海に咲く夢 3部 14
夜が更けるのを待って幸村は城塞へ戻った。
使用人や業者が出入りする裏門に回ると、しっかりと施錠はされているものの、思ったとおり見張りなどはいなかった。
表門は閂がかかるようになっているが、裏門は民家の木戸と変わらない。
呪術が使えない幸村は千枚通しのような細い針状の棒を使って苦心して鍵を外す。
壊してしまった方が早いのだが、それでは侵入者があったことがばれてしまう。
下手な警戒をさせない為にも今は穏便にしておく方が賢明だった。
人が寝静まった静かな廊下を足音を立てないように歩く。
こんな時に感心するのは木手の体が実によく訓練された柔軟な筋肉を持っていることだ。
爪先立って音を殺して歩くだけでも体のバランスの良さとそれを生かせる筋力を実感できる。
木手の体が大抵の動作を難なくこなす使い勝手のいい体で良かったと思いながら、幸村は呪具の波長を強く感じる場所まで移動した。
そこは部屋の扉がいくつか並ぶ廊下だった。
ひと部屋ずつ扉の前に立って確認していき、一番強く感じた扉の前で立ち止まる。
扉越しに中の様子を窺い、人はいるが眠っているだろう気配を確認して、音がしないようノブを回した。
侵入してすぐの扉脇にある麻の布袋から波長を強く感じる。
手早く中を改め、稚拙な呪具類の中から探し物である対の呪具を見つけ出す。
持ち出すと無くなったことに気づかれる恐れがあるから、無効にする為に呪文が書かれた部分に小さな傷を付けた。
これで結界は完全に効果を失う。
あとは侵入がばれないうちに引き上げるだけだが、幸村はもう1つの目的を達成しようと寝台に忍び寄る。
眠っている相手をしばし眺め、幸村は眉をしかめた。
『・・・人じゃないな』
見た目は完璧な人間でありながら発する気配に僅かな呪術の匂いがある。
どこかで似たような気配を感じた記憶があり、それはいつ、どこだったか考える。
『乾の持ってきた機械人形か。あれは確か岳人という名前だったな。これもそうか?』
幸村は来た時と同様にそっと部屋を出る。
岳人に魂を込めたのは不二だ。
それなら不二に聞けば観月に心当たりがあるかもしれない。
**
困り顔でいる黒羽を前に英二の頬はますます膨らんでいく。
破裂するのではないかというくらいぶうっと膨れた英二は、じーっと黒羽を睨んだ。
「そう怒るなよ・・・」
「そりゃ怒るよ!黒羽も柳も、大石はヤキモチ焼いただけなんだから許してやれとか言うけど!」
いったん言葉を区切って、怒った顔のまま英二はずいっと黒羽に歩み寄る。
「それって、つまり、大石はオレのことも疑ったってことだよね?!」
違う?とばかりに英二が鼻息も荒く抗議する。
「いや、だから、それはな、」
「おーいしは部屋に入ってきた時、オレと仁王がなんかしてたって思ったんじゃん!」
「だから、それは、王子が襲われてるんじゃないかと、」
「おーいしはオレのこと信用してないっ!」
断言すると黒羽はお手上げのポーズを取って項垂れた。
大石とケンカしてからというもの、ほぼ毎日に渡ってある時は宥めすかし、時には説教が混じりしながら、酷い時は柳と黒羽の2人が雁首揃えて大石と仲直りしてやれと言ってくる。
青の国のことで大石が大変なことはわかっているが、英二とて怒りたくて怒っている訳ではない。
どうにも納得がいかないことだらけで気が収まらないだけだ。
あれだけ頼んだのにもかかわらず、柳は未だに仁王の行方はわからないと言っている。
怪我をした仁王のことも心配で、毎日訪ねてくる大石は謝るばかりでなぜあんな真似をしたのか話してはくれず、そんな状態で許してやれと言われても何をどう許せばいいのかわからない。
大石のことが好きな気持ちに変わりはない。
