St. Valentine's Day
「おーいしー!」
呼ぶ声に見上げればマスト上の見張り台で英二が手招きしていた。
「どうしたー?」
「いーから、上がってきてよ!」
身を乗り出して早く早くと急かす英二に大石が傍らの柳を見た。
「別にこちらは急ぐ話でもないから構わないぞ?」
「悪いな」
片手で済まないとポーズを取って大石は見張り台へと上る梯子に手をかけた。
大石の口元に浮かんでいた笑みに柳は、それで苦笑いをしているつもりか、と突っ込みを入れかけたが口には出さずにおいた。
「馬に蹴られるのは避けたいところだ」
「何に蹴られるって?」
通りかかった黒羽が柳の独り言に反応する。
「人の恋路に口を挟むと、どこからともなく馬がやってきて蹴っていくという話だ」
「はぁ?なんだそりゃ」
顔全体を使って怪訝そうな表情を作った黒羽に笑い、柳は上を見上げる。
見張り台に到着した大石と代わるように仁王が梯子を降りるのが見えた。
「どうしたんだ、英二」
「あれ!あれ見て!」
英二が指差す先を大石の視線が追う。
だがそこには小さな浮島があるだけで他には何も無い。
「英二、なにも無いよ」
「ちっちゃい島があるじゃん!」
「あの浮島か?あれがどうかしたのか?」
「もー、ちゃんと見てよ!」
改めて見てみたが、なんの変哲もないただの浮島だ。
丈の短い雑草が僅かに生えているだけで目を惹く物も無い。
「・・・ごめん、わからない」
「島の形だって」
「島の形?」
言われてみると確かに浮島はいびつな形をしていた。
楕円を2つ並べて片方の端がくっついたような感じに見える。
「ね、あれってハート型に見えない?」
「ハート型・・・ああ、そう言われればそうだな」
「船が進んでるからちょっと見える角度が変わっちゃったけど、さっきはもっとちゃんとしたハートに見えたんだよ。だから大石に見せたくって」
見張り台の縁に手をかけて顔だけ振り向いた英二が笑う。
「・・・英二」
「あのね、オレの国では2月14日ってちょっと特別な日でさ、大好きな人に贈り物をするんだー。でもここって海の上だからなんか買いには行けないじゃん?オレあげられるもの持ってないし、って思ってたらあの島があって」
「それじゃあの島が英二からのプレゼントか」
「うん」
特別な日に贈り物ができたことが嬉しいのか、花が咲くように笑った英二を大石が抱きしめる。
「ありがとう、嬉しいよ、英二。でも、島よりも英二が欲しいな」
「・・・・・・えっ!?」
「・・・・!!」
一瞬で真っ赤になった英二が驚いたように目を丸くして大石を見る。
「今すぐにキスしたい。いいか?」
「なっ・・・なに言って・・・」
「・・・仁王!!!」
「は?」
何が起こったのかわからない英二は、突然怒鳴った大石と、大石が見ている先を交互に見遣る。
大きな溜息をついた大石は、英二を抱いていた腕を解いて見張り台の下を覗き込むように身を乗り出した。
見張り台の下から銀髪が、続いて楽しそうな笑みを浮かべた顔が現れる。
「せっかくお前さんの代わりに口説き文句を並べたんじゃからバラしたらいかんぜよ。もう少しでええ思いができたのに」
「・・・余計なお世話だ」
「えーっ?!仁王?なんで?だって、大石の声だったよ?」
?マークを顔に浮かべてる英二を仁王が指で招いて自分に注目させる。
「英二、可愛いよ」
目の前で大石の声音を使ってみせた仁王に英二がこぼれそうなほど目を見開く。
「・・・っ、仁王!!」
「おおっと」
大石の拳が空を切る。
間一髪で避けた仁王はおかしそうに笑うと梯子を降りて逃げていった。
「・・・まったく、あいつは・・・」
「ホントに仁王から大石の声が出た・・・」
「声だけじゃない、変装もできるんだ」
まだ信じられないという顔をして瞬いている英二を大石が抱き寄せる。
「・・・頼むから騙されないでくれよ、英二」
溜息混じりで懇願しつつ視線を上げれば、英二に贈られた浮島がきれいなハート型を見せていた。
→end (2008・02・14)