海に咲く夢 3部 10




柳は朝から伴田の所へ大石と共に行っていたが、昼過ぎに1人で宿へ戻っていた。
先日、伴田と一緒に城塞を訪ねた後から大石は思い悩んでいる。
そのことで伴田と話し合いをしているが、今のところは柳の同席は不要と思えた。
観月に宰相は務まらないという伴田の見解は概ね柳と同じものだ。
伴田は叔父に施政の才があればいいと言っていたが、交渉事を全て観月に任せている叔父はおそらく観月と同程度だろうと柳は推測している。


柳は荷物の中から厚い帳面を出す。
それには叔父や観月、赤澤について、思ったこと、話したこと等が詳細に書き連ねてあった。
初めて会った日の分からもう一度読み返す。
叔父の目的は何か。
柳が知りたいのはそこだ。
大石に語った、祖国の礎になりたいというのは余りに立派で綺麗事過ぎた。
そして、柳が叔父に会ってからずっと感じていた違和感の正体もようやく掴めた。
叔父は言動と行動が一致しないのだ。
国の建て直しをする為に王になると言いながら、町や城の復興作業も人任せ。
南たちに聞いても、叔父自身は青の国に着いた初日に城を訪れたきり、その後は顔も見せないらしい。
大石でさえ3日に1度は南や東方と会い、進捗状況を確認したり、国に戻ってこようとしている民の救済策を話しあっているというのに。


コンコン、と軽く扉を叩く音がした。
柳は立ち上がり、扉を開けるとそこには仁王が立っていた。
「報告書が届いたんじゃけど。入ってもええ?」
「ああ、ちょうど大石も出かけているところだ」
「知っとうよ」
柳の脇をするりと抜けて仁王が部屋に入る。
広げられてる帳面を横目でちらりと眺め、手近な椅子に腰かけると、収穫は?と柳を振り返った。
扉を閉めて柳も元座っていた椅子に戻る。
「何も。まったく進展していないと言っていい。報告書は?」
「これじゃ。赤也からと千石から。どっちも中身は変わらん」
仁王は4つに折りたたんだ報告書を取り出し、机の上を柳の方へと滑らせる。
すぐに開き、中に目を通した柳が眉をしかめた。
「叔父上が偽物だという可能性が出てきたということか」
「決め手はなにもないんよ。可能性だけじゃ」
「可能性だけでも看過できないぞ。もしそうなら大問題だ」
だが、だからと言ってどうやってそれを確かめればいいのか。
柳は頭痛をやり過ごす時のようにこめかみを押さえた。
戴冠式までもうひと月無い。
「・・・時間が無い。ちぃと強引な手を使うけど見逃してな」
仁王の声にいつもと違う響きを感じて柳は顔を上げる。
椅子に腰かけたまま、窓の外を眺めている仁王の顔は柳からは見えない。
いつも人を食ったような策を考えだして実行する仁王だが、根本的な部分で柳は仁王を信頼している。
だから考えがあっての策ならそれを事前に聞き出したり咎めたりすることはしない。
だが、今日の仁王は様子がおかしかった。
「仁王、何を考えてる?」
「狸親父の尻尾を掴む方法」
「仁王、」
話は終わりとでも言うように仁王が席を立つ。
そのまま扉へ向かい、足を止めて振り返る。
「大石のこと、頼むぜよ」
「仁王!」
止める間もなく、扉を開けた仁王が足早に部屋を出ていく。
「・・・何をするつもりだ」
もうすでに廊下を歩く足音も聞こえない扉に向かい柳は呟いた。



**



伴田としばらく話し込んだ大石は、日の暮れる前に宿を出た。
青の国をどうすることが一番いいのか、いくら考えてもわからない。
叔父と会って話した時には、国のことを想い駆けつけるように帰国してきたこの人に、国を託してもいいと本気で思った。
だが、伴田や南や東方、そして英二までもが叔父に任せるのは不安だと考えている。
そして口にはしないものの、柳や仁王も叔父が国を継ぐことには快く思っていないのが明白だ。
改めて人の意見を聞くとその不安が大石にも理解できた。
一国を治める責任は重く、たった1つの小さな政策でも誤ればその代償は民に返る。
だからこそ大石も柳も幼い頃から毎日、国を治めること、政を行う事を学んできた。
叔父にも観月にもその知識は無く、傍から見ればその責任すらもわかっていないだろうとみなは言う。
どうにも困り果てて伴田を訪ねたが、有益な意見は貰えても当然ながら答えは貰えない。
『自分で答えを出すことがあなたの義務ですよ』
伴田の言葉が耳に蘇る。
大石は重い溜息をついて足を止める。
町を見渡せば人々が行き交い、自らの仕事をこなしている。
青の国の人々。
彼らを守る為にはどうすることが一番いいのか。
またひとつ重い溜息を吐き、大石は再び足を動かす。
自然と足は英二が滞在する宿へ向かう。
重苦しい悩みから束の間の救いを求めるような気持ちで大石は足を早めた。



**



コンコンと扉をノックする音が聞こえた。
英二が「開いてるよ」と答えるとすぐに扉は外側から開かれる。
「鍵はかけんといかんよ」
そう言いながら入って来た仁王を英二が驚いたように見遣った。
「仁王だ!なんかすっごい久しぶりに顔見た気がする。どっか行ってた?」
「いーや、国内におったよ。色々あって少しばかり忙しくしとったけど」
手土産だという紙袋を渡されて英二が中を覗き込むと、色鮮やかな包み紙の菓子が入っていた。
「うわ、美味しそう!いまお茶入れんね!」
英二はぱたぱたと簡易キッチンに向かう。
その後ろ姿を見ながら、仁王はソファで新聞を読んでいた黒羽を手招きした。
「なぁ、ちぃと使いを頼まれてくれんか」
「別にかまわないぜ。なんだ?」
「俺たちの宿に柳がおるから、これを持って行ってくれんか」
仁王が差しだしたのは表も裏も何も書かれていない、すでに封がされている封筒だった。
黒羽は届け先が柳と聞いて怪訝そうに仁王を見る。
「柳ならお前が渡せばいいだろ?同じ宿なんだし」
「俺はこの後また出かけるんよ。戻りがいつになるかわからんし。頼めんか?」
「ああ、そういうことか。なら届けてやるよ。急ぎか?」
頷いた仁王にわかったと快く引き受けて黒羽が出かけていく。
黒羽が出ていった扉を複雑な思いで見ていた仁王に、英二が声をかけた。
「仁王、お茶入ったよ、って、あれ?黒羽はどっか行っちゃったの?」
仁王が振りかえるとテーブルの上にはカップが3つあった。
「用があって柳のとこに行ったんよ。俺がおるから寂しくなかろ?」
「むー。また子供扱いするー」
軽口を叩く仁王を英二がじっと睨む。
それに笑いながら仁王は心の中でそっと天を仰ぐ。
万全を期した計画でもふとしたことで綻びが生じることがある。
心のどこかで賭けのようにそれを期待していたのに、舞台は整ってしまった。
もう、実行するしかない。






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