海に咲く夢 3部 19




戴冠式を3日後に控え、観月たちは青の城の貴賓室へ移り住んでいた。
城の修繕工事は完成に向かい、残すところ王や宰相が暮らす私室のみとなっている。
式の予行練習や招待客を滞在させる部屋の監修などで忙しく動き回っている観月は、それに加え計画の準備もありこの2日は寝る時間すら無かった。
それでも暗い野望を身の内に燃やす観月は少しも辛いとは思わない。
あとたった3日でこの国は観月の手に落ちてくる。
王子を亡き者にし、主を傀儡にしてしまえば、この国の命運は己の意のままだ。
「・・・観月、秀一郎王子が来てるぞ」
招待客のリストをみながらいつの間にか物思いに耽っていた観月の肩を赤澤が叩く。
「ああ、すみません。少しぼんやりして。それで、王子は?」
「応接の間に通してある」
「わかりました。仁王くんを呼んで隣の部屋で待機させてください。あと、あなたは王の警護を。決して傍を離れないように」
「・・・わかった」
一瞬何か言いたそうな顔をしたものの、赤澤はそのまま背を向ける。
招待客のリストをたたんで上着の隠しへ入れ、同時にそこへしまいこんでいるもう1枚の書付けを手で撫でるようにして確かめた。
王子の暗殺計画書。
ありとあらゆることを想定し練り上げた計画がここに全て記してある。
この通りに実行すれば秀一郎王子は行方不明となり、二度とこの国の土を踏むことはない。
観月は王子が待つ応接の間へ向かう。
応接の間の1つ手前の部屋、僅かに開いた扉の隙間から計画書を差し込み、それが扉の向こうから引かれる手ごたえを感じて手を離した。
これで計画はスタートする。
仁王は決して失敗はしないだろう。
観月は微かに口元に笑みを浮かべて応接の間に入って行った。



**



先日の渋面とは打って変わり、にこやかに大石を迎えた観月に柳は計画が実行されることを確信した。
観月は大石の申し出を全面的に承諾し、一緒に良い国を作り上げようとまで言っている。
「こちらの申し出を快く受けてくれて礼を言う。・・・ところで、だいぶ疲れているみたいだが、大丈夫か?」
希望を受け入れられ安堵した大石が、顔に疲れを浮かべている観月を気遣った。
「心配ありません、と言いたいのですが・・・実はやることが多すぎて体がいくつあっても足りないというのが正直なところです。もしよろしければ、ですが、今日だけでも柳くんをお借りできないでしょうか?」
「俺はかまわない。柳、手伝えるか?」
大石が聞いてくるのに柳は頷くことで肯定を示す。
おそらく、観月は大石と自分を引き離したいのだろうと柳は推測する。
だが、計画を実行するのは仁王だから大石から離れても問題は無い。
むしろ観月に計画が順調だと思わせる為に策に乗ったと見せた方が油断を誘える。
「ありがとうございます、秀一郎王子、柳くん。それでは慌ただしくて申し訳ありませんが、まだ準備がありますのでこれで。柳くんは僕と一緒に来てください」
観月が使用人に大石を門まで送るよう言いつけ、柳を振り返る。
「さっそくですが、柳くんには式のリハーサルを見ていただきたいのです。一応、書庫にあった式典の書に則って準備をしているのですが、不備がないとも限りません」
「了解した。リハーサルはすぐに始めることができるのか?」
「ええ。王はすでに部屋で支度を終えているはずですから、今呼んできます。柳くんは一足先に教会の方へ行っていてくれますか?」
「庭園の西の教会だな。あそこで式を行うのか。少し手狭ではないか?」
「招待客はそれほど多くありませんし、式のあとは城から町に出て国民の皆様にご挨拶する予定ですから」
「なるほど。では教会に行っている」
柳は観月の指示した通りに城の中庭へ向かう。
背中に観月の視線を感じたが素知らぬふりで歩みを進めた。



**



馬子にも衣装じゃ、と仁王は心の中で思う。
貴賓室の奥にある叔父の部屋だった。
目の前には青の国の王の正装を纏った大石の叔父が立っている。
「正装するのは実に20年ぶりだ。昔は部屋付きの者が着せてくれていたから、自分で着るのは初めてなんだが、どこかおかしくはないかい?」
鷹揚に話しかけてくる叔父に仁王は笑みを浮かべて頷いてやる。
「よくお似合いです」
「そうか、仁王くんがそう言うなら大丈夫だな。さて、あとはこれか」
叔父が鏡の前に置かれた小箱を手に取る。
箱を開け、中から取り出した大粒の青の石を鏡を見ながら耳に付けた。
ピアス。
仁王が目を見開く。
叔父は仁王の驚きには気づかず、鏡で己の姿を眺めると満面の笑みで振り返った。
「これで完成だ」
「・・・それだけ大きな石だと耳が痛そうですね」
「そうなんだよ。大人になった今はそうでもないが、子供の頃はこれを付けるのが嫌だった」
懐かしそうに笑う叔父に合わせて微笑みながら、仁王はやっと確証を掴めたと心の中で笑う。
その時、叔父の部屋の扉をノックする音がして観月が入ってきた。
観月は入ってくるなり部屋にいる仁王を見て驚愕したように足を止める。
「・・・仁王くん、なぜ、あなたが・・・ここに?」
まるで幽霊でも見たような観月の態度を訝しく思った仁王が歩み寄る。
確かに観月は用心から叔父と仁王が2人きりになるのを避けていた節があったが、それにしても驚き方が尋常ではない。
蒼白な顔で茫然と仁王を見ている観月の耳元へ囁くように仁王が声をかける。
「赤澤にこの部屋の警護をするよう言われたんよ。・・・なにかあったのか?」
「赤澤・・・。僕は赤澤に王の警護を。では応接の間の隣室にいたのは」
そこまで聞いて何が起こったのか察した仁王も血の気が引く。
「計画書は」
早口で問えば観月は震える声で、すでに渡した、とだけ答える。
予想外の展開にくそっ、と短く毒づいて仁王が足早に扉へ向かう。
「仁王くん!」
背後から観月の必死な声が聞こえたが、仁王にはもはや演技をしている余裕など無い。
城の門に向かって走る仁王の顔に焦りが浮かぶ。
こんなはずではなかった。
大石の腕なら赤澤に負けることはない。
だがそれは敵として目の前に立てば、の話だ。
大石は叔父を微塵も疑っていない。
つまりはその側近である赤澤も大石は敵として認識していないのだ。
もしも赤澤が大石を背後から一突きしたら。
最悪の想像に仁王の背中を冷たい汗が流れる。
それだけはなんとしても阻止しなくては。






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