だけどこのまま、納得のいかないまま大石を許してしまえば、その気持ちがどこか歪んでいつか壊れてしまうようで怖い。
こういうことはうやむやにしては駄目なんだと英二は思う。
「なぁ、王子」
「おーいしがちゃんとオレに話してくれたら、あと、仁王が帰ってきたら、怒るのやめる」
最近の英二の決まり文句に黒羽がやれやれと肩を竦める。
どちらの条件も満たすことができない上に、いつまでも膨れさせておくのは可哀想だな等と、結局は英二に甘い結論を出してしまう黒羽は、とりあえず説得を休憩するしか選択肢がない。
苦笑いする黒羽に飯にするかと聞かれて、英二は膨れた頬を引っ込めると機嫌よく頷いた。
**
観月が叔父を迎えに西国内の街へ出かけたのを見送って、仁王はいったん自分の部屋へと戻った。
観月と叔父は今日の夜には戻ってくるという。
家探しするには絶好のチャンスだった。
使用人たちが各部屋の掃除を終え、休憩に入るのを待ってから叔父の部屋へ入り込む。
部屋の隅に置かれた旅行用カバンは大きいものが1つと中くらいのものが1つ。
それだけ見ても叔父の私物はたいして量がないことがわかる。
カバンを開け、クロゼットを開け、書机の引き出しを開けてみたが、これといって特筆するようなものは出てこなかった。
ごく普通の洋服類に整髪料、本や紙類、ペンやインク。
視察で出かけているのだから貴重品などは持ち歩いているかもしれないが、それにしても何も無さ過ぎる。
仁王は机の上に置かれた紙抑えやペーパーナイフを手に取る。
なんの装飾もない実用的な品物はそこらの店で買えるものだ。
「・・・まるっきり庶民の持ち物じゃのう」
呟いてペーパーナイフを元あった場所に戻す。
寝台脇の小机も見てみたが何も入っていなかった。
実際、叔父は王位を継がずに国を出て遊学していたのだから、持ち物が一般的なもので占められていても不思議はない。
だが、それでも1つ、2つは持っているはずなのだ。
王家の紋章入りの品や王族の出自がうかがえる品を。
半ば出奔するように国を出なくてはならなかった大石でさえ、小ぶりな額に入った家族の肖像画や宝剣、生誕時に送られた青の石を今でも持っている。
それだけではなく、普段帯刀している剣には青の紋章が入っている。
叔父の私物にはそういったものが一切無い。
「ニセ者、か・・・。いや、まだ証拠が無い」
仁王は部屋の中を物色した痕跡をきれいに消し、部屋を出た。
**
青の国境近くにある西国の街まで主を迎えに出た観月は、旅の荷物を全て赤澤に持たせ一足先に帰す。
赤澤の乗った馬車が見えなくなるのを待って、主にそれで、と切り出した。
「首尾はいかがでした?」
「少し時間はかかったけれどね、素晴らしい出来だよ」
主が懐から大事そうに取りだしたビロード張りの小箱を観月が受け取る。
箱を開けると蓋の裏には青の紋章、絹の台座には大粒の青の宝石が静かな光を湛えていた。
透明度の高い大粒の石は観月が奔走してやっと手に入れた物だ。
「ああ、本当に素晴らしい出来ですね。これなら大丈夫です」
石を引き立てる為に土台の金は過剰な装飾を避けたシンプルな作りになっている。
青の王宮の書庫で見つけた先代王のピアスと同じデザインだ。
中身を確かめた観月は小箱の蓋を閉じて主に返す。
「青の王族が着る正装も注文済みです。明日には届くでしょう。戴冠式が楽しみですね」
正装し、青の宝石を付け、王冠を頭上に戴く主の姿が目に見えるようだ。
そして宰相である自分は臣下の中でも最も王に近い正装、青一色の衣装に一幅だけ白い腰帯を付けて主の傍に立つ。
観月はその光景をうっとりと思い描く。
現実になるのはもうすぐだ。
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