海に咲く夢・番外編 / 忍足(中編)                            前編 / 後編




「彼をあのまま遊ばせておいていいの?」
窓から岳人と忍足を眺めていた不二が乾に向き直る。
乾は不二と同様に窓の外を眺めながら、片手に持った分厚いノートに忙しく何やら書き込み、ああ、と頷いた。
「依頼人に渡す前に、動作に問題がないか観察しなくてはならないからね。ここに滞在している間は自由に行動させておくよ。…それにしても」
ペンを止めて乾が不二を横目で見る。
「もう少しおとなしい性格の方が良かったな」
「特にリクエストはされなかったから」
不二はそう答えると楽しげにニッコリと笑う。
あの容姿に見合う性格というものがあるだろうにと乾は言いかけ、不二に普通の感覚を求めるのは間違いだと気づいて口を噤む。
依頼人からは容姿についての注文はあったが、性格については特に指定を受けていないのも幸いだった。
それにしても、と不二はまた窓へ向き直る。
「愛玩用の人形って、つまりはセクサロイドってことだよね。お金持ちなら人形なんかに相手をさせなくても、いくらでも生身の人間が寄ってくるんじゃない?」
「人間相手ではできないことをしたいんだそうだ。例を聞いた限りでは、正常な人間の思考とは思えなかったよ」
「ああ、変態なんだ、その人。あんなに綺麗な人形なのにもったいないとは思わない?」
「人間同様に動くところを見ると、なけなしの良心が痛みはするな」
寝る間も惜しむほど没頭して、精魂込めて生み出した人形が、呪術の力で生命を吹き込まれた。
不二の寝台で目を覚まし、不思議そうに自分を見つめた時のあの感動は言葉にできない。
惜しくないと言えば嘘になる。
「彼自身は自分の運命を知ってるの?」
「依頼人には絶対に逆らわず、危害を加えたりできないようプログラムしてある」
「人でなし」
「・・・・・・そういう言い方をされると、さすがにショックを受けるな」
作成にかかる材料費や報酬は全て前金で受け取ってしまっている。
最高の物を作るために報酬も全額使って金に糸目をつけず材料を揃えた。
乾自身がどう思っていたところで、依頼人に人形を渡す以外にもう術は残っていなかった。



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月が海に映るのを眺めながら、忍足は岳人と砂浜に腰を下ろしていた。
ここまで歩いてくる途中で、落ちていた赤い鳥の羽を見つけて拾った岳人は、大喜びで忍足に自慢する。
「キレイな羽だよな。俺が見つけたんだからやんねーぞ」
「ええよ。俺の目の前にはもっと綺麗なもんがあるし」
「まだ言ってんのかよ。お前、ほんっと馬鹿だな」
月夜の浜辺というシチュエーションだけ見れば十分すぎるほどロマンチックなはずだったが、いくら愛の言葉を囁いたところで岳人の笑いを誘うだけでは、忍足といえどそう簡単にいいムードなど作れはしない。
口説きのパターン変更を試みた忍足は、会話の端々で肩を抱いたり、髪を梳いた指を首筋に走らせたりとスキンシップに勤しむ。
時折、くすぐったいと文句を言われはしたが、それを除けば岳人に嫌がる様子は見えない。
触れられることに慣らしていこうと、ボタンをひとつ外したことで露になった鎖骨や、七分丈のパンツに隠れた膝と徐々に指先を進めていく。

