海に咲く夢 3部 11
「仁王ー、お茶、冷めちゃうよ?」
寝台に腰かけたまま、テーブルの方へ来ようとしない仁王に英二が首を傾げた。
来た時は普段のように軽口を叩いたり、人をからかったりして遊んでいたくせに、途中からふいに喋らなくなった。
なにか考えこんでいるような仁王は俯いていて表情が見えない。
「仁王?」
なにかあったのだろうかと心配した英二が席を立つ。
仁王の前に立って、どうしたの?と声をかけたところでようやく仁王が顔を上げた。
何とも言えない不思議な眼差しでじっと見つめられ、戸惑った英二が身動ぎするのに微かに笑う。
「相変わらず、ちぃとも色気が出てこんのう」
「へ?」
仁王の指がツ、と英二の頬を撫でていく。
「大石にちゃんと可愛がってもらっとる?」
唐突に何を言い出すんだろうと思い、すぐにからかうことで本題から逸らそうとする仁王の常套手段を英二は思い出す。
仁王は何を悩み、隠そうとしているのか。
「・・・仁王、なんかあった?もしかして大石の叔父さんのこと?」
耳の辺りをくすぐる悪戯な仁王の指を掴んで英二がじっと仁王を見る。
驚いたように目を瞠った仁王が一瞬のうちに破顔した。
「・・・忘れとった。お前さんは時々妙に鋭いんじゃった」
「オレに手伝えることがあるなら言ってよ」
「そんじゃ、ちっとばかり俺と遊んで」
すっと立ち上がった仁王が英二の肩に手をかける。
肩を押され片足を持ち上げられた英二は抵抗する間もなく寝台に放られた。
すぐに覆いかぶさってきた仁王が英二の顔の両脇に腕をつき、額がぶつかるほどに顔を近づける。
「・・・仁王。ふざけてないで、ちゃんと話を、」
そう英二が睨みつけた時、扉が開く音がした。
扉を開け、眼前に広がる光景に大石は金縛りにあったように動きを止めた。
英二たちが宿泊している宿は狭く、扉を開けると部屋の中が全て一望できる。
寝台の上に絡まる人の姿、覆いかぶさった銀の髪、その下から微かに覗く赤い髪は。
なぜ、なにが、と考える間すら無く、体が動いた時には腰の剣を抜いていた。
踏み出す足、振りかざす剣、顔を上げこちらを向く仁王と、英二の悲鳴が上がったのは同時だった。
**
王の間とすぐ奥の控室部分は修復工事が完了したので、内装のことを相談したいと南から連絡を受けた観月は青の城に来ていた。
まだ壁の塗装も、カーテンや敷物も、まして玉座すら無い王の間は、ただのがらんとした広い部屋でしかない。
だが、観月の頭の中では次々に装飾品が加えられ、最後に玉座の王とその横に控える自分をもって完成とする図が見えていた。
「他の部屋の内装はかなりレベルを下げましたが、王の間は注文どおりにしていただきますよ。施政者の玉座がみすぼらしくては示しがつきませんから」
書き出した内装の注文書を南に渡して観月が念を押す。
観月の持つ知識の中で最高級と呼ばれる品ばかりが書かれた注文書に南が顔をしかめるが、文句を言うことなく注文書は受理された。
「これだけの品だと揃えるのに時間がかかる。それだけは了承しておいてくれ」
「リミットは戴冠式までです。なんとしてもそれまでに完成させるように」
「・・・やってみよう」
渋々頷いた南に満足げに笑って観月は青の城を出る。
せっかくだから町で何か買い物でもしていこうかと考えながら城の門を出たところで、脇に蹲る人影に行きあった。
怪我をしているようで、シャツの肩口が赤く血に染まっている。
観月は思わず走り寄った。
「君、どうしたんですか!?待ちなさい、今、人を、」
「・・・あー、騒がんでええから、ほっといてくれんか」
「君は・・・」
掠れた声と癖の強い喋り方に聞き覚えがあった。
観月は傍らに膝をつき、俯いた銀髪を覗き込むように見る。
「やっぱり、君は仁王くんですね。どうしたんですか、こんな怪我をするなんて」
「・・・誰かと思えば、お前さんか。別にどうもこうもない、大石に切られただけじゃ」
「大石・・・まさか秀一郎王子が?とにかく、怪我の手当てをしましょう。詳しい話はそれから聞きます」
ぐったりとしている仁王に肩を貸し、観月はひとまず城の門の中に戻る。
修復工事を行っている人夫に医者を呼びにいかせ、門の傍にある兵士の見張り小屋を借りた。
簡易寝台に寝かされた仁王の肩口に血止めの布を当てながら医者を待つ間、観月はいったい何が起こったのだろうと考える。
仁王と柳は大石に最も近い側近だったはずだ。
その大石が仁王に剣を向けるなど尋常ではない。
数回会った限りの印象では、大石は激昂するような人物には見えなかったが。
・・・まぁ、理由はあとで聞けばわかる。
それよりも大石の側近なら、こちらに引き込めば使い道があるかもしれない。
「もうすぐ医者がきます。傷はそんなに深くないから気をしっかり持って」
声をかけながら観月は心の中でほくそ笑む。
思わぬ駒が手に入ったかもしれない。
**
「なんで!仁王はちょっとふざけてただけだったのに!」
血の滴る剣を握ったまま立ち竦む大石に英二が掴みかかる。
大石は床の一点を見つめたまま、言葉を発しない。
部屋の中で何が起こっていたかは言うまでも無く、大石は抜いた剣で即座に仁王に切りつけた。
殺気に気付いた仁王がかわそうとしたが、大石の剣の方が一瞬早く、剣先は肩に入った。
そのまま二撃目を繰り出そうとした腕を英二に掴まれ、その間に仁王は部屋から逃げて行った。
「いきなり切りつけるなんておかしいよ!大石!!」
胸倉を掴んで怒鳴る英二に視線を向ければ、睨むような瞳に涙が浮かんでいる。
「・・・英二」
頭に血が上っていたのは確かだ。
でもそれだけなら剣を抜かなかっただろう。
あの場にいたのが仁王でなければ。
大石の手から剣が離れ、鈍い音を立てて床に落ちた。
泣きながら怒る英二に手を伸ばし、抵抗するのも構わずに抱きしめる。
「大石っ!」
暴れる体を腕に閉じ込めてよりいっそう力を込める。
英二は誰にも渡さない。
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