海に咲く夢 3部 16
大石の叔父が視察から帰還したのと共に同行していた赤澤も戻って来た。
戴冠式まであと1週間という時期まで留守にしていたのは観月の計算なのかどうか不明だが、叔父は帰ってくるなり慌ただしく観月と出かけて歩いている。
珍しく護衛は不要と言われ留守番をすることになった仁王は、同じく留守番を仰せつかった赤澤の部屋を訪ねていた。
城塞に来てから観月には怪しまれない程度に色々と探りを入れていたが、用心深く口が堅い。
信用されていない訳ではなさそうだが、ある一線から先は決して喋ろうとしないのだった。
「へぇ、それじゃお前さんの所にたまたま滞在してた医者が、実は王様だったちうことか」
「そうなんだ。俺もその話を聞いた時は驚いたんだがな」
「しかし、それは運が良かったのう。お前さん、1週間後には青の国の将軍じゃろ?」
「まったくだ。これで一生分の運を使い果たした、なんてことにならないといいけどな」
冗談めかして言う赤澤と一緒に笑いながら仁王は目の前の男を観察する。
辺境の部族の一戦士だった赤澤は、王国の兵士として最上級職である将軍になれることを素直に喜んでいる。
それを見ても赤澤は観月と違ってわりと単純明快な性格だと思えた。
会話にもなにかを誤魔化しているような不自然さは感じられない。
・・・つまり、こいつはなんにも知らされとらん、ちゅうことか。
なるほど、と仁王は納得する。
赤澤にすら真相を話していないのなら新参者の自分に口を割る訳がない。
観月の用心深さは徹底している。
「そういえば観月も山におったんか?」
「いや、観月は青の国に来る途中で立ち寄った島で会ったんだ。なんだか占いの結果に俺たちのことが出てたとか言って話しかけてきてな。俺の雇い主としばらく2人で話してたと思ったら、次の日には俺たちに同行することが決まってた」
「そりゃまた、運命の出会いじゃのう」
「だろ?そう思うよな?だから俺もそう言ったんだが、観月の奴、鼻で笑いやがって。まったくあいつときたら妙に現実主義で」
ぶつぶつと文句を言ってはいるが、観月のことを話す赤澤は楽しそうだ。
蓼食う虫は好き好き、人の好みはわからん、と心の中でこっそり呟いて、いつまでも観月の話題を続けそうな赤澤の話を仁王は適当なところで切り上げた。
赤澤と話していてもこれ以上のものは出てこない。
だが観月は口が堅く、その観月が叔父に始終付いているのだから、当然叔父に探りを入れる機会は無い。
赤澤の部屋を退室しながら仁王は考える。
「さて、行き詰ったが・・・どうするかのう」
観月に揺さぶりをかける、もしくは何か理由をつけて観月を引き離した叔父に揺さぶりをかける。
まだまだ策が尽きたわけではないが、どちらも強引な策には違いなく、実行した後はこの城塞にはいられないだろう。
最終手段を取るのはまだ早い。
とりあえず旅から戻って来た叔父の荷物でも再び物色してみるかと思い立ち、仁王は物音1つ立てずに叔父の部屋へ入り込んだ。
**
北に位置する青の国は夏が短く冬が長い。
10月に入り冬の寒さを迎えて、伴田の部屋には早くも暖炉に火が入っていた。
時折乾いた木のはぜる音を聞きながら柳は大石と伴田の話に耳を傾ける。
東国、西国を視察で回っていた叔父が戻り、明日大石は叔父のところに向かう。
戴冠式まであと1週間、そろそろ大石自身も結論を出さなくてはならない。
「まだ貴方が王になる決意はできませんか」
伴田の問いかけに大石が1つ1つ身の内から言葉を探し出すようにして答える。
「色々と考えました。ですが、やはり叔父が第一位の継承権を持つことには変わりはなく、そして俺は一度は叔父が継承することを認めました。・・・まだ実際の政務を行っている訳でもない叔父に、可能性や推測だけで王になるに値しないという烙印は押せません」
「そうですか。貴方がそう言うなら仕方ありませんね」
苦悩を顕わにしている大石とは対照的に伴田はにこやかな笑みを絶やさない。
そして、大石の答えなど端からわかっていたかのように言葉を続けた。
「もう時間も無いことですし、貴方も充分に悩んだようですから、ここは結論を出してしまって先に進みましょう」
「・・・結論、ですか」
伴田の意外な言葉に大石が戸惑った顔をする。
今まで大石に考えることで学ばせていた観のある伴田は、決して回答を示すことをしなかった。
その伴田の回答である結論に柳も姿勢を正して聞き入る。
「まず、秀一郎王子の仰る通り、現状では叔父上に王位を継ぐ資格なしと決定づけられる要素はありません。ならば叔父上に王位を継いで頂きましょう。その上で、同じ継承権を持つ者として貴方も国政に参加できるよう要請するのです」
「叔父の元で政の手助けをする、ということですか?」
「手伝いというよりも、もっと確固とした地位を要求し、きちんとした形で政治に参入するんですよ。そうすれば万が一、叔父上が暴走して民の為にならない施策を実施しようとした時に、貴方はそれを止める手段を持ち得ます」
伴田の方策は言わば1でも100でもなく間を取った、というものだ。
だが、王になるのは大石か叔父かという1と100の2択で考えていた柳にとっては新鮮な意見だった。
なるほど、と柳は思う。
確かに、叔父が王位を継承することになるなら大石が歯止めとして政に加わるのが一番安心できる。
仁王たちも懸命に叔父のことを調べてはいるものの、実際に戴冠式は目前に迫っている。
確たる証拠が手に入らなければ叔父は正式にこの国の王となるのだ。
その場合を考えれば伴田の策が最後の砦となる。
「厳しいことを言うようですが、そろそろ貴方も王子の立場を卒業しなくてはいけませんよ。国を思うなら貴方は国を守る為の力を手に入れて戦わなくてはなりません」
そう伴田に言われた瞬間の大石の表情に柳は目を奪われる。
それはまさに、目から鱗が落ちたといった感じだった。
「・・・そう、ですね。本当にその通りです。ありがとうございます、おかげで眼が覚めました。明日は叔父に会ってきちんと話をしてきます」
まっすぐ伴田に向ける大石の瞳にもう迷いや苦悩の色は無い。
柳は大石が答えを見つけたことを確信した。
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