海に咲く夢 3部 17
今朝、いつものように宿に寄ってから叔父のところへ出かけていった大石は、ここのところ見せていた思い悩む顔ではなく、船に乗っていた頃の強い意志を感じさせるきりっとしたいい表情をしていた。
帰りにまた寄るからその時に話をしよう、そう言って部屋を出ていった大石の姿を英二は思い出す。
大石はより良い答えを出そうとする為にしばしば悩むが、答えを出してしまえばそれに向かって怯むことなく真っ直ぐに歩いていく。
そういう大石が英二は好きだった。
たぶん、青の国のことは大石の中でなんらかの結論が出たのだろう。
そして今の大石なら自分ともきちんと話をしてくれる、そんな気がした。
どういう内容であれ、仁王に剣を向けた理由をちゃんと話してくれさえすれば、英二はそれを受け入れるつもりでいる。
「今日の大石はなんか元気だったな」
そう言った黒羽もさっきからおかしいくらい元気で、寝台の上で腹筋をしたり床の上で腕立てをしたりと少しもじっとしていない。
「そだね。でもって、黒羽は大石の元気が伝染っちゃったみたい」
英二が笑いながら言うと、照れたように頭を掻いた黒羽が、そりゃな、と笑う。
黒羽だけじゃない、大石と一緒に宿に立ち寄った柳もどこかすっきりした顔をしていた。
黒羽や柳にとって大石は主であると共に大切な仲間でもある。
だからこそ、思い悩む大石を見ているのは自分の事のように辛く、悩みが晴れれば嬉しくなる。
それは仁王だって同じはずだ。
ずっと一緒に過ごしてきた信頼できる大事な仲間なのだから。
「次は王子が元気になってくれると俺ももっと元気になれるんだがなぁ」
「えー、どーしよっかなぁ。それ以上元気になったら、黒羽は有り余った元気で宿を壊しちゃいそうじゃん?」
「なーに、そんときゃ外で暴れる!心配せずに元気になってくれ!」
冗談に真っ向から応えて妙なガッツポーズを取っている黒羽に笑いながら、英二は自分も心配をかけていたのだと思って少し反省する。
まずは大石と話して仲直りしよう。
そのあとは極秘任務から仁王が戻ってくるのを待って、大石と仁王が仲直りできればまた今までどおりだ。
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城塞の門が開き、大石たちが帰っていく気配がした。
部屋で待機し顔を出さないよう言われていた仁王は、話し合いをしていた観月がどう出るかを考えながらそのまま部屋で待つ。
会議に同席はしなかったものの、昨夜使い鳥で届いた柳からの書簡で内容は知っている。
大石が突き付けた要求は、己の手中に全ての実権を握り、意のままに国の政を操りたい観月にとっては受け入れ難いものなはずだ。
おそらく観月はなにかの妨害策を取ろうとする。
そしてその役割を赤澤ではなく自分に振ってくる可能性は高かった。
戴冠式まであと数日しかない今、時間が無い観月が焦って大石を排除しようと強硬手段を取るか、ひとまず大石の参入を許すか。
ここが観月にとっても大石にとっても運命の分岐点になる。
しばらくして扉がノックされた。
待ち構えていたことをおくびにも出さず、素知らぬ顔で仁王は扉を開ける。
思ったとおり、観月の顔は険しい。
「なんかあったようじゃの」
「ええ、ちょっと面倒なことが」
部屋に入って来た観月は、窓際の椅子に腰を下ろすと何事か考え込むようにじっと窓の外を見つめる。
急かすことはせず、仁王も観月の近くに壁を背にして立った。
背後から眺めるように観月を観察する。
どんな策を取れば大石にとって有効か、多分そんなことに考えを巡らせているのだろう。
「・・・秀一郎王子を早急に国外へ追いやり、できれば2、3年は戻れないようにしたいのです。仁王くん、何か彼の弱点になるようなことを知りませんか」
観月が顔をあげて仁王を見る。
困り果て、お手上げ状態といった顔に仁王は心の中で笑う。
策を考えるにもネタが足りないらしい。
「さて、弱点ちゅうてものぅ・・・好き嫌いなくなんでも食いよるし、蛇や蜘蛛も大丈夫じゃし」
そうおどけて観月を見るとじろりと睨まれた。
「まぁそれは冗談として。これはお前さんへの忠告じゃけど、大石に脅しはきかんよ。脅しに屈するなんてことはプライドが許さん男じゃし、かえって強烈な反発を食らうぜよ」
あくまで淡々と、事実だけを告げているように仁王は答える。
大石は昔の主であり未練も恨みもない、そんな無関心さを自然に装うくらいは朝飯前だ。
「そう、ですか。・・・できればあまり卑劣な手段は使いたくありませんが、そう言っている時間も無い。王子の弱みになるような人物に心当たりはありませんか。確か妹がいましたね」
「王女は西国で保護されとる。西国に喧嘩を売るのはちとリスクが高かろ?」
「そうですね」
観月が考え込む。
時間が無く手段が無いことが観月の視野を狭めている。
だが即座に強硬手段を取ろうとするほど悪辣でもなければ肝も座っていない。
仁王は少しずつ慎重に、とある場所へと観月の背を押していく。
「脅しはきかん、人質もとれん。打つ手なしじゃのう」
独り言を呟くようにしながら観月の思考を誘導する。
「どうしても追い出したいなら」
言葉を切って一呼吸置いた。
結論が1つしかないところへ観月を追い詰める。
すでに観月の頭の中にはある答えが出ているだろう。
「・・・消すか?」
身を屈め、悪魔のごとく観月の耳元で囁いた。
辿りついた結論と、耳にした答えと。
観月の頭はすでに他の回答を呼び出せなくなっているはずだ。
観月がゆっくりと視線を仁王に向ける。
迷いと暗い光、観月は悪魔に魅入られた者の眼をしている。
「・・・元はあなたの主だというのに、ずいぶんと非道なことを言いますね」
「今の主の方が大切じゃからのう・・・もちろん、それなりのことは期待しとるけど」
「戴冠式まではまだ数日あります。少し時間をもらえますか」
「かまわんよ」
答えると観月は一礼して部屋を出ていった。
いくら迷って考えたところで観月はこれ以上の策を考え付くことなどできはしないだろう。
そして他の方策を考えているつもりが、いつの間にか周到な暗殺計画を練っているのだ。
早ければ今日の夜辺りに観月はまた来る。
今度はしっかりとできあがった暗殺計画を持って。
大石を暗殺する計画が明るみに出れば叔父も観月もただでは済まない。
叔父が本物だろうが偽物だろうが、そんなことはどうでもよくなる。
確実な証拠が掴めないなら罠に嵌める。
観月と違って仁王は目的の為に卑劣な手段を使う事も、己の手を汚すことも少しも躊躇しなかった。
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