「おい、忍足!」
突然背後から大声で呼ばれて、忍足は一瞬ビクリと竦んだ。
恐る恐る振り向くと、半ば呆れたような顔をして跡部が立っていた。
「今日はこの島で一泊していくぞ。そこの建物の中にある部屋を借りてあるからな」
「あ、ああ。わかった」
言うだけ言って去って行った跡部の後ろ姿を見やりながら忍足は溜めていた息を吐き、岳人は頬を膨らませた。
「なんだアイツ。ずいぶん偉そーだな。何様?」
「正真正銘の王子様」
「あれが?なんか性格悪そうだぜ?お前、もしかしてアイツの家来?」
「まぁ、そんなとこやな」
ふーん、と相槌を打った岳人は砂浜を目で辿った先に停泊している船を眺める。
「・・・で、お前はアイツと明日帰んのか?」
「それは寂しい言うてくれてるん?」
忍足が笑いながら顔を覗きこむと、真っ赤になった岳人に思いっきり突き飛ばされた。
「バ、・・・バカ言ってんじゃねーよ!んなわけねーだろ!!」
油断していたのと、見かけによらず結構力があったことが重なって、砂の上に仰向けに倒された忍足は、半ば呆然としながら走り去っていく岳人を見送る。
しばらくしてやれやれと起き上がり、服についた砂を払った拍子に砂浜に落ちている赤い羽根が目に入った。



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「いつまで寝てんだ!寝ボスケ!起きろ!!」
翌朝、忍足は、突然腹部を見舞った衝撃と大声に叩き起こされた。
驚いて飛び起きると、腹の上に跨った岳人がしてやったりと楽しそうに笑っている。
「・・・会いに来てくれたんは嬉しいんやけど・・・どうせならおはようのキスで起こして欲しかったわ」
「お前って、朝から馬鹿なんだな。そこまで徹底してるとちょっと尊敬するぜ」
「褒められてるんか貶されてるんか、どっちやろ」
「どっちでもいいから起きろよ。俺、ボート借りたから、お前を乗せてやろうと思って来たんだよ」
「ボート?」
「海に出ようぜ。俺が漕いでやるからさ」
早く早くと急かされながら、忍足は顔を洗い着替えて仕度を整える。
準備が終わったのを見て取った岳人が、部屋を出ようとしたのを忍足が呼び止めた。
「岳人、ほら」
「え?あ!俺の羽!!」
忍足の指先にぶら下がっていたのは、夕べ岳人が砂浜で拾った赤い羽根だった。
元は羽だけだったものに、今は細い革紐と小さなリングの飾りを付けられて、手製のペンダントと化している。
「すっげー・・・お前が作ったのか?」
感動と大きく顔に書いてペンダントを見つめている岳人に笑って、忍足は革紐を岳人の首にかけてやる。
「大事なもんやろ?こうしとけば失くさへんよ」
赤い羽根を重ねた両手に乗せて、岳人が幸せそうに笑う。
拾った鳥の羽と服の装飾として付いていた革紐、そしてたいして高価でもないピンキーリング。
ガラクタ同然の物なのに、まるで宝物を手にしたような顔をしてる岳人に、忍足の胸の奥が微かに疼く。
「・・・へへっ、サーンキュ!じゃ、行こうぜ」
岳人に腕を引かれて忍足は外に出る。
晴れ渡った青空と強い日差しは海に出るのに絶好の日和だった。



**



跡部は荒い息をつきながら汗を拭う。
昨日今日と10戦して戦績は5勝5敗。
今の西国内では負け知らずの跡部と、互角の勝負が出来るのはこの島にいる人間くらいだった。
幸村は忙しいとかで顔を出さなかったが、手塚の他に真田と不二が跡部の練習相手として参加している。
「この島に来るのに一月半もかからなけりゃ毎日でも来るんだがな」
「フフ、この島が西国から遠くて良かった」
「・・・おい、それはどういう意味だ、不二」
凄んでも効き目の無い不二に、チッと舌打ちして跡部は手塚を見遣る。
日吉からの書簡にあったとおり、手塚はさらに腕を上げていた。
それならそれで、自分は更に強くなればいいだけの話だ。
「おい、手塚。日が暮れる前にもうひと勝負しようぜ」
「ああ、いいだろう」
「俺様が勝ったら笑えよ?いいな?」
「・・・・・・?」
何を言ってるのかわからないと眉間に皺を寄せた手塚に跡部がほくそ笑む。
この勝負、絶対に勝ってみせる。
そして日吉が見たという手塚の笑顔とやらを拝ませてもらおう。




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