海に咲く夢 3部 12




宿を訪ねてきた黒羽が仁王に言付かった封筒を持っていたことで、柳は仁王が取った策をほぼ100%に近い確率で推測できた。
封筒の中には何かの本から破り取ったページが数枚と、後を頼むと一言書かれた紙きれが入ってる。
後を頼む、それはつまり、英二王子へのフォローをしてくれという意味だろう。
離反の事実を作るには大石を怒らせるのが一番早く、それには英二王子を使うのが最も確実で成功率が高いのはわかる。
だが、それでは大石も英二王子も、そして策の仕掛け人である仁王も、痛みを伴うことになってしまう。
いくら時間がないとはいえ、これでは代償が大きすぎると思う柳の脳裏に、仁王の言葉が蘇った。
『強引な手を使う』そう言った仁王の言葉は、今思えば苦渋に満ちてた気もする。

「どうした?柳。仁王はなにか難しいことを言ってきてんのか?」
考え込んだ柳に黒羽が心配そうに声をかける。
「・・・いや、大丈夫だ。黒羽、英二王子の宿へ戻るだろう?俺も一緒に行く」

黒羽を促して柳は宿を出る。
歩きながら柳は英二王子と大石にどのように対処するかを思案した。
大石は仁王に対する怒りをできるだけ鎮める方向に持っていくしかないが、英二王子への対処はその心に刻まれた傷の深さによって変わってくる。
仁王のことだから大石が来るタイミングは慎重に計算していただろうが、実際にどの程度まで行為に及んでいたかが問題だ。
場合によっては精神的なショックを癒すのに時間がかかるかもしれない。



「ん?なんか騒がしいな・・・って、この声は王子じゃねぇか?」
宿に着き、部屋のある2階への階段を上がる途中で、何かを喚き立てるような大声が聞こえた。
黒羽の言うとおり、それは英二王子の声だ。
足を速めてノックもそこそこに扉を開けると、そこには柳が予期しない光景があった。
英二王子の背にしがみつくように腕を回し、肩口に顔を埋めている大石と、もがくようにその背に、腕に拳を叩きつけ怒鳴る英二王子。
「・・・これは、」
茫然と呟いた柳の横から素早く英二の背後に回った黒羽が、大石を叩く英二の腕を抑えつけた。
「こらこら、ケンカするんじゃない!」
本当なら暴れている英二を引き剥がしたかったのだろうが、叩かれている大石の方が英二をしっかりと抱き締めて離さないのだから、黒羽も困ったように2人を見下ろしている。
状況が読めず困惑した柳だったが、とりあえず大石に歩み寄り、英二から引き離すように肩を引いた。
「何があったかは知らないが、このままで冷静な話ができるとは思えない。大石、手を離してやれ」
「・・・俺は、」
何かを言いかけた大石だったが、その先の言葉は無く、力が抜けたように英二への拘束を解く。
一方の英二は、まだ怒りが収まらない様子で息も荒く、大石を睨んでいた。
「なにがあった?」
穏やかに聞いた柳に英二が振り向く。
その瞳に浮かんだ怒りとも悲しみともつかない色がすがるように柳を見つめる。
「仁王が。柳、仁王を探して。すぐに。怪我してるから」
「仁王が怪我!?」
驚いたように声を上げた黒羽を制して柳が英二にしっかりと頷いて見せた。
「わかった、すぐに手配する。仁王のことは俺に任せて、英二王子は少し気分を落ちつけろ。できるな?」
ゆっくりと言い含めるような柳の物言いに英二が唇を噛んで小さく頷いた。
「黒羽、英二王子を頼む」
そう言うと状況が掴めないながらも黒羽がわかったと承諾する。
「大石は俺と一緒にいったん宿へ戻ろう」
悄然とした大石に声をかけると、こちらもわかったと頷いた。



