海に咲く夢 3部 18
英二の元へ大石を送り届けた後、宿に戻って仁王から届いた書簡に目を通していた柳の部屋の扉がノックされる。
応える前に開かれた扉から幸村が顔を出した。
「・・・精市!」
来ることを知らされていなかった柳は驚き、思わず席を立った。
「俺の姿で会うのは久しぶりだよね、蓮二。実はお客さんを連れてきたんだ」
部屋に入って来た幸村が背後を振り返って手招く。
呼ばれて入って来た男は背が高く度の強い眼鏡をかけていた。
幸村がわざわざ柳の元に、それもこの時期に連れてくる客ならば、今回の件に関わりのある人物ということになる。
注視している柳に男はなぜか気まずそうな顔で軽く頭を下げた。
「機械島の乾。別名を汁男」
幸村の紹介で柳は極楽島での事件を思い出す。
オーナーに依頼されて機械人形の岳人を作ったのが乾で、詳細を確認する為に書簡のやり取りをした経緯がある。
呪術者の島からそう遠くない所にある機械島、そして機械人形の製作者。
幸村に調べてくれるよう依頼していたのは。
そこまで考えて柳の頭に1つの推論が浮かんだ。
「・・・もしや、観月も機械人形だと?」
「さっすが、蓮二!本当に蓮二と話してると余計な説明が省けて助かるよ」
ぱっと破顔した幸村が、所在無さげに扉の前に佇んでいる乾の腕を引いた。
「こいつが作って不二が魂を入れたんだけど、そのあと観月は逃亡しちゃったらしいんだよね」
「・・・管理不行届きで済まない」
すでに散々幸村に責められたのだろう、乾が消え入りそうな声で詫びる。
やれやれと溜息を吐きつつ、乾を前に柳は考えを巡らした。
観月の正体が重大な犯罪人であるというならまだしも、機械人形だということが知れたところで今の時点ではたいした効果を持たない。
それに、仁王が観月を誑かして破滅への計画を遂行中だ。
「精市、もうしばらく青の国に滞在できるか?乾も一緒に」
「俺は大丈夫だよ。総本山の近くへ行かなければお爺様にも見つからないし。もちろん、乾なんて好きなだけ置いといていいよ」
ね?と強制的に同意を求めた幸村に、何かを言いかけていた乾が口を噤んで頷いた。
観月という厄介なものを作り出した男ではあるが、幸村に容赦なく締め上げられている姿にはさすがに柳も同情を感じる。
「戴冠式は5日後だ。それまででかまわない。宿はこちらで手配するから済まないがもう少し辛抱してくれ」
後半の台詞を乾に向けて言うと、乾は微かに安堵した顔を見せた。
直接の切り札にはできなくても、乾の存在は観月を動揺させることができるはずだ。
柳は進行中の仁王の計画に合わせて効果的に乾を使う方法を考え始めた。
**
部屋の中央にある小さな丸テーブルを挟んで英二と大石が向かい合う。
気を利かせて黒羽が散歩に出ていったので部屋には2人きりだ。
本当は昨日叔父の所へ行った帰りに寄る約束になっていたが、話し合いが思いのほか長引いてしまい、今日の約束へと変更してもらった。
大石は目の前で穏やかな顔をしている英二を見る。
ここ最近の、大石を寄せ付けないような険のある雰囲気はすっかり消えて、こうして向かい合ってるとまるで何もなかったかのように錯覚してしまうほどだ。
「あんまり黒羽に長い散歩させても可哀想だし、話始めよっか」
英二の大きな瞳がじっと大石を見つめてくる。
正直に言えばあの時の心情を話したくなどなかった。
藪蛇になるのが怖いからだ。
だが、ここで嘘をついたり誤魔化したりすれば英二はすぐに気づくだろう。
そしてまた自分を拒絶する。
「・・・英二は仁王のことが好きだろう?」
「好きだよ」
あっさりと返ってきた答えに、自分で聞いておきながら少なからずショックを受けて大石は次の言葉が出なくなる。
「オレは仁王も、柳も、黒羽も、慈郎も、日吉や岳人や丸井だって好きだよ。みんな仲間で友達だもん、当たり前じゃん」
黙り込んだ大石に半ば呆れたように、そして僅かに慰めるような口調で英二が言う。
「・・・同じ仲間のうちでも仁王は特別なんじゃないか?」
大石は胸に込み上げる苦い思いを押し殺して問う。
「なんでそう思うの?」
じっと見つめてくる英二の瞳は心まで見透かしていそうで大石はばつが悪くなる。
「・・・英二が楽しそうだから」
わかってる、これはただの嫉妬だ。
醜くて身勝手で情けない独占欲。
そんなものに身を焼かれて大切な仲間に剣を向けた。
後悔と、それでもなお消えない猜疑と、英二への恋情と。
そんなもので一杯になってしまう大石に、英二が大きく溜息をついた。
「大石ってバカだなぁ」
確かに、呆れられて嫌われても仕方がないかもしれない。
地の果てまで落ち込んでいきそうな大石の耳に、カタンと椅子が鳴る音が聞こえた。
顔を上げるとすぐ傍に英二が立っている。
「大石って、しっかりしてて、頭も良くって、強くってカッコいいのに、それなのにバカなんだ。でも、オレはそういうバカな大石も好き、っていか、前よりももっと好きになったかも」
おかしそうに笑う英二の腕が大石の頭を捕らえる。
「だいじょーぶ、オレの特別は大石だけだから」
そのままぎゅっと胸に抱きこまれて大石は眼を閉じた。
**
差し込む朝日の眩しさに目を覚ました赤澤は、寝台で起き上がり大きくひとつ伸びをした。
そのままついでに軽く肩や腕を回し、体を2、3度捻って完全に眠気を振り払う。
服を着替えて洗面をし、空腹を訴える胃袋の為に食堂へ行こうと部屋を出ると、ちょうど隣の仁王の部屋から出てきた観月と目が合った。
何も言わず、そのまま自分の部屋へ入ろうとする観月の腕を赤澤が捕らえる。
「おい、」
「・・・申し訳ありませんが、今僕はとても疲れています。話があるなら後にしてください」
僅かに顔を向けた観月がうるさそうに赤澤の手を振り払う。
止める間もなく部屋へ入って行ってしまった。
「・・・どうしたんだ、あいつは」
赤澤は今しがた目にした観月の表情を思い出す。
寝ていないのか目の下に隈を作っていたが、問題はそこではない。
今までの観月には無かった、どこか荒んだような雰囲気。
赤澤は山にいた時に時折現れていた山賊たちを思い出す。
部族を襲い、金品を奪う山賊たちは抵抗するものを平気で皆殺しにする。
その山賊たちが身に纏う荒んだ空気、それと同様のものをこともあろうに観月が漂わせている。
赤澤は観月が出てきた仁王の部屋の扉を見る。
たった一晩で観月にいったい何が起こったというのか。
朝食を後回しにした赤澤は唯一観月の変貌の原因を知ってそうな仁王の部屋の扉をノックした。
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