海に咲く夢・番外編 / 柳 (前編)                                   中編へ/後編へ




柳はほとんど走るような速度で前を行く大石を追って歩く。
午後の稽古で立ち寄った錬兵場で、大石と柳は城の東にある教会に併設されている、神学校の生徒の噂を耳にした。
大人の兵士でも敵わないという神学徒は現教皇の孫で、自分と同い年というのが王子の興味を引いたのだろうと柳は思う。
確かに、僅か9歳にして大人の兵士を軽々負かしたというのが事実なら一見の価値はある。
早足で歩いていたが、徐々に大石との距離が開いてきて、柳も追いつくために走り出す。
広い王宮の庭を抜け、教会の屋根の十字架が見えてきた辺りでやっと大石の速度が緩んだ。
柳が隣に並ぶのを待って大石が口を開く。
「裏庭っていうとこっちの方かな」
大石が指差す方向を眺め、次に神学校の裏手を眺めた柳は、広さから言って教会の裏手の方が人のいる確率は高いと判断して頷く。
植え込みを掻き分けて最短距離で裏庭に出た大石と柳は、2人の少年が剣を交えている場面に出くわした。

それが噂にあった神学徒だということはすぐにわかった。
相対してるもう1人の少年も充分に強いことは見て取れたが、それと比べても明らかに強さの桁が違う。
剣の型も普段目にする基本形とはかなり異なるが、我流というよりは基本形を自分流に昇華させたように見えた。
「・・・すごいな」
感嘆の呟きが隣で食い入るように2人を見つめている大石の口から洩れる。
神童という言葉が柳の脳裏に浮かぶ。
確かに、凄いというより他に言葉が無かった。

その場に立ち尽くし、ただただ試合を見入っていた柳と大石の方に向かって、弾かれた剣が飛んできた。
咄嗟に2人して飛び退り、剣が地面に落ちる。
噂の神学徒と相対していた少年が、初めて見物客のいることに気づき、剣を拾いに歩み寄ってきた。
額から顎に向かって流れ落ちる汗を無造作に拭った少年に、大石が拾い上げた剣を手渡す。
見知らぬ客にあからさまに怪訝そうな表情を浮かべて剣を受け取った少年の後ろから、教皇の孫だという神学徒がにこやかに声をかけてきた。
「秀一郎王子だね?はじめまして、幸村です。こんなところで何をしてるの?」
幸村の言葉から目の前にいるのが王子だと知った少年が、慌てたように膝を付いて礼を取る。
それを見た大石は笑って、片手で立ち上がるよう促した。
「幸村の噂を聞いて会ってみたくなったんだ。本当に凄いな」
「俺も王子が強いって噂を聞いてるよ。もし良ければ手合わせ願いたいな」
「期待に答えられるかはわからないけど、こちらからもお願いするよ」
「よし、それじゃ決まり。真田、お前は王子の隣の人と手合わせしてもらえよ」
幸村に言われて真田と呼ばれた少年が柳をちらりと見遣り、すぐに顔を背けた。
「・・・女と剣を交える気はない」
「・・・・・・・・」
柳は表情を変えないまま、真田を改めて眺めた。
遠い昔ならいざ知らず、最近では女性でも兵士として力量を認められるものが数多くいる。
現に王宮に仕える兵士のうち2割は女性だ。
年寄りならまだしも、年若い子供が相手が女というだけで試合を拒むなどというのは珍しい。
無言でいる柳が怒っていると思ったのか、大石が慌てたように真田に告げる。
「あー、・・・その、柳は男、だよ」
「ならば尚更。男のくせに女のように髪を伸ばして、ちゃらちゃらしてるような奴とは戦いたくない。剣が穢れる」
フォローを粉々に叩き割るような真田の物言いに、さすがの大石も顔を引きつらせる。
なるほど、と柳は得心する。
たぶん、この真田という男は軍人上がりの古風な祖父でもいるのだろう。
昔気質の年寄りにはいまだに女性が剣を握るのをよしとしない者も多い。
納得はしたが、外見で人を判断した上に剣が穢れるとまで言われたら、柳も黙って引き下がれない。

大石の横から真田に対峙するように一歩踏み出した柳は、少し背の高い真田を見上げるように見据えると、腰の剣帯から短剣を引き抜いて真田の目の前にかざした。
すぐに柳から離れて間合いを取り、柳を睨み返した真田の目が大円に見開く。
幸村も大石も驚きのままに口を開け、柳の手から地面へと落ちていく黒髪を目で追った。
注目されてることにも頓着せず、柳は手にした短剣でそのままざくざくと自分の髪を削いでいく。
肩に付くほどの長さだった髪は、瞬く間にざんばらな短髪へと変貌を遂げていた。
「これで文句はないだろう?さぁ、相手をしてもらおうか」
凍りついたように絶句して柳を見つめている真田に、静かだが迫力のある笑みを浮かべた柳が声をかける。
依然として身動きできず呆然と柳を見つめているだけの真田に代わって、驚きから立ち直り楽しそうな笑みを浮かべた幸村が自分の練習用剣を柳に差し出した。
剣を受け取った柳は真田の前に歩み出て剣を構える。
それにつられるように真田も剣を構えたが、平常心とは程遠い状態で柳に勝てる訳も無かった。

自分が負けたことが信じられない様子で、呆然と握った剣を見つめている真田を幸村が、邪魔だとばかりに押しのけて大石を呼ぶ。
すぐに始まった試合の邪魔にならないように大きく迂回して、柳は悄然と項垂れている真田の横に移動した。
「先程、幸村と剣を交わしていた時は、もっと動きに切れがあった。俺を侮って油断したか、それとも動揺を引きずっていた、というところか」
大石と幸村の試合から目を離さないまま、柳は真田に話しかける。
「・・・侮ったわけではない」
「そうか。ならいいが。剣を持った相手が目の前に現れたら、それが例えどんな姿をしていても油断せず冷静に戦うことだ。そうしないと命を落とすぞ」
「・・・心しておく」
思いがけず返って来た素直な返事に、柳は隣に立つ真田に目を向けた。
同じように顔を上げて柳を見た真田の目が痛ましげに歪む。
「その・・・すまなかった。髪を・・・」
「ああ、これは別に気にしなくていい。母の趣向で伸ばしていただけで、俺自身は別段こだわりもない」
「そうか、母上の・・・。済まなかったと詫びておいてくれ」
深々と頭を下げる姿に、柳の口元に笑みが浮かぶ。
古風な考えを振りかざす、いけ好かない輩かと思いきや、案外素直で潔い。
「もういい。それより、またお前と剣を交えたい。今度は本当の実力を見せてくれるだろう?」
「無論だ。学校のある時以外は、たいていここで幸村と剣の稽古をしているから、いつでも来るといい」
「そうさせてもらおう」
柳はいつの間にか試合から指導に変わっている大石と幸村の稽古の様子を眺める。
噂から始まった些細な好奇心だったが、天賦の才を持つ幸村と真田、この2人と知り合えたことは思わぬ収穫だった。




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