大石と宿への道を戻りながら、柳は仁王の策が招いたであろう状況を再考する。
仁王の怪我は大石が負わせたもので間違いないだろう。
そして予測と異なっていたのは英二王子が仁王の心配をしていたこと、そして大石に対して怒っていることだ。
このことから推測できることは1つ。仁王は英二王子に何もしなかった、ということだ。
おそらく、ふざけたふりでそう見える状況を作り、騙された大石が剣を抜いてしまった、そんなところだろう。
柳は酷く落ち込んだ様子で隣を歩く大石を見る。
当初の仁王の予定では英二王子を襲い、大石に斬られる筋書きだったのだろう。
それができなかった。
元々英二王子は人の庇護欲を掻き立てるところがある上に、仁王は護衛を務めていた関係で一緒に過ごした時間も長く、実際にあの2人は仲も良かった。
無体な真似ができない程度の情は仁王にもあったのだろう。それが大石のように恋情ではなくても。
そして大石は恋するが故に盲目で、その部分の見極めができない。
それを知っていてこその策だろうが、悪役に徹しきれなかった仁王のせいで大石があまりにも気の毒な役回りになってしまった。
「英二王子の機嫌は少し時間が経てば治まる。あまり気にかけないことだ」
「・・・仁王がどこにいるか知ってるか?」
「いや。だが心配はいらない。仁王なら自分で怪我の手当てくらいできる」
「・・・探しておいてくれないか。仁王と話がしたい」
仁王の行く先は叔父のいる城塞だと知っていたが、今は大石と会わせる訳にはいかない。
柳は、それも手配しておくとだけ答え、気まずさを誤魔化すように足を速めた。


宿に着くなりすぐに寝台の上に横になり目を閉じた大石を見て柳は1つ失念していたことに気づく。
英二王子との諍いにばかり気を取られていたが、考えてみれば仁王に斬りつけてしまったことも大石にとっては落ち込む原因だろう。
叔父の正体を暴く為に必要とはいえ、国の先行きを悩む大石に今回の件は負担が大き過ぎた。
柳は音を立てないように椅子に腰掛け、心の中で溜息をつく。
仁王の方は叔父の件の決着がつくまでどうにもできない。
せめて英二王子の方だけでも宥めて大石の負担を軽くしなくては。



**



手当てを終えた医者を城の門まで送って観月は見張り小屋に戻った。
怪我は急所をかなり外れた場所だったこと、傷もそう深いものではなかったことから、治療の最中も仁王の意識はしっかりしていた。
今も寝台の上に腰掛け部屋に入ってくる観月を眺めている仁王は、肩口から胸にかけて巻かれた包帯がなければ怪我をしているとは思えないくらいだ。
「すっかり世話になってしまったのう。礼を言うぜよ」
「それにはおよびませんよ。困った時はお互い様です。・・・ところで、何があったのかお聞きしてもいいでしょうか?」
「詳しくは言えんが・・・まぁ、痴情のもつれちうとこじゃな」
「・・・痴情のもつれ、ですか。それはなんと言うか」
意外な事情に観月が絶句していると仁王が乾いた声で笑う。
「やってしもうたことを今更どうこう言う気もないが、・・・失業したんはちぃと痛かったのう」
傭兵でもやって食っていくか、とぼやく仁王に観月はチャンスとばかりにそれなら、と提案した。
「僕のところには赤澤という兵士がいますが、彼ひとりでは王の護衛も心許ないと思っていました。仁王くんなら腕前も充分ですし、それなりの地位もお約束できます。どうですか?新しい王の元で働くというのは」
「雇ってくれるんじゃったらどこでも行くぜよ。晴れて自由の身じゃけぇ」
「それでは決まりですね。君のような優秀な人を迎えられて嬉しいですよ。これからよろしくお願いしますね。ああ、もちろん仕事につくのは傷の養生が済んでからで結構です」
観月が手を差し出すと仁王が応えて握手を返す。
思わぬ拾い物ができた幸運を観月は素直に喜んだ。






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