海に咲く夢 3部 13




英二の宿へ寄ってから伴田の宿へ向かう、それがここ2、3日の大石の日課だった。
当初よりだいぶ怒りは収まってきているようだが、まだわだかまりを残している英二の態度は素っ気ない。
国の問題も解決は見えず、話し合いをしたいと思っても叔父は視察から戻らない。
八方塞がりの状況だが大石には諦めるつもりも投げ出す気も毛頭なかった。
青の国のこと、英二のこと、どちらも大石にとっては大切で、優先順などつけられない。
欲張りだ、無謀だと誹られようとも、大切ならばどちらも抱えて進んでいくしかないのだ。


「西国の跡部が戴冠式の日程を聞いてきているが」
柳が使い鳥で届いた書簡を大石に渡す。
「建国した日だと22日になるな」
「戴冠式は国の最重要式典だ。最小限に抑えたとしても近隣の西国、東国への招待は必須だ。祝賀使節を迎える準備もそろそろ着手しないと式に間に合わないぞ。他に先代王の時代に国交があった国も、招待しないのならこちらから使節を送るくらいはしないと今後の施政に差し障りが出ると思うが」
「そうだな・・・」
大石は目を通し終えた書簡を柳に返して、考え込むように顎に手をあてた。
西国、東国の他に国交のあった国はいくつか思い浮かぶが、戴冠式典の采配を誰が行うのが最適か、今の段階では判断できない。
当初の予定通り叔父が国を継ぐのであれば、その仕事は宰相の観月が行うものだろう。
誰が国を継ぐのか、それが決まらない限りは、こんな些細なことですら決めることができない。
「・・・景吾王子には日程だけ伝えてくれ。詳細は未定、と」
「了解した。それと、もう一通、これは大石宛だ」
柳が封を切っていない書簡を大石に渡す。
普段使い鳥が運ぶ日常的に使用する簡素な紙ではなく、正式に西国の紋章が入ったものだ。
蝋の封印を開けると中には1枚のカードが入っている。
カードには、青の国の国主として大石の名前が書かれていた。
「これは・・・」
「西国の戴冠式の招待状だな」
「しかし、青の国の国主として招かれる訳にはいかないぞ・・・」
「では、先ほどの件と併せて招待状のことも伝えておこう」
柳がすぐさま跡部宛の返信を書き始める。
大石は招待状を手にしたまま、早急に叔父と連絡を取る方法がないかを考えた。



**



医者からの許可が下りた仁王は観月と一緒に馬車で城塞へ行くことになった。
城門脇の兵士小屋で休むこと3日、頻繁に出歩いている観月の目を盗んで柳や赤也と連絡を取ることは容易かった。
観月の呼び出しに一枚噛んでもらった南に礼を言い、ついでに大石との諍いについて聞かれた時の返事についても入れ知恵しておいた。
何か聞かれたら言葉を濁して曖昧に頷いておくという策は、南の人柄と相まって絶妙な効果を生んだようで、観月は完全に仁王の離反を信じた。
柳には今回の作戦の不備について小言を貰ったが、思い返してみても英二に乱暴狼藉を働かなくて良かったと仁王は思っている。
傷つけてはならないものもこの世にはあるのだ。
英二が怒り、大石が気の毒なことになっていると聞いたが、あの二人ならそのうち仲直りするだろう。
「仁王くん、馬車がきましたよ」
観月が呼びに来るのに応えて仮住まいの小屋を出る。
期限はあと2週間だ。


西国との国境にある城塞につくと3人の使用人が迎え出た。
先に連絡して用意させておいたという部屋に案内され、仁王はざっと室内を眺めまわす。
「仁王くんはこの部屋を使ってください。足りないものがあれば用意させますから使用人に言いつけてくださいね。ちなみに向かいが僕の部屋で隣が赤澤の部屋です」
「王様はまだ戻らんの?」
「予定ではそろそろ戻ってきますよ。東国、西国の順で視察しているはずですから。何か急ぎの用でも?」
「急ぎちう訳じゃなかよ。初対面じゃないが、きちんと挨拶はせんといかんと思うただけじゃ」
「王はきっとお喜びになりますよ。戻り次第、僕から仁王くんを紹介しましょう」
にっこりと笑う観月に合わせて仁王も笑ってやる。
しばらくは観月とも仲良くやっていかなくてはならない。
「しかし、城塞だから仕方ないかもしれんが、やっぱり王様が住むにはちと貧相じゃのう・・・それとも王様は特別室にでも寝泊りしてるんか?」
「残念ながらここには特別室はありません。僕の隣、赤澤の向かいが王の部屋ですよ。王には不便を強いていますがそれも戴冠式までです」
大変じゃのう、と適当に相槌を打ちながら、仁王は部屋の位置を頭に入れる。
とりあえず観月の目が離れたら叔父の部屋をざっと漁っておくことにした。
「お疲れでなければ食堂などの施設もご案内しますよ」
「ああ、それじゃ頼むとするか」
仁王は観月について部屋を出る。
案内してもらっている間に建物のおおまかな構造も把握しておくつもりだった。



**



港の廃船にあった結界の呪具をやっと見つけ出した幸村は、そのまま木手の体を借りて西国境にある城塞の傍まで来ていた。
呪具は2つで一対になるタイプのもので、となればもう片方はこの城塞付近にあるはずだった。
「まったく面倒なことしてくれるよ。俺ともあろう者がこんな安っぽい呪具を探して奔走するなんてありえないね」
対の片方を握る手に感じる微かな波動を追って幸村は城塞をぐるりと回るように歩いていく。
一番強く波動を感じたところで足を止めた。
目の前には城塞の石壁、足元に草は生えているが、呪具が隠れるほどの丈は無い。
「げ。もしかして城塞の中にあるとか?」
まさか、はいどうぞ、とは入れてもらえないだろう城塞に幸村はしばし考え込んだ。
港の呪具は見つけたのだから、城塞内さえ無視してしまえば青の国のほぼ全域を水鏡で監視できる。
できるだけここから近いところへ対の呪具を隠して立ち去るのも1つの方法だ。
「でもなぁ、ここに悪の親玉がいるんだよなぁ。やっぱりここは押さえておきたいな」
本来なら城塞には見張りの兵士がいて潜入は困難だが、幸い今は大石の叔父とその配下のものが数人いるだけと聞いている。
「仕方がない、やるか」
潜入を決めた幸村はいったん城塞から離れ、夜にまた来ることにした。
「あ、そうだ。面倒ついでにこんな呪具を仕込んだ観月って奴の顔を見て帰るかな」
気にいらない顔だったら呪具を片付けたあとで自分の体に戻り、遠隔で少し遊んでやろう。
楽しいことを思いついた幸村は足取りも軽くその場を去った





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