄せた英二の大きな瞳に、みるみる涙が膨れ上がって大石は慌てた。
「もう大丈夫だよ!明日にはきっと元気になって、また一緒に遊べるよ」
「うん。・・・でも、オレ、明日帰っちゃうから」
「あ・・・」
なんと言って慰めればいいかわからず大石は言葉に詰まる。
困ったように黙り込んだ大石に、浮かべていた涙を袖で擦って拭った英二が、あのさ、と話しかけた。
「お願いがあるんだけど」
「・・・え?なに?僕にできることならなんでも言って」
「ネコ、連れて帰りたかったけど、ケガしたから連れてけない。でも、オレが帰っちゃったらさびしがるから、だから、ネコの友達になって」
「僕が?」
「うん。ダメ?」
小首を傾げるように聞かれて、大石は音がしそうなほど大きく首を振った。
「僕でよければ!なるよ、猫の友達!・・・あ、あのね、その、僕も、お願いしても、いい、かな」
今言わなければ明日には帰ってしまう、それが大石を奮い立たせる。
「いいよ。なに?」
「ぼ、僕と、お友達になってください!」
必死の勇気で言って頭を下げた。
ドキドキしながらそのまま返事を待っていると、頭上で、いいよ、と軽く答えが返ってきた。
大石はびっくりして顔を上げる。
「ほんと?ほんとに僕のお友達になってくれるの?」
嬉しいのと信じられないのが頭の中で混ざって混乱し、思わず英二の手を取った。
英二は嫌がらず、大石の手をきゅっと握り返して、にこっと笑った。
「うん。ネコの友達ならオレとも友達だもん」
「あ、ありがとう!」
やったー、と飛び上がって叫びたいほど嬉しくて、でも城の中で大声を出してはいけないと教えられているからぐっと我慢する。
それでも自分がどれくらい喜んでいるのか伝えたくて、大石はもう片方の手も使って英二の手を握った。
英二も笑いながら両手で大石の手を握り返してくれる。
やった、僕にも友達ができた。
友達になってからの時間は経つのが早かった。
別れまでの時間を惜しむように昨夜は英二が大石の部屋に泊まり、大石の乳母に2人して怒られるまで夜更かしして遊んでいた。
朝になって真っ先に王宮の医師の所に行くと、元気になった子猫がミルクを飲んでいた。
もう大丈夫だと医師に太鼓判を押され、英二は白い子猫をそっと胸に抱く。
愛おしむように頬ずりをしてから猫を大石の方へ向けた。
「ほら、しゅうちろう王子だよ。お前の友達になってくれるって」
「こんにちわ。よろしくね」
大石が挨拶すると子猫がミャと鳴いた。
子猫を連れて2人で王宮の庭に出る。
朝日が昇った空は抜けるように青い。
英二たちが泊まっている部屋の外にあたるところまで歩き、そこで芝生の上に座った。
もうすぐ朝食だと呼びに来るだろう。
朝食が終わったら英二たちは帰ることになっている。
「猫、名前はなんていうの?」
「オレのじゃないから名前はつけなかったんだー。しゅうちろう王子がつけていいよ」
「いいの?それじゃ、君の名前をつけてもいい?」
「オレの?エージって?」
「うん。あの、えっと、・・・嫌じゃなければ」
「いいよ。お前、オレと同じ名前だって。エージだよ」
エージと呼ばれた子猫がニャと返事をするように鳴く。
少し恥ずかしかったけれど、大石も小声でエージと呼んでみる。
それにも子猫はニャと返事をしてくれた。
朝食が済み、大石は父王と一緒に港まで見送りに行った。
船が出るまで英二は甲板でずっと大石に手を振ってくれていた。
船が小さくなるまで見送ってから父王と城に戻る。
「秀一郎、その子猫は?」
大石の胸に抱かれている白い子猫を父王が訪ねる。
「僕のお友達でエージっていう名前なんです」
誇らしげにそう答えると父王は微笑んで、そうか、と言って大石の頭を撫でてくれた。
→end (08・11・09〜08・11